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関係あるかもしれないしないかもしれない話
きっと悪役はわたし 後編
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ところで知識としてしか知りませんけれど、魚釣りという、大雑把に言えば餌に糸とつけて魚が餌を食べたところでその糸を引っ張って魚を捕まえる漁法があるそうですわね。
この場合わたしが餌です。
学内では建前上はオトモダチと呼べる以外のお供をおおまっぴらに連れ歩けないとことになっていますが、それでもわたしには糸の代わりに監視としてついてきているものがいた、と。それも両国から。でなければいくら学内でも呼び出しにうかうか応じるはずがございません。
王国からすれば余計な騒動を起こしたり間諜の真似事などされてはたまりませんし、帝国からすれば何か問題行動を起こしたときに隠蔽しなければなりませんもの。あと一応危険に巻き込まれすぎないために。
皮肉にも今回はそれが全く逆の働きをしたことになります。
王国側だけでしたら、帝国にばれる前にもみ消すことも可能でしょう。
帝国側だけでしたら、捏造、あるいは被害妄想で大げさに言っているだけだと、王国は否定することも出来たでしょう。
けれど今回はお互いがお互いに気づいたことを知ってしまったために、事実はうかつに形を変えることは出来ませんでした。
こうして彼女は釣れてしまい、一部始終が明らかになってしまったのです。
それからの帝国の行動は素早いものでした。
変にわたしが懐柔されないようにとろくに挨拶をする暇も与えずそのまま連れ帰り、平行して王国との交渉を開始しました。
文官に事実確認に来られたときに聞いたところによると、皇帝陛下は大切な娘が怖い思いをさせられたと酷くご立腹だそうです。やはり嘘でも「大切な娘」くらいは言えない皇帝陛下など務まらないのでしょうね。正直怖かった覚えもありませんし。
あと彼女は騙りでも何でもなく、本当に殿下の婚約者で、父親に頼んでその座に納まったとか。
それでも王家は影響なく切り捨てることは出来ませんわね。
殿下が出来の悪いようにも身体が弱いようにも見えないのに立太子していないのはその婚約者の影響でどうなるか分からなかったからだとか。
ですから紹介して頂けなかったのですね。
そんな事情でもきっちりと責任は取らせるおつもりのようですから、お気の毒といえなくもないでしょう。
けれども手遅れは手遅れです。その辺の娘ならいざ知らず王族の婚約者として邪魔ならば比喩としてでなく切り捨てでもしなければいけなかったのに。
それでもその大切な娘に対する補償とやらを理由に殿下を人質としてもぎ取ってきたのにはびっくりしましたわ。
確かにご兄弟はいらっしゃるとはいえ、婚約者の件をどければ一番優秀であろう王子殿下を差し出してくるとは、どれだけ無理難題をふっかけたのか。
確かに帝国側から見れば、向こうの次代の優秀な人材を引き抜けられれば、それだけこちらが有利になるのは目に見えていますから試す価値はあったでしょうが。
少なくとも穴埋めに手は取られるでしょうし、埋まりきるとも限りません。
その上万が一こちらの味方にでもなれば心強いことこの上ないのですから。
ちなみに件の婚約者様は当然婚約破棄され、父親が育て方を間違ったと悔い改め手元ではどうしても甘やかすからと修道院で再教育されることになったそうです。
酷い場合は処刑でもおかしくないと思っていましたが、それでもやはり充分甘やかされているようで。
父親に愛されて結構なことですわね、本当に。
ところで味方になれば心強い殿下ですけれども、完全に味方になったとは、誰が判断するのでしょう?
仮に当人が宣言しても、周りが信じられなければ、結局監視をつけたり、確認を密に入れたりしなければならず、効率が悪いことこの上なく。
逆に周りが信じたとしても、当人が本当にそう思っているかどうかは別問題です。
信頼とは積み重ねるもの。それには時間が足りません。
なので、結局殿下は飼い殺しにされている状態です。
粗末に扱われもしない代わりに無駄に歓迎されたりもされず。
一見何不自由ないようでもずっと監視され行動を制限されている。
想定していた未来を奪われたのにあたらしく探すことも選ばせてもらえない。
つまりは存在を無視されているのと同じことかもしれませんね。
そんな殿下と、孤独に戻ったわたしが再会すれば、惹かれ合うのはある意味必然だったでしょう。
信頼できるまでの時間はなくとも、自分を哀れむだけの時間はたっぷりとあったのですから。
互いの中にもう一人の自分を見つけ、愛する――あるいは同情することほど簡単なものはありません。
わたし達の関係を皇帝陛下は歓迎いたしました。
殿下につける重りは一つでも多い方がいいですし、その重りが対外的には美しいほど人心は掌握しやすいのですから。
他国の王子と自国の皇女が惹かれ合い結ばれる、まるで物語のように素晴らしい。その話に国民は誤魔化される。
それが第六皇女程度で務まるというのなら安いものでしょう、いざとなればわたしごと何とかしてしまえるのですから。
こうして殿下とわたしは婚姻を結び、殿下にしては小さな、第六皇女ならばふさわしい領地を与えられ、そちらに移り住むことになりました。
未だ監視付きではありましたが、旦那様がすこしお元気になられたので安堵しております。
誓って、当時殿下に恋情は持っていませんでした。
けれどあの時わたしが殿下を誘惑したと糾弾されたことは事実です。
あの時の彼女が、今はどうなっているか分からないけれど。
結果だけみてみればわたしが殿下を無理矢理奪ったも同然。
無理に理解して欲しいとは今更申しませんが。
後世の、特にあちらの国の人は、きっとわたしが権力を使って割り込んだと思うのでしょう。
この場合わたしが餌です。
学内では建前上はオトモダチと呼べる以外のお供をおおまっぴらに連れ歩けないとことになっていますが、それでもわたしには糸の代わりに監視としてついてきているものがいた、と。それも両国から。でなければいくら学内でも呼び出しにうかうか応じるはずがございません。
王国からすれば余計な騒動を起こしたり間諜の真似事などされてはたまりませんし、帝国からすれば何か問題行動を起こしたときに隠蔽しなければなりませんもの。あと一応危険に巻き込まれすぎないために。
皮肉にも今回はそれが全く逆の働きをしたことになります。
王国側だけでしたら、帝国にばれる前にもみ消すことも可能でしょう。
帝国側だけでしたら、捏造、あるいは被害妄想で大げさに言っているだけだと、王国は否定することも出来たでしょう。
けれど今回はお互いがお互いに気づいたことを知ってしまったために、事実はうかつに形を変えることは出来ませんでした。
こうして彼女は釣れてしまい、一部始終が明らかになってしまったのです。
それからの帝国の行動は素早いものでした。
変にわたしが懐柔されないようにとろくに挨拶をする暇も与えずそのまま連れ帰り、平行して王国との交渉を開始しました。
文官に事実確認に来られたときに聞いたところによると、皇帝陛下は大切な娘が怖い思いをさせられたと酷くご立腹だそうです。やはり嘘でも「大切な娘」くらいは言えない皇帝陛下など務まらないのでしょうね。正直怖かった覚えもありませんし。
あと彼女は騙りでも何でもなく、本当に殿下の婚約者で、父親に頼んでその座に納まったとか。
それでも王家は影響なく切り捨てることは出来ませんわね。
殿下が出来の悪いようにも身体が弱いようにも見えないのに立太子していないのはその婚約者の影響でどうなるか分からなかったからだとか。
ですから紹介して頂けなかったのですね。
そんな事情でもきっちりと責任は取らせるおつもりのようですから、お気の毒といえなくもないでしょう。
けれども手遅れは手遅れです。その辺の娘ならいざ知らず王族の婚約者として邪魔ならば比喩としてでなく切り捨てでもしなければいけなかったのに。
それでもその大切な娘に対する補償とやらを理由に殿下を人質としてもぎ取ってきたのにはびっくりしましたわ。
確かにご兄弟はいらっしゃるとはいえ、婚約者の件をどければ一番優秀であろう王子殿下を差し出してくるとは、どれだけ無理難題をふっかけたのか。
確かに帝国側から見れば、向こうの次代の優秀な人材を引き抜けられれば、それだけこちらが有利になるのは目に見えていますから試す価値はあったでしょうが。
少なくとも穴埋めに手は取られるでしょうし、埋まりきるとも限りません。
その上万が一こちらの味方にでもなれば心強いことこの上ないのですから。
ちなみに件の婚約者様は当然婚約破棄され、父親が育て方を間違ったと悔い改め手元ではどうしても甘やかすからと修道院で再教育されることになったそうです。
酷い場合は処刑でもおかしくないと思っていましたが、それでもやはり充分甘やかされているようで。
父親に愛されて結構なことですわね、本当に。
ところで味方になれば心強い殿下ですけれども、完全に味方になったとは、誰が判断するのでしょう?
仮に当人が宣言しても、周りが信じられなければ、結局監視をつけたり、確認を密に入れたりしなければならず、効率が悪いことこの上なく。
逆に周りが信じたとしても、当人が本当にそう思っているかどうかは別問題です。
信頼とは積み重ねるもの。それには時間が足りません。
なので、結局殿下は飼い殺しにされている状態です。
粗末に扱われもしない代わりに無駄に歓迎されたりもされず。
一見何不自由ないようでもずっと監視され行動を制限されている。
想定していた未来を奪われたのにあたらしく探すことも選ばせてもらえない。
つまりは存在を無視されているのと同じことかもしれませんね。
そんな殿下と、孤独に戻ったわたしが再会すれば、惹かれ合うのはある意味必然だったでしょう。
信頼できるまでの時間はなくとも、自分を哀れむだけの時間はたっぷりとあったのですから。
互いの中にもう一人の自分を見つけ、愛する――あるいは同情することほど簡単なものはありません。
わたし達の関係を皇帝陛下は歓迎いたしました。
殿下につける重りは一つでも多い方がいいですし、その重りが対外的には美しいほど人心は掌握しやすいのですから。
他国の王子と自国の皇女が惹かれ合い結ばれる、まるで物語のように素晴らしい。その話に国民は誤魔化される。
それが第六皇女程度で務まるというのなら安いものでしょう、いざとなればわたしごと何とかしてしまえるのですから。
こうして殿下とわたしは婚姻を結び、殿下にしては小さな、第六皇女ならばふさわしい領地を与えられ、そちらに移り住むことになりました。
未だ監視付きではありましたが、旦那様がすこしお元気になられたので安堵しております。
誓って、当時殿下に恋情は持っていませんでした。
けれどあの時わたしが殿下を誘惑したと糾弾されたことは事実です。
あの時の彼女が、今はどうなっているか分からないけれど。
結果だけみてみればわたしが殿下を無理矢理奪ったも同然。
無理に理解して欲しいとは今更申しませんが。
後世の、特にあちらの国の人は、きっとわたしが権力を使って割り込んだと思うのでしょう。
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