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ユリウスの絵の具
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昔、とある田舎村の片隅にユリウスという売れない画家の青年が妻とともに住んでいました。
二人は愛にはあふれていましたが、生活は楽なものではありません。
それでも妻はユリウスを支え、慎ましやかに暮らしておりました。
田舎には縁のないはずの話でしたが、その頃王都では「宝石病」という奇病が流行っておりました。
病にかかる条件は分かりませんが、高熱が出て必ず死んでしまうのです。今のところ治す方法はありません。
それがおそろしい病ではなく奇病と呼ばれるのは、亡くなった途端遺体が瞳と同じ色味の一握りほどの量の小粒の宝石になってしまうからです。
呪いだとか、逆に祝福だとかいろいろな説が出ましたが、死ねば宝石になるという結果は変わりません。
それでも遺体のはずだからと棺に納め埋められますが、墓荒らしが掘り返して売ってしまうことも多く、そのせいで普通の宝石までも値崩れをおこし、余計に見分けがつかなくなったとか。
そんな事を知らない妻は、貴重な絵の具の材料である色のついた石が安いと、喜んで行商人からたくさん買いました。
そして弱っていたせいか、それとも移る代物だったのか、あっさりと宝石病にかかり亡くなり、綺麗な石になってしまいました。
こちらも事情を知らないユリウスは悲しみ、混乱します。
そしてとうとう精神を狂わせてしまいました。
それからのユリウスはひたすら妻の絵を描き続けました。
いつかそっくりな妻の絵が描けて、その絵の瞳をあの宝石で作った絵の具で塗れば妻が生き返るのではないか。
そんな妄執に囚われていました。
そうして描かれた絵の数々はどれも瞳が塗られていない事以外は鬼気迫る美しさでした。
けれどユリウスはこれは妻ではないと納得しませんでした。
生前の妻に懇願され渋々ユリウスの絵を扱っていた画商が、それを見つけこっそりと持ち帰り瞳に適当な色を塗り高値で売り払っていることにも気づきません。
それほどただ妻の姿を求め続けました。
それでも金の卵を産む鶏をむざむざ殺す気はなかった画商が、必要な画材は用意し、最低限の世話をする人間は付けました。
そのためユリウスはただ妻の絵だけを描き続けられました。
何十枚、あるいは何百枚書いた後の事でしょうか。
ユリウスはとうとう会心ともいえる一枚に近づきました。
これならばきっと愛しい妻としてよみがえってくれるでしょう。
久々に会えるとなると、以前にも増して身なりに気を遣わなくなったユリウスですら自分の姿がどう見えるかが気になってくるもの。
目に色を入れる前にきちんとひげでも剃るかとのぞき込んだ水鏡の中に。
ユリウスは現実を見てしまいました。
年齢よりも老けた顔。
均衡の悪い身体。
青白くガザガザした肌。
こんな姿になっているとすら今の今まで気づいていませんでした。
愛する妻の隣にこんな男を置くことが出来ましょうか。
こうしてあの幸せな時間はもう戻る事がないのだと知ってしまったのです。
そのまま絵の前に帰ったユリウスは。
妻の宝石を砕きすり潰し絵の具を作り瞳に色を塗ると。
結果を確かめず、自らの命を絶ちました。
翌日、ユリウスの家にやってきた世話人が見たものは。
既に冷たくなったユリウスと。
その側にある真っ白な画布でした。
遺作となるはずの一枚は、未だ見つかってはおりません。
二人は愛にはあふれていましたが、生活は楽なものではありません。
それでも妻はユリウスを支え、慎ましやかに暮らしておりました。
田舎には縁のないはずの話でしたが、その頃王都では「宝石病」という奇病が流行っておりました。
病にかかる条件は分かりませんが、高熱が出て必ず死んでしまうのです。今のところ治す方法はありません。
それがおそろしい病ではなく奇病と呼ばれるのは、亡くなった途端遺体が瞳と同じ色味の一握りほどの量の小粒の宝石になってしまうからです。
呪いだとか、逆に祝福だとかいろいろな説が出ましたが、死ねば宝石になるという結果は変わりません。
それでも遺体のはずだからと棺に納め埋められますが、墓荒らしが掘り返して売ってしまうことも多く、そのせいで普通の宝石までも値崩れをおこし、余計に見分けがつかなくなったとか。
そんな事を知らない妻は、貴重な絵の具の材料である色のついた石が安いと、喜んで行商人からたくさん買いました。
そして弱っていたせいか、それとも移る代物だったのか、あっさりと宝石病にかかり亡くなり、綺麗な石になってしまいました。
こちらも事情を知らないユリウスは悲しみ、混乱します。
そしてとうとう精神を狂わせてしまいました。
それからのユリウスはひたすら妻の絵を描き続けました。
いつかそっくりな妻の絵が描けて、その絵の瞳をあの宝石で作った絵の具で塗れば妻が生き返るのではないか。
そんな妄執に囚われていました。
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けれどユリウスはこれは妻ではないと納得しませんでした。
生前の妻に懇願され渋々ユリウスの絵を扱っていた画商が、それを見つけこっそりと持ち帰り瞳に適当な色を塗り高値で売り払っていることにも気づきません。
それほどただ妻の姿を求め続けました。
それでも金の卵を産む鶏をむざむざ殺す気はなかった画商が、必要な画材は用意し、最低限の世話をする人間は付けました。
そのためユリウスはただ妻の絵だけを描き続けられました。
何十枚、あるいは何百枚書いた後の事でしょうか。
ユリウスはとうとう会心ともいえる一枚に近づきました。
これならばきっと愛しい妻としてよみがえってくれるでしょう。
久々に会えるとなると、以前にも増して身なりに気を遣わなくなったユリウスですら自分の姿がどう見えるかが気になってくるもの。
目に色を入れる前にきちんとひげでも剃るかとのぞき込んだ水鏡の中に。
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