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一章 女神と花冠の乙女

47 悪役令嬢とラスボス女神で

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 すっかり会議室となってしまったサロンで落ち着いたティティにもう一度話してもらう。
 ただいま直後に中々重い話し合いだな、と思うけどこれは仕方がない。

 それで、とフロースが話を促す。

 怨嗟の魔女、そして厄災の魔女。
 悪役令嬢とラスボス女神。

 どちらも瘴気とか、邪気を取り込んで魔女になるらしいけど、ティティが思い出したのは、時空神が仮面を外す一歩手前のまでの部分。

 時空神が仮面に手を掛けて外そうとした瞬間に映像が切り替わって、死の谷らしい荒れ地、そして大岩にヒビが入って砕け、斃れたレイティティアから出て来る黒い影を、女神の身体を乗っ取った悪しきものが喰らう。
 その直後に谷が崩壊して、忌み地と谷は完全に繋がってしまうのだ。
 そして女神の体を持った厄災の魔女が誕生する。

「宣伝映像だったと思いますが、あの映像で見た大岩は死の谷の、ものだと思います」

 その大岩は特徴的な形をしているのだとか。
 翡翠の無理な採掘で、大規模崩落が起きて出来た谷。
 忌み地から溢れてくる瘴気と邪気を塞ぐ為に、まるで誰かがピッタリと嵌る岩を置いたような、見事な逆三角形をしているらしい。
 それでも漏れる瘴気は止められず、現在に至る。

「翡翠は邪気を払いますから、無理な採掘さえしなければ、死の谷も出来なかったでしょうに。今言っても詮無き事ですが」

 ロウが疲れたように、こめかみを揉んだ。頭痛で痛い所を突かれたように、その表情は渋い。

 ロウの言葉で、サロンに沈黙が落ちたその時、何処かへ出掛けていて、この場に居なかったラインハルトが、私の隣に煙の如く現れた。

「遅くなった」

 転移、ってやつでしょうかね?!いきなりすぎて呼吸が一拍狂いましたよ。
 ほら、ティティなんて瞠目しちゃってるよ?

「死の谷へと漏れる邪気、瘴気も【あの程度】で済んでいたのは翡翠の力もあっただろうが、フィアリスの力も大きいだろう」

 ラインハルトは私をヒョイっと抱き上げると、当然のように、私が座っていた席に着席する。私といえば、膝の上だ。

 ーーー解せぬ。

「そうだね。フィアリスがあの場所から消えて数年。そろそろ崩壊してもおかしくは無い、か」

 フロースにしては行儀が悪く頬杖付いて、白磁のカップを爪で弾いている。

「ーーーモリヤはいるかい?ラインハルト、これに力を込めて」

 揺らっと空気が渦を巻いてモリヤが現れると同時に、ラインハルトの手に乗せた玉二つが青白く光った。


「お呼びですか?」

 モリヤの執事姿も様になって来たなぁ。一礼の仕方も綺麗だ。

「この玉をガレール騎士団長に渡して来て。当分の間は崩壊を留めてくれる」

 できる事、やれる事はやっておいて損は無いだろう?魔女が関わっているなら尚更ねって。ニッと笑うフロースがいつに無く格好良く見えた。
 フロースの事を美しい、よりも格好いいと思ったの初めてかもしれない。

 モリヤはその神の力が入った玉を躊躇う事なく受け取ると、私を見て、任せろとばかりに微笑んだ。
 そして、怪異という人外でありながら人を象り、開かれた扉から堂々と出ていく。

 ーーーそう、堂々と。

 その言葉に、私の脳裏でチカっと閃いた瞬間だった。

「ーーーーーーあっ」

 突然の声だったので、静まったサロンには小さな声でも響いたようで、一斉に皆の視線が私に向いた。

「悪役、でも別に良いかな、って」

 見守られる中ちょっと気不味げに呟いた私の言葉に目を丸くされる。
 呆けたメルガルドが、お茶のお代わりを注いでいたカップを落として、耳障りな音を立てた。アチって、飛び上がった姿はコントみたいで、でも怒ったように顔をさらに鋭くさせている。

 そこで私は誤解を産む言い方だったと気が付き、慌てて手を左右に振って、違うと示す。

「あのね、どうせ、清く正しく美しく、清廉潔白にしていたって、フィリアナにしてみれば私達って悪役でしょう?ーーーフィリアナの邪魔をとことんする悪役なんだもの。なら、悪役でも良いじゃない?」

 こう、ババーンと。堂々とさ。
 フィリアナの思う通りの悪役なんてなるつもりは微塵も無いし、そんな要素は彼女の中にしか無いけど。
 シナリオの事なんて考えなくても、私達が思う、ハッピーエンドに向かって行動しても良いよね。

「でね?どうせやるなら、こう、ダークな感じで、悪役っぽく妖艶に妖しく美しく!」

 ーーーあれ、なんで皆の目が一瞬で点に?

誤解は解けたっぽいけど。

 メルガルド床を拭きながら、その微妙な顔はどうしてなのかな。
 ロウは片眼鏡を落とした。割れて無いかな。
 用事があるって、居なかった筈のカリンとチュウ吉先生は止まっている。ね、ちゃんと息してる?

「レイティティア嬢はさ、兎も角として、フィーがねぇ?妖艶ってフィーの対極にある言葉に思えるんだけど、俺」

 フロースに至っては、全身から言葉を絞り出すようだった。
 え、やればできると思うよ?魔性の女!

 背後のラインハルトは微動だにしていないーーーただの椅子のようだ。

 唯一ティティだけはキラキラと、瞳を輝かせて、ウンウンと賛同してくれる。

「それ、すっごく良いと思います。そうですよね、私、ゲームのシナリオに囚われ過ぎていたんだと思います。目が覚めた気がします!私の望むエンドが、所謂トゥルーエンドで、ハッピーエンドです!」

「そうだよね!?とにかくフロースの言った通りにできる事、やれる事全部やって、堂々とフィリアナの前に悪役上等で、参上してやるのよ!魔性の女モードで!」

 私の言でサロンが凪いだ。無風状態だ。

 ーーーどうしたんだろう。

 ロウの口元が珍しく歪む。ヒクヒクしちゃってるし。
 フロースはーーー魂が抜けたのかな。手をフロースの前でヒラヒラさせたけど、反応が無い。いつから彫像になったのかしら。さっきまでは動いてたのに。
 カリンとチュウ吉先生は止まったままで、再生ボタンを押す必要があるのかもしれない。
 メルガルドは同じ所を何度も拭いている。繰り返し人形?

「それなら、お衣装も、悪役っぽくしませんか?」

「それ良いかも!!」

 ノリノリでティティと話し始めたその時に、背後のラインハルトが盛大に咽た。

 それが切っ掛けだったのか、サロンが爆笑の渦にのまれる。

 後ろを振り返れば、口を手で覆っているけど、笑いを堪えきれずに、ングって、まだ噎せている。

「なんで笑うの!?この案良くない?」

「まぁ、な。姫様、妾は思うのだがーーー」

 一頻り笑って気が済んだのか、技芸神が上を向いたり、下を向いたりして、落ち着こうとしていた。

「妾はーーーその案自体は良いと思いますぞ?だがのう。レイティティアはまぁ、いけるだろうの?姫様はーーー何と言うか、ちょっとばかり、その、寸足らずだと思いますぞ?」

 ーーー寸足らず。ちっこいって事ですかね?そう言えば、ラインハルトが【上】から持ってきた衣装はちょっと丈が長くて、胸も少しだけ余る。

 記憶と力をを失う前の私の体型って十代後半くらいだったのかもしれない。
 私ってば結構スタイル良かったのね。って喜んでいたけどーーーー特に胸はボインちゃんじゃね?

 ーーーーーーあれ今の私ってば。

「もしかして、妖艶で、怠惰な色気、妖しけな雰囲気の魔性の女は、無理っぽい?」

 ちょっとショックを受けてションボリして言うと、ロウが焦ったようにフォローをしてくれるけど•••••

「お力を取り戻せば、ええ、おそらくは、多分。何と言うか、今は間抜ーーーいえ、小悪魔な感じの大変可愛らしい、ええ、そうですね」

 ロウの言ってる事がわからない。
 ただ、間抜けって言おうとしたよね。

「後、五百年位したらーーー出来る、かもね?フィーは月光母神様にそっくりだし。衣装はダークイメージ、良いと思うよ。それこそ小悪魔な感じでいこうよ」

「そういう事でしたらおまかせ下さい!このメルガルド、聖霊達に渾身の力作を作らせます!加護や護符も、ああ、何かしら身を守る付与もーーー」

 あ、はい。お任せしますので、よろしくお願いします、ってーーー滾り始めてしまったメルガルドに私はそう言うことしか出来なかった。

「それで、カリン?どうでしたか?」

 あ、そうだった。カリンも用事があって、一緒に大神殿には行けなかったんだよね。いつの間にかサロンにいたけど。
 カリンはロウの問い掛けにちょっと気不味そうだ。
 御用ってなんだったのかな。

「あー。駄目でしたね。全く。僕の最上位の炎でも、全く燃えない。大精霊でも難しいかも。メルガルド様かーーー万全を期すなら、カーク火の神様の方が良いかも?しれないです」

 カリンの炎でも燃えないって防火、耐火性がすごくない?
 一体何を燃やしに行ったのかな。

「刻印がある以上はーーーラインハルト、どうしますか?」

 話の内容から推測して、村娘の遺体の事だと分かった。

「遺体を大神殿に移す。俺がやってもいいがーーーいや、火の神カークを呼ぶ」


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