幸せの日記

Yuki

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7章 「森下 葵」

1月14日

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【帰ってきたら深く眠りについてしまった。この数日の出来事を、記録に残しておこうと思う。でも、今日も大事な一日だ。葵には伝わるだろうか。】

「紅河さんから聞いたよ。無茶したって。」
 葵が家に訪ねてきた。
 SCCとの1件も落ち着き、家に戻っていたのだ。
「俺は巻き込まれただけだよ。新城先生が賢すぎる。」
「みたいだね…。15年以上も、SCCを瓦解させる作戦を立ててたなんて。」
「齋藤社長は逮捕だろうな。不服か?」
「私が殺さないと気が済まないよ。」
 俺には葵の糸が解けかけているように見える。殺意を解くなら今だろう。
「俺もな、殺そうと思って社長室行ったんだ。葵の親の仇だし、俺の両親も殺されてる。許せないと思ったし、葵を殺人犯にしたくなかった。それなら俺が、と思って。葵には幸せになって欲しいし。」
「遥希が殺人犯になっても…私は嫌だよ。」
「俺も同じだ。そのモヤモヤした気持ちのまま社長室に入って、新城先生の記憶を覗いた時に説教されたよ。」
「その、説教って何言われたの?」
「…非効率だってさ。」


『死んだ人の気持ちを推し量って行動することは否定しない。死人に口なし。だからこそ、生きてる人間が勝手に死人に喋らせて、影響を与えるしかないんだ。死人が心の中で生きているって、そういうことだろう。でも、マイナスのことを言わせる意味が無い。本当にマイナスのことを思って死んだなら怨霊となってでも出てくるだろ。生きてる人間が、怨霊の代わりに罪を犯して人生を棒に振るなんて非効率以外の何物でもない。』

「だってさ。およそ、数学の先生とは思えない言葉だよ。」
「…怨霊なんていないから、15年以上ものさばっているんでしよ」
「わかんないぜ。怨霊がいるから、今回、SCCを追い込めたのかもしれない。葵の両親の想いが、葵を殺人犯にせずに留めたのかもしれない。ものは考えようなんだよ。」
 葵はしばらく考えて、うつむきながら口を開いた。
「…そんなに簡単じゃないよ。じゃあ、両親を殺された私の恨みはどこにやればいいの。」
「それは、齋藤を殺して晴れるものなのか?死んだ人は戻らないとか、仇を討ってもすっきりしないとか、綺麗事なのはわかる。でも、本当だから綺麗事として残ってるんだ。」
「そんなの…すっきりするか、人によるじゃん。」
「そりゃそうだな。でも、葵が親を殺されて憎いのは、それだけ両親に愛情を注がれたからだ。両親が愛情を注いだのは、葵に幸せに生きて欲しいからだ。それだけの愛を受けた人が、人を殺して自分が十字架を背負って、すっきりするとは思えない。」
「…そうだね。それでも、私は不幸になってでも仇を討ちたかった。恨みが晴らせないことも不幸だよ。」
 葵の言葉を聞いたときに、新城先生の説教で言われた最後の言葉がフラッシュバックした。

『能力があると生きやすいだろう。でも、作戦を実行すると俺たちの能力も無くなる。俺は能力が無くても幸せになれる自信がある。両親がいなくても、信頼していた人に裏切られても、幸せだと俺は思う。髙野遥希、お前はどうだ?お前の幸せはなんだ?』

「葵は不幸じゃないよ。俺がいる。涼香も真季も千穂も萌も聡太も。」
「…じゃあ、なに?恨みを忘れて、友達と仲良く過ごせばいいわけ?」
「違うよ…。俺は『


が幸せだと思う。人間は不幸に気づきやすいんだ。でも、俺も葵も幸せだと思う。自分が諦めない限り、幸せにも気づけるはずだよ。」
「恨みじゃなくて、愛に従って生きろって…こと…」
「そっちの方が、合理的だろ?マイナスの感情で行動しても、誰も笑顔にならないんだぜ。人の愛に応えれば少なくともその人のことは笑顔にできる。後ろ向きになったら、愛をくれる人に沢山もらえばいい。きっと自分の不幸を薄めてくれる。」
「それが、遥希たちって言いたいわけね。」
「おう。自分が不幸だなんて言わないでくれよ。俺たちの存在はそんなに小さいのか?」
「…違うよ。」
 それからしばらく、葵は考えた。
「ご飯、作るね。」
 他愛ない話をして夕食を2人で食べた。


「まだ、完全に納得できたわけじゃない。だから、また遥希とも、涼香ちゃん達とも、たくさん遊んでたくさん話をする。」
「…そうだな。幸せだって、言わせてみせるよ。」

【夜には能力が使えなくなった。新城先生から、能力を無効化するウイルスが無事に散布されたと報告があった。これからは、能力なしで人の気持ちに向き合っていかなくてはいけない。
 気持ちを推し量って、一生懸命生きていこう。葵に、幸せと言わせよう。俺の幸せのためにも。

これは、そのための日記。なにがあっても、これを見れば前を向ける。みんなから受けた愛を綴る。俺が与えた愛を綴る。これを見れば、俺たちはいつでも初心に帰れる。そんな日記にしたい。】
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