幸せの日記

Yuki

文字の大きさ
上 下
57 / 69
6章 「ハッピーバースデー」

1月6日(17年前)③

しおりを挟む
 目の前に居たのは晴華だった。
「おい、髙野晴華を連れて行け。ここで産まれても困る。館山たてやま博士が吐いたらすぐにそっちへ行く。」
 老人を囲っていた黒服の中でもリーダー格の男が指示を出す。
 晴華を抱える黒服が、指示通りに動き出す。
 奥の大扉へ消えようとする黒服と晴華を追おうと立ち上がろうとするが、体が動かない。
「やめたまえ。多分、直前の交通事故で頭を打ったんだろう。それにその銃痕。立ち上がれなくても無理はない。」
「おまえら…何者だ…晴華をどうするつもりだ!」
 言い終えた次の瞬間、扉の奥から晴華の叫びが聞こえる。
「おい!何してるんだ!晴華ぁ!」
「早く吐いて貰いましょうか、館山博士。」
 リーダー格の男は博士に銃口を向ける。
「もう、生まれるようなんでね。答えないならもうここでお別れです。」
「それで構わんよ。もう私はこの輪廻を後世に伝える気はない。」
 老人は強い目付きで銃口を見つめ、引き金が引かれるその時まで強い意志を携えていた。
 老人の頭に血溜まりができるのも待たず、黒服たちは慌ただしく逃走の準備を始めた。
「もうすぐこの城は落ちます。髙野さん、どうしますか?」
「か…勝手に行け…俺は晴華を助ける。」
 力を振り絞り、奥の部屋めがけて駆け出す。
「さようなら、髙野夫妻。実に興味深い実験でしたよ。」
 リーダー格の男は聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟き、出口へ去る。
 俺はお構い無しに奥の扉を開け、晴華を探し回る。

 幾つの部屋を回っただろうか。分娩室のような部屋に晴華は横たわっていた。
「晴華!」
「…翔…。ごめんね…。遥希、守れなかった…」
「俺の方こそ…ずっと…ついてれば…」
 涙が止まらない。
 負傷の中、駆けずり回った俺にも、産後の晴華にも、逃げる体力はない。残された時間は少ない。
「翔…、あの子に…ついてあげて…見守って…」
「もう…俺も無理なんだ…。長くないみたいだし、もう、間に合わない。俺たちの唯一の血の繋がり…大事に…してやりたかったな…」
「母親らしいこと…できなかったなぁ…。あれこれ想像して、沢山愛情注ぎたかったな。」
「俺なんて…出産にも立ち会えないし…。せめて、父親らしく、母さんと最後までいるよ。もう離れない。ずっと一緒だ。」
「…うん。」

 城が崩れ落ちる。火の周りは早く、消防が来る前には原型を留めていなかった。
 2人の頭上にも燃えた瓦礫が降り注ぐ。

「遥希、ごめんな。俺も、母さんも、もっともっとたくさんの事を教えたかった。沢山褒めて、沢山叱って、一緒に笑って、一緒に泣いて、俺たちの全てを伝えたかった。血の繋がりがない辛さをいちばん知ってる俺たちが、息子を1人にするなんて申し訳ない。せめて、俺たちの最後の言葉を聞いてくれ。たくさんの人を愛して生きろ。血の繋がりがないのは辛い。だから俺はたくさんの愛情に気づけたと思う。遥希も、たくさんの人に愛されて生きてくれ。そのためには自分も人を愛さなきゃならない。たくさん愛して、たくさん愛されて、血の繋がり以上の繋がりに囲まれて生きてくれ。俺たち両親の、最初で最後のお願いだ。」
「「遥希、生まれてきてくれてありがとう。」」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

✖✖✖Sケープゴート

itti(イッチ)
ミステリー
病気を患っていた母が亡くなり、初めて出会った母の弟から手紙を見せられた祐二。 亡くなる前に弟に向けて書かれた手紙には、意味不明な言葉が。祐二の知らない母の秘密とは。 過去の出来事がひとつづつ解き明かされ、祐二は母の生まれた場所に引き寄せられる。 母の過去と、お地蔵さまにまつわる謎を祐二は解き明かせるのでしょうか。

法律なんてくそくらえ

ドルドレオン
ミステリー
小説 ミステリー

国立ユイナーダ学園高等部③〜どうやら僕は名探偵らしいですね

砂月ちゃん
ミステリー
名探偵は部屋から一歩も出ずに事件解決? 何か違うと思う…… ①の続き。 国立ユイナーダ学園高等部シリーズ③

処理中です...