幸せの日記

Yuki

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2章 「小川 真季」

洋館〜LastDay〜

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「真季、どうしたんだ?」
「銃を下ろしてって言ってるの。」
「何言ってるんだよ。俺たちは現実に帰るんだ。」
「人殺しになるかもしれないんだよ。本当に現実で死なないって確信ないでしょ。あの人たちを信じるの?」
「殺さずにこの館を出れないだろ。それに多分、死なないってのは本当だ。」
「なんで…そんなことが…」
「浅井さんの反応では、新城先生があそこまで喋るのは計算外だったんだ。あの反応は、自分が死ぬ予定じゃなかったんだ。それでも自分が死んで、勘定を整えたのは現実の死と関係がないから。」
 話に神谷が入ってくる。
「そうだよ。君が自分の頭脳で謎を解くことで脳細胞を働かせ、その脳細胞の状態で人を殺すことで能力は『覚醒』すると言われている。石場の能力は、その謎が解けることを条件に『覚醒』に足る脳細胞の活性化を発動させる。さぁ、『覚醒』を目指し僕を殺せ!」
「わかっただろ。こいつらは殺さないと逃してくれないんだ。俺だって言いなりになるのも嫌だし、能力の『覚醒』なんて得体の知れないものしたくない。でも現実には戻らないといけないだろ。」
 真季が俯いて答える。
「現実に戻らないといけないの?」
 真季の真意がわかった。俺が人殺しになるかもしれないというのは建前だった。
「私は現実に戻りたくない。この館で暮らしていく方がいい。殺させない。」
「何言ってんだ。まだやり残したことあるだろ。」
「みんながみんなそうじゃないんだよ。私には現実よりこの世界の方が生きやすいの…。」
「そうか…。人それぞれか。俺にとってこの館は楽しくない。閉じられた世界だ。決まった人の話しか聞けないし、新しい経験をすることもない。」
「それでもいいじゃん。黒尾さんに頼めば、なんでも出てくるんだよ?誰かを傷つけたり、誰かに傷つけられたりすることも少なくなる。将来のことも考えなくて良くなるんだよ?涼香もこの館がいいよね?遥希の好きな人はこの館に居ない。遥希くんは涼香を選ぶしかなくなるんだよ。」
 涼香は押し黙る。
 
 涼香は以前、SCCから話を聞いたときにこの展開になることも聞いていた。詳しい話は聞いてないが、遥希の能力が『覚醒』するように後押しすることを指示されていた。

 だが、涼香の本心はそのことに関係なく、遥希と同じく現実に帰りたいと感じていた。
「私は帰りたいよ。そんな理由で遥希くんと結ばれても嬉しくないよ。それに私、やっと「生きたい」って思えてるんだ。この館にいることは、生きてるって思えないよ。」
「真季、俺はここで人を殺しても死なないことを信じて引き金を引こうとしてるんだ。真季がそこに立っても、俺は真季に銃弾当てでも神谷さんを殺せるんだ。」
「わかってるよ。でも、遥希は私の気持ちを無視して次に進めたりしない。それもわかってる。」
「はぁ。わかったよ。全部話せ。」
 銃を下ろす。真季はゆっくり話し出す。
「私、もう生きたくもないし死にたくもない。ただ、今がずっと続いてほしい。学校に行けば将来の進路を考えさせられるし、友達にはいい顔をしてないといけない。嫌でも“次“を考えさせられるようになった。でもこの館なら先のことなんて関係ない。好きなものは出てくるし、喧嘩しても仲直りできる友達しかいない。お金を稼がなくても生活できる。現実から逃げてるのはわかるけど、何か悪いことなの?」
 真季は自分の将来が決められずにいた。家族や先生から、進路選択を迫られるプレッシャー、進路を決め始めた周囲とのギャップ、ストレスがかかっているところに館に招かれた。
「もう彼女は私の虜だよ。最初は必要なものを出してもらいに来る程度だったが、君たちと会っていない時は大抵私の元に来ていたよ。」
 突然、黒尾が話に入ってくる。
「そうなの。もう、私は離れられない。現実を生きたいと思えない。」
「確かに俺にとっても将来は不安だよ。なにも考えないで生きていけることに魅力はある。でも俺にとって、この館の生活は生きることじゃないんだ。俺にとって生きてるっていうのは、何かを知ることなんだ。『この人はこんなことが好き・嫌いなのか』とか、「こんな考え方があるのか』とか、毎日何か新しいものを得ることなんだ。」
「そんなの、ここでいくらでも…」
「知識じゃないんだ。うまく言えないけど、刺激というか、価値観を増やすというか、自分1人じゃ見えないものを欲してる。」
「私には…そんな考え方…できない。」
「みんな同じ考え方じゃ意味ないんだ。でも、真季にも現実を生きる意味はきっとある。将来の夢が決まらなかろうと、友達になんと思われようと、ダメなんてことはない。」
「でも…じゃあ現実を生きる意味なんて…。」
「俺たちは自分の意思に関係なく歳を取る。時間の流れに逆らえない。時間を進めるからには何かを得ないといけないんだ。将来の夢が決まらないなら、決まるまで何かを得ればいい。人付き合いが苦手なら、人を理解できるまで何かを得ればいい。現実から目を逸らして、得られるものも捨ててしまうのは生きてるとも死んでるとも言わない。逃げるのは大事だよ。目を背けるのも悪いこととは思わない。でも、逃げた先の道に、目を背けた先に、何か見つけないと。」
「もうなにも見たくないの!だからこの館に…!」
「私もそう思ってたよ。」
 涼香の静かな目が真季を捉える。
「何もかも面倒になって、投げ出した方が楽だって今でも思う。でも、投げ出したらわからない感動ってあると思うよ。少なくとも、諦めて手首切ってた私よりも、積極的に遥希くんをデートに誘う今の方が楽しい。私も将来の仕事とか不安だよ。うまく言えないけど、私はまだ迷っていたい。迷うために、得られるものはたくさん獲得したいって思える。迷う時間って楽しいよ。今の自分にできなくても将来の自分ならできそうなことを見つける時間。やりたいこと、やらなきゃいけないことが次々に浮かんでくる。それだけで生きていたいって思える。」
「迷う時間は苦しくない?あれもできない、これもできないって道が制限されていく。」
「できないものがあるから現実を生きる意味があるんだと思う。ここは実現できないことがないから、生きる意味がないと私は思う。できないと思っていることを諦めるとか、乗り越えられたとか、そういう事があって、達成感とか感動とかあるんだ。」
 沈黙が場を支配する。涼香は自分の考えを伝え尽くした。だが、真季が心変わりするには一押し足りないことがわかっていた。
「俺はここで生きることは、これまでの自分が積み重ねたものを全部台無しにすることだと思う。努力をして何かを成し遂げることも、挫折することも全てを否定する空間だ。ここまで得たもの、経験を全部無駄にせずに生きていきたい。俺がしてきた成功も失敗も全部なかったことにはならないし、しない生き方をしたい。俺と出会った全ての人への感謝も込めて。後悔するときは、自分の経験を無駄にした時だ。後悔が恐ければ、自分を作った経験に胸を張れ。」
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