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第五部

196 エレナ、殿下と王立学園に通う

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「もう。エレナったら、わかってないのもいい加減にしてよ。エレナに振り回されてたら僕の命がいくつあっても足りなくなっちゃうじゃない。女神様の礼拝堂で殿下のお気持ちを伺ったのはなんだったの」
「殿下のお気持ちは伺いましたけど、だからと言って浮かれてはいけないことくらい理解してます」
「ええっ。今日、朝からあんだけアピールされて、この期に及んでまだそんなこと言ってるの?」

 嘆き節のお兄様は中庭に向かう道の途中で立ち止まるとわたしの顔をまじまじと見つめる。
 お兄様は相変わらず無駄に整ってイケメンだ。わたしの返事を待っている。

「殿下のお気持ちと市井でのわたしの評価は別の話でしょう? わたしは『小太りの醜女で物知らずな癇癪持ちで愚鈍でわがままな令嬢』なのよ?」

 だから、殿下は噂を覆そうとおっしゃった。
 わたしや殿下の評価が変わるのはこれからだ。
 それに……評価が変わるのはそう簡単なことじゃない。
 そのくらいわたしだって理解している。評価が変わらなければ……その時は……
 わたしは公表を先延ばしにされているような、かりそめの婚約者なのだから、その時は身を引かなくてはいけない。
 さっきから堂々巡りするばかりの思考にとらわれて苦しい。泣きそうなわたしに気がついたお兄様は優しく頭を撫でる。
 温かい手にホッとしてわたしはその手に身を委ねた。

「いい? エレナ。森ばかり見てないで木を見てごらん? 森というのは木々の集まりなんだから」
「木を見る? どういうこと?」
「物事は細部の積み重ねでしょう? ほら中庭に向かいながら話そう」

 お兄様がわたしの手をとって歩き出す。

「エレナは市井だ世間だのの評判なんて言うけれど、もっと近いところを見てご覧よ。僕も父上も母上も、エレナのことを『小太りの醜女で物知らずな癇癪持ちで愚鈍でわがままな令嬢』だなんて思ってないでしょう?」

 優しいのはお兄様だけじゃない。
 侯爵家なんていう立派な家柄なんだからエレナのことを駒のように扱ってもおかしくないのに、お父様もお母様も、エレナのことを心の底から大切にしてくれる。
 もちろん二人ともわたしに対して『小太りの醜女で物知らずな癇癪持ちで愚鈍でわがままな令嬢』だなんて思ってないのはわかってる。

「……でも、お兄様はわたしのこと『すぐ怒って騒ぎだす』とか仰るじゃない。それに今だってわたしのこと『何もわかってない』って物知らずな扱いをしていらっしゃるわ」

 肯定するのが気恥ずかしくて、つい言い返す。

「それとこれは別じゃないか」
「どうして? 市井での評価とお兄様の評価は一致してるわ」
「……僕の日頃の発言でエレナを傷つけていたなら謝るよ」

 悲しげに揺れるエメラルドの瞳に、慌ててかぶりを振る。
 お兄様はエレナの一番の味方だ。そんなことちゃんとわかってる。

「別にお兄様の発言に不満はありますけど、傷ついたりはしていないわ。お兄様は市井の噂をご存知だからこそ、窘めてくださってるんでしょ?」

 お兄様はホッとしたようなため息をつく。
 気恥ずかしいからと言い返してしまったことが後ろめたくて、お兄様の腕に自分の腕を絡める。
 優しくて甘いお兄様の微笑みにわたしも笑顔を返した。

「とにかく僕たちはエレナのことを大切な家族だと思っているし、メリーやノヴァだけじゃなく使用人みんなエレナのことを可愛い我が家のお嬢様だって思ってる。それにトワイン領の領民達はエレナのことを女神様だって思ってくれているでしょう?」

 つい、お菓子を配る時に子供たちがそう思ってくれるだけよなんて言いたくなるけれど、同じ轍は踏まない。わたしは首を縦に振る。
 子供たちだけじゃない。
 領地のおじいちゃんおばあちゃんたちが若い頃、水害や干ばつが立て続けに起こってトワイン侯爵家が没落寸前だった。だからおじいちゃんおばあちゃんたちはわたしが生まれてから豊作続きなのは、エレナが女神様の生まれ変わりだからだと信じている。

 お兄様のいうことは間違っていないけれど……
 でも、そんな狭い世界でチヤホヤされて調子に乗っていたエレナは、王立学園アカデミーに通うために王都に来て現実に打ちのめされた。
 その推測は失われている記憶のピースを埋めるのにちょうどいいものだった。
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