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第四部 

169 エレナと女神様の礼拝堂

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 国教であるヴァーデン正教会は『創世の神と十二柱の神々』それに『王国の危機を救う聖女』を讃えている。
 川の中洲に建つ中央礼拝堂はヴァーデン正教会の総本山にあたる。
 ここが信仰の中心となり、神々の子孫であるとされる王侯貴族たちの冠婚葬祭の儀式はいまでも礼拝堂で執り行われている。
 一応、祈りの場として誰にでも門戸は開いているけれど、警備も多くて簡単には近寄れない雰囲気だ。
 こんなに荘厳で重厚な趣きがある礼拝堂に女神様のコスプレで参拝しないといけないなんて……
 でも、やると言ったらやるしかない。

 わたしは胃のあたりをおさえ顔を上げる。

 中央礼拝堂の正面ファサードに見える象徴とされる大きなステンドグラスの窓が視界から遠ざかっていった。

 あれ?

 馬のひづめが鳴らす四拍子は相変わらず規則正しい。礼拝堂で止まる気配はない。

「……ねえ、ユーゴ。礼拝堂に行くんじゃないの?」
「もちろん!」
「もう通り過ぎてるわよ」
「エレナ様ったら何言ってるんですか。女神様の礼拝堂は旧市街。川の東岸側ですよ」
「中央礼拝堂に行くんじゃないの?」

 ユーゴは何言ってんだとばかりの顔でわたしを見つめる。

「だって王都の礼拝堂って言ったら中央礼拝堂だと思うじゃない」
「中央礼拝堂が祀ってるのは女神様だけじゃないんですよ? 僕は女神様以外の他の神様なんてどうでもいいんです」
「……ユーゴ。僕の評価に関わるからあまりそういうことは大きい声で言わないようにね、あとエレナと一緒に行きたいって言ったのはユーゴなんだからエレナにきちんと説明しておきなさい」
「わかってますよ。お任せください」

 お兄様に呆れられてもユーゴは懲りていない。

「いいですかエレナ様。もともと中央礼拝堂が建立される前は、旧市街にそれぞれの神を祀る礼拝堂があったんです。今から向かう女神様の礼拝堂が建てられたのは、もともと今のトワイン領にある湖のほとりで『創世の神』に見そめられた『恵みの女神様』が『創世の神』とともに舟で川を下り、降り立ったとされる場所なんです。ですから本当は馬車なんかじゃなくて舟で伺いたかったのですけれど、侯爵様もエリオット様もちっとも話を聞いてくださらないんですよ。仕方ないから諦めましたけど。まぁ、それはよくって。あ、いや僕としてはよくはないんですけど、つまり今から行く場所は『恵みの女神様』にとって──」

 ユーゴの女神様語りは終わらない。
 お兄様がユーゴに注意したかったことはちっとも伝わらず、わたしに説明しろと解釈したらしい。

 どこの世界でもオタクは起源ソースから物語を語りたがる。唾を飛ばす勢いの早口で長文を捲し立てる。
 ユーゴに甘いお兄様も今回は流石に視線が冷ややかだ。お兄様の視線なんてユーゴはこれっぽっちも気にしてないけれど。

 いつもユーゴが話す女神様の話は妄想が混じっているのか、国内に流通するどの神話の本にも載っていない。
 二次創作というか、夢小説というか….
 ユーゴの話を聞いていると、オタクだった恵玲奈前世の記憶が共感性羞恥をおこす。
 ……ユーゴは恥ずかしいとすら思ってないから、共感でもないわ。ただわたしが恥ずかしいだけだ。

 わたしとお兄様は呆れた顔をしてユーゴの夢小説を聞きながら、馬車に揺られる。

 中洲から再び大きな橋を渡り川の東岸にたどり着く。川沿いの道を走ると、深い赤茶色のレンガに緑色の屋根の尖塔が目を引く建物が目に入る。
 温かみのある建物は説明されなくても目的地である恵みの女神を祀る礼拝堂であることがわかった。

 馬車が止まった建物の前に、困ったような表情をした人の良さそうなおじさんが子どもたちを連れて立っていた。
 きっとこの礼拝堂の祭司様だ。
 お兄様は「僕は祭司様に何度かお会いしているからご挨拶してくるね」と先に降りる。
 祭司様にお兄様は「我儘を叶えていただきありがとうございます」なんてお礼を言っている。
 歓迎されていないのか、立たされている子どもたちもみんな不機嫌そうだ。

 ユーゴが我儘を言うから、わたしは女神様の格好で礼拝堂に来ただけなのに、きっとこの場のみんなはエレナの我儘に付き合わされたと思ってるんだろう。
 不機嫌そうな子どもたちを窓から眺めていると、一人の少年と目があう。
 少年は目を見開くと慌ててわたしから顔を背けた。
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