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第四部 

王太子妃付き筆頭侍女候補の奔走3

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「発言を撤回してよ! 謝罪を要求します!」

 ドンっ!
 エリオットが拳で机を叩くとガチャリと食器が鳴る。
 シリルは声を発さない。部屋の中は静まりかえった。
 王太子になるべくして育てられたシリルが、安易に発言を撤回する事も謝罪をする事もできないのは理解している。
 だからと言って何も言わないなんていうのはもってのほかだ。リリアンナはため息をつく。

「弁明くらいしたらどう? シリルだってエレナ様が官吏を労うのを、男を漁るためのものだなんて思っていないのでしょう?」
「……それは、まぁ……そうなのだが」

 歯切れの悪い返事にリリアンナの苛立ちは膨れ上がる。リリアンナが責めようと口を開く前に、エリオットが声を上げた。

「いい? エレナは小さい頃から、領地のじっちゃまやばっちゃま達から『女神様』である事を期待されて『女神様』を演じてきたんだ。作物を育てるのは好き勝手にはできないんだよ。だから子供達が規則を守れば褒めるように、大人たちか勤勉に働くものを労うのも『女神様』の振る舞いが染み付いてるエレナにとって当たり前のことなの。別にエレナは領地で過ごしている時のまんまなのに、自分以外の人間がエレナにチヤホヤされてることにくだらない嫉妬しちゃってさ」
「そうよ。エレナ様にご出仕いただいてから官吏達の仕事の効率も士気も上がっているわ。エレナ様が身を尽くされて官吏たちから『王宮に舞い降りた我らが女神』と呼ばれるまでになったのに、それを──」
「エレナは『官吏たちの女神』ではない。『私の女神』だ」

 反論したかと思えば浅ましいまでの独占欲をむき出しにするシリルを、リリアンナは半目で見つめる。

「エレナは官吏や殿下の女神様じゃないよ。トワイン領の女神様だからね」
「トワイン領の女神は『恵みの女神』だろう。この国を建立された『創世の神』のつがいとなる夫婦神なのだ。エレナがトワイン領の女神だというのなら『創世の神の子』である王族の私のためのつがいの女神で間違いない」

 リリアンナはあまりの一方的な主張に頭を抱えた。

「そう思うんだったらエレナにそういえばいいじゃない」
「ちょっとエリオット、無責任なこと言わないでよ」

 エリオットの話に便乗してシリルを責めていたリリアンナもさすがに釘を刺す。

「……なあ、エリオット。兄のようにしか思っていない男にそんな事を言われてもエレナは受け入れてくれるだろうか」
「そんなの僕はエレナじゃないから知らないよ。僕が殿下のこと気持ち悪いなって思うからってエレナがそう思うとは限らないでしょ」

 シリルは「気持ち悪い……」と呟きこうべを垂れる。リリアンナは無遠慮で無責任な幼馴染を睨んだ。

「あっ。でもごめんね。明日からエレナはしばらく出仕しないんだ。領地でやる新しい事業の件でいろいろ詰めることがあるからエレナにはそっちの手伝いしてもらわなくちゃいけないんだ。しばらくは殿下の思いをエレナに伝えるのは無理だったね」

 リリアンナに睨まれているのシリルが落ち込んでいるのも無視して、エリオットは饒舌だ。

「あとほら領地の事業は家令にも関わってもらうことになるから、ノヴァとユーゴが王都までやってくるんだよ。あ、リリィはノヴァとユーゴのこと覚えてる? 覚えてないか。うちの家令とその息子で、一応ユーゴは僕の侍従になる予定なんだけど、女神様の熱狂的な信者でさぁ。前にエレナがユーゴに王都の礼拝堂に女神様の格好して連れて行ってあげる約束しちゃって、ユーゴの気が済むまで礼拝堂に通うことになるからエレナも忙しいんだよ。しばらくは来れないと思うよ」
「──! トワイン家の家令の息子が王都に来るなんて聞いてない!」

 やっと顔を上げたシリルをエリオットはキョトンとした顔で見つめている。

「家令を王都に呼ぶのに王宮に申し立ては必要ないはずですけど?」

 ギリリッ。目の前で歯を噛み締める音が鳴るのも気にもせず、エリオットはお茶を飲み、差し入れのクッキーを食べはじめた。

(シリルもエリオットもあてにならないわ。わたしがエレナ様のためにしてあげられることはあるのかしら……)

 リリアンナもクッキーを一口かじる。少しだけ頭が働き始めた気がした。


***


 次の日から、エリオットの宣言通りエレナの出仕はぴたりと止まった。
 いろんな部署を回るたび官吏たちの落胆した顔がリリアンナを迎える。

「いつも書類を届けに来ていた『見習い女官の少女』は最近見かけないが、元気にしてるだろうか」

(来た!)

 いままでなら聞こえないふりをしていた独り言にリリアンナは飛びつく。

「お元気ですよ。兄上様のためにイスファーン王国との交易が首尾よく進むようにとご協力いただいていましたけど、決議も無事終わりましたしね。また近いうちに登城されますけど、しばらくの間はいらっしゃらない予定なんです」
「……兄上……イスファーン王国……」

 いくら仕事をするしか能のない官吏達も、流石にここまで示唆されれば少女の正体を理解したらしい。
 目の前の顔がみるみる青くなる。
 自分たちの女神である少女を崇拝するがあまり、少女の耳に入るのも気にせず王太子殿下の婚約者を揶揄していたのだから当然だ。

「もしかしてあの見習い女官の少女は……」
「あら! やだ! わたくしったらエレナ様からご自身が見習い女官として王宮で働いたら官吏達が緊張するだろうからとお気遣いいただいて内緒にするお約束でしたのに! この話は内密にしておいてくださいね。よろくお願いしますね」

 普段なら振りまかない笑顔を浮かべてお願いしたのもむなしく、リリアンナの計画通り少女の正体は『王宮に舞い降りた女神』の信奉者達の間に瞬く間に広がっていた。
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