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第四部 

163 エレナと社交界の毒花令嬢

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 ステファン様をはじめ、有能な役人ばかりを集めた特設部署は、見た目を気にする暇があったら仕事に邁進するような人たちばかりで室内はいたって質素だ。
 機能性を重視している設備は、殿下が座る席ですら地味。
 話せばみんないい人だけど、役人達も華やかな雰囲気の人はいない。

 その普段地味な部屋が、目の前に座る真紅のドレスに身を包んだ女性一人いるだけで今日は絢爛豪華。

 真紅のドレスにはエメラルドや翡翠ジェイドにペリドットが散りばめられている。補色で目がチカチカする。
 ふんだんに使われるレース、それに全面に入る刺繍は見事だ。
 たくさんのドレープが入り広がったスカートは部屋の扉をくぐるのに苦労していた。
 ドレスだけじゃない。
 まるで花魁みたいなかんざしやマリーアントワネットみたいな羽飾りがうず高く巻き上げた髪の毛に何本もささっている。
 ネリーネ様が婚約式でつけていたような大量の金のブレスレットに大ぶりの宝石がついた揃いのネックレスとイヤリング。豪華なアクセサリーばかりかと思えば胸元には可愛らしいブローチが光る。

 ステファン様にエスコートされて登場したネリーネ様は、メアリさんから聞いた噂通り、とにかく派手でけばけばしくって目立ってて誰もが見かけただけで目を丸くするような方だった。
 目が合ったら視線を逸らさない。真っ青なアイシャドウに真っ黒なアイラインが、キツい目つきを際立たせている。
 性格も悪辣で傲慢で平気で人を蔑むようなご令嬢という話も思いだす。

 事業の話をしたいからとステファン様やお父様にお願いして、この日の面談が準備されたのに、会ってすぐなのに帰りたい気持ちに襲われる。
 頼りのお兄様は貴族会の決議に参加される殿下のお供でご不在だし……
 貴族院の決議があるからこそ、出席するお父様もデスティモナ伯爵も王宮にいらっしゃって、何か私たちだけじゃどうにもならないことが起きた時に備えられるってことで今日に決まったんだけど。

 わたしは恐る恐る口を開く。
 事業計画書と水着の見本を見せながら、トワイン領に建設する予定の編立工場の説明をする。
 ネリーネ様が連れてきた侍女が給仕をしてくれる。美味しそうなクッキーは見るからに凝っていて高級なのがわかる。
 美味しそうだけど、食べてる場合じゃない。
 目の前では眉間に深い皺が寄せられ、わたしを睨みつける眼差しは厳しい。

「少し伺ってよろしいかしら」

 閉じた扇子で机の上の水着を指す。
 ドスが聞いた声の圧がすごい。
 コーデリア様も圧が強いけど、すでに恋するツンデレ乙女だとわかってるから今は何も怖くない。
 アイラン様もお姫様だから基本的に上から目線で偉そうだけど、我が家で過ごしてる分にはお兄様の手のひらでくるくる回ってるだけだもの。
 圧の強いご令嬢との会話は慣れたような気がしていただけで、全然慣れない。

「……はっはい」

 高圧的な態度に怯えてわたしは、オドオドとした返事を返す。

「この水着と言うのはみな同じデザインしかないんですの? イスファーン王国では我が国よりも海洋でのヴァカンスへの関心があるとは聞き及んでおりますけど、だからといって海に入るためだけに意匠を凝らした伝統的なデザインが多いイスファーン王国の民が着ますの? わたくしならイスファーン王国らしい伝統的な柄の水着がいいわ」

 誰よりも豪華なドレスをお召しになる毒花令嬢からすれば、ただのタンクトップと膝丈のズボンにしか見えない水着はきっとなんの面白みもないに違いない。
 もちろんがっつり泳いだりするにはこの水着も向かないけれど、濡れるとべっとりと体にまとわりつく服で遊ぶより快適。
 ボルボラ諸島の海で遊んだ時に、アイラン様が着て遊んでいるのをイスファーン王国の女の子達が羨ましそうに見ていたから、絶対に需要は見込める。

「工場で生産するものはあくまでもベースとなります。こんな感じにモチーフなどをつけたりすることもできますし、小ロットなら柄を編み込むこともできます」

 わたしがボルボラ諸島で着た水着も見本として持ってきた。
 襟ぐりには自分でかぎ編みで編んだマーガレットのモチーフ、裾には縁取りレースを取り付けてエレナらしい可愛らしいデザインに仕上げてある。

「ボルボラ諸島はいま、過去と決別し、観光の島に生まれ変わろうとしております。ボルボラ諸島へは我が国からもイスファーン王国からも観光客が押し寄せるでしょう」

 今の文句はハロルド様の受け売りだ。

「輸出が始まれば海辺で水遊びを楽しむイスファーンの人々の中で水着を着る者も出てくるはずです。その時イスファーン王国伝統の意匠であれば、我が国の民達はイスファーン王国の文化とみなしてしまいます。せっかく水着や羊毛の輸出をしたのにイスファーンから逆輸入するような事があっては機会の損失だと思いませんか」

 わたしはそう熱く言い切り、ネリーネ様をみる。

「丁寧な手仕事の編み物ですわね! このマーガレットのモチーフはどこのメゾンの針子が作りましたの? エレナ様のお抱えなのかしら? もしよろしければ紹介していただけませんこと? これからきっと水着は流行るでしょうから、わたくしの水着を特注で作ったらネリネの花のモチーフを取り付けたいですわ」

 ネリーネ様は水着を握りしめてふすふすと鼻息が荒い。多分わたしの話なんて聞いてなかった。
 恥を忍んでお兄様みたいに大袈裟に振る舞ったのに。

「……メゾンの針子じゃなくてわたしが作ったんです」
「まぁ! なんて素晴らしい才能をお持ちなんですの⁈」

 興奮したネリーネ様のすらっとした指がわたしの指に絡まった。
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