上 下
173 / 228
第四部 

160 エレナと社交界の毒花令嬢

しおりを挟む
「ねえ、メアリさん。女性の投資家ってこの世界では珍しいかしら?」

 メアリさんと文書室で書類の仕分けをしながら雑談をする。慣れたもので話していても仕分けの手が止まることはない。

「女性の投資家も数人はいらっしゃいますけど少ないですね」
「やっぱり」
「それがどうかしたんですか?」
「ほら、特設部署にステファン様っていらっしゃるじゃない?」
「はいはい。あのエレナ様狙いの役人ですね」
「やだ。メアリさんったら。ステファン様に失礼よ。ステファン様は随分年上だもの。わたしみたいな子供なんて歯牙にも掛けないわ」
「えぇ? そうですか? わたしが書類を届けに行くとあからさまに落胆されるからエレナ様狙いかと思ってました」

 メアリさんはそう言ってちょっと嫌そうな顔をする。
 ステファン様は愛想が悪いから、勘違いされやすいのね。わたしも最初無愛想で感じが悪いと思ったもの。
 でもそれは誤解で、とてもいい人だった。

「それは、ステファン様はわたしに本を貸してくださろうとして準備をされてた日だったんではないかしら? ステファン様はわたしのことを生徒のように思ってくださっていて私が興味をもちそうな本を貸してくださったりしてたのよ。前にお兄様がメアリさんと同じように勘違いして騒いだものだから、最近は本を貸していただくことも減っちゃったけど」
「……勘違いじゃないと思いますけど。まあ、いいです。で、そのステファン様がなんですか?」

 メアリさんはあまり納得していない。
 でも、きっとそのうち理解してくれるはず。

「そう、それで、そのステファン様が、お見合いをして婚約した相手が女性投資家なんですって」

 わたしは仕分けした書類をケースに仕舞いながら話を元に戻す。

「ステファン様は婚約者様になかなかお会いできなくて辛い思いをされてるって伺ったから、今度王宮にお呼びして領地に作る工場に投資してもらえないかお願いすることなったの。それでどんな方か気になって。メアリさんなら情報通だからご存知じゃないかと思ったのよ」
「え? トワイン領に工場建てるんですか?」
「ええ」
「どんな工場ですか? 内容によってはジェームズ商会にも一枚かませてくださいよ」

 前のめりなメアリさんは好奇心でいっぱいだ。わたしは勢いに飲まれる。

「えっと、ニットの編立工場よ。領地で有り余る毛糸で水着を作ってイスファーン王国に輸出しようと思って」
「えー! イスファーン王国向けだけですか? 国内は?」
「国内はすでに羊毛の需要は十分あるじゃない。イスファーン王国で羊毛の需要を喚起させるために流通させようと思ったのよ」
「じゃあ、じゃあ、国内で水着を売ることにしたら、卸はうちに任せてくださいよ。ボルボラ諸島のリゾート計画もあるんですから水着なんて作ったら絶対儲かるじゃないですか!」

 そうか。肥料にするしかないくらい領地で有り余る毛糸をイスファーン王国に売ることばかり考えていたわたしは、国内需要のことなんて考えてなかった。

「そうね。お兄様が計画してることだからお兄様に進言しておくわ」
「是非!」

 書類ケースの蓋を閉め、話を逸らしたままホクホク顔でいるメアリさんを半目で見つめる。

「あ! 失礼しました。あのステファン様の婚約者の話でしたよね? 独身の若い女性投資家だと、一人しか思いつかないんですけど……」
「どなた?」
「いや、違うと思いますよ」
「なんで?」
「あの無駄にプライド高くて性格の悪い男が、なかなかその女性に会えないからって辛い思いをしてるんですよね? 絶対に違います」

 メアリさんは何やら自信ありげだ。

「その女性投資家ってどんな方なの?」
「銀行を経営し国内一の資産を有すると言われているデスティモナ伯爵家のご令嬢です」
「デスティモナ家の……ってことは」
「ハロルド様の妹ですね」
「まあ! そうなのね! ハロルド様が『可愛い妹』って言ってたもの。ステファン様が会いたがってもおかしくないわね」
「……本当にエレナ様の耳に余計な噂話が入らないように徹底されてるんですね」

 なぜか憐憫の眼差しがわたしに刺さる。

「いいですか。有名な若手女性投資家のネリーネ・デスティモナ伯爵令嬢の別称は『社交界の毒花令嬢』です」

 悪意のある蔑称にわたしは妙なシンパシーを感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました

小倉みち
恋愛
 7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。  前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。  唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。  そして――。  この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。  この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。  しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。  それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。  しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。  レティシアは考えた。  どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。  ――ということは。  これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。  私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

処理中です...