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第四部
王太子殿下付き秘書官候補の失態1(ステファン視点)
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「えっー! 僕が怒られるの? ステファンがエレナをデートに誘おうとしていたから僕は注意しただけなのに? ねえ、エレナ。僕を怒るなんて殿下はひどいと思わない?」
無駄に響くひどく暢気な声に、自分の犯した失態を自覚する。
いつも泰然と微笑みをたたえ、感情を表に出さない主人の射抜くような視線が俺を捉える。
背中を嫌な汗が伝い身震いが止まらない。
王太子殿下の婚約者は、幼馴染のトワイン侯爵家の令息が、自分の利益のために、小太りの醜女でわがままな癇癪持ちで愚かな妹を押し付けたと思い込んでいた。
我々が忠誠を誓った王太子殿下は、トワイン侯爵令息の企みを逆手にとって利用するために愚かな婚約者をお飾りに据えているだけで、本当は歯牙にも掛けていないのだと勝手に解釈していた。
だから、目の前の愛らしく聡明な見習いの女官が、王太子の幼馴染だからと偉そうに振る舞うお坊ちゃんにそっくりだというのに、王太子殿下のご婚約者様だと気が付かなかったのだ。
くそっ。なんで違和感をそのままにしてしまったんだ。
年若い見習いの女官が、俺の書いた論文に興味を持つなんておかしいとは思ったんだ。
トワイン侯爵家のご令嬢が王太子殿下のご婚約者に内定して一年以上経っているのだ。王太子妃教育として他国の歴史を学ぶのに俺の書いた論文を読んでいるなら合点がいく。
「ステファン。エリオットの発言は事実か」
王太子殿下の冷ややかな声は研ぎ澄まされたナイフのように俺を突き刺す。
役に立たない官吏たちにも声を荒げることなく、常に冷静でご自身のすべきことを粛々とこなされているあの王太子様が、怒りに打ち震え、覆う片手では歪んだ顔を隠しきれていない。
寵愛など生ぬるい。どろりとした執着が溢れでた室内は緊張が走る。
「いいえ! そんな、王太子殿下のご婚約者様だと存じ上げておりませんでしたし、そもそもデートだなんて滅相もない! ただ、図書館にお誘いしただけで、その、ご興味がありそうな本を紹介したかっただけでございます!」
慌てて弁明する。
いつも室内で響くペンを走らせる音も今は聞こえない。同僚たちはみな動揺していた。
「お兄様が好き勝手に言っているだけだわ。誰もわたしなんかと外を歩きたがったりしないもの」
王太子殿下のご婚約者様は庇うようにそう言って、俺に悲しげな笑みを向ける。
嗚呼。やっと自分を認めてくれる運命の女性に出会えたかと思ったのに、俺はその女性を手に入れることはできないだけでなく、傷つけてしまった。
その事実に打ちひしがれる。
……俺は自慢じゃないがモテたことがない。
王立学園にいた女生徒達も王宮の女官達も貴族の娘ばかりだ。
玉の輿を狙っている貴族のご令嬢達にとっては俺がどれだけ優秀だろうが、お呼びではない。
男爵家の四男なんて長兄が跡を継げば平民になるのが確実だ。結婚相手を探すことに血眼になっている女達の視界に入ることすらなかった。
俺を認めてくれる女性に出会いたい。それは叶えられることのない長年の願いだった。
そんな俺の前に、王立学園時代に書き上げた論文を読んだという少女が現れた。
他国語で書かれた文献をもとに我が国の他国における位置付けを多角的かつ客観的な視野で纏めたその論文は周りが浮ついた青春を送る中、学生時代の全てを費やして書いたと言っても過言ではない。
少女からその論文を自身の語学と地政学の学習の礎にしていたと感謝された俺は、やっと自分を認めてくれる運命の女性に出会えたかと思った。
さすがに見習いの女官だからまだ結婚できる年齢ではないだろうが、むしろ好都合だ。数年かけて俺を理解してもらおう。
そんなことを考え、少女の興味関心をひこうと必死になる俺を同僚たちは揶揄うように笑っていたが……
笑い事ではすまされない。
せっかく王太子殿下に認めていただき、将来を約束頂いたというのに。
俺はどうすればいい?
ガタン! バタバタバタ!
自己保身の言い訳を考えている間に、見習い女官の少女……いや、王太子殿下のご婚約者様は書類入れを抱え飛び出していった。
無駄に響くひどく暢気な声に、自分の犯した失態を自覚する。
いつも泰然と微笑みをたたえ、感情を表に出さない主人の射抜くような視線が俺を捉える。
背中を嫌な汗が伝い身震いが止まらない。
王太子殿下の婚約者は、幼馴染のトワイン侯爵家の令息が、自分の利益のために、小太りの醜女でわがままな癇癪持ちで愚かな妹を押し付けたと思い込んでいた。
我々が忠誠を誓った王太子殿下は、トワイン侯爵令息の企みを逆手にとって利用するために愚かな婚約者をお飾りに据えているだけで、本当は歯牙にも掛けていないのだと勝手に解釈していた。
だから、目の前の愛らしく聡明な見習いの女官が、王太子の幼馴染だからと偉そうに振る舞うお坊ちゃんにそっくりだというのに、王太子殿下のご婚約者様だと気が付かなかったのだ。
くそっ。なんで違和感をそのままにしてしまったんだ。
年若い見習いの女官が、俺の書いた論文に興味を持つなんておかしいとは思ったんだ。
トワイン侯爵家のご令嬢が王太子殿下のご婚約者に内定して一年以上経っているのだ。王太子妃教育として他国の歴史を学ぶのに俺の書いた論文を読んでいるなら合点がいく。
「ステファン。エリオットの発言は事実か」
王太子殿下の冷ややかな声は研ぎ澄まされたナイフのように俺を突き刺す。
役に立たない官吏たちにも声を荒げることなく、常に冷静でご自身のすべきことを粛々とこなされているあの王太子様が、怒りに打ち震え、覆う片手では歪んだ顔を隠しきれていない。
寵愛など生ぬるい。どろりとした執着が溢れでた室内は緊張が走る。
「いいえ! そんな、王太子殿下のご婚約者様だと存じ上げておりませんでしたし、そもそもデートだなんて滅相もない! ただ、図書館にお誘いしただけで、その、ご興味がありそうな本を紹介したかっただけでございます!」
慌てて弁明する。
いつも室内で響くペンを走らせる音も今は聞こえない。同僚たちはみな動揺していた。
「お兄様が好き勝手に言っているだけだわ。誰もわたしなんかと外を歩きたがったりしないもの」
王太子殿下のご婚約者様は庇うようにそう言って、俺に悲しげな笑みを向ける。
嗚呼。やっと自分を認めてくれる運命の女性に出会えたかと思ったのに、俺はその女性を手に入れることはできないだけでなく、傷つけてしまった。
その事実に打ちひしがれる。
……俺は自慢じゃないがモテたことがない。
王立学園にいた女生徒達も王宮の女官達も貴族の娘ばかりだ。
玉の輿を狙っている貴族のご令嬢達にとっては俺がどれだけ優秀だろうが、お呼びではない。
男爵家の四男なんて長兄が跡を継げば平民になるのが確実だ。結婚相手を探すことに血眼になっている女達の視界に入ることすらなかった。
俺を認めてくれる女性に出会いたい。それは叶えられることのない長年の願いだった。
そんな俺の前に、王立学園時代に書き上げた論文を読んだという少女が現れた。
他国語で書かれた文献をもとに我が国の他国における位置付けを多角的かつ客観的な視野で纏めたその論文は周りが浮ついた青春を送る中、学生時代の全てを費やして書いたと言っても過言ではない。
少女からその論文を自身の語学と地政学の学習の礎にしていたと感謝された俺は、やっと自分を認めてくれる運命の女性に出会えたかと思った。
さすがに見習いの女官だからまだ結婚できる年齢ではないだろうが、むしろ好都合だ。数年かけて俺を理解してもらおう。
そんなことを考え、少女の興味関心をひこうと必死になる俺を同僚たちは揶揄うように笑っていたが……
笑い事ではすまされない。
せっかく王太子殿下に認めていただき、将来を約束頂いたというのに。
俺はどうすればいい?
ガタン! バタバタバタ!
自己保身の言い訳を考えている間に、見習い女官の少女……いや、王太子殿下のご婚約者様は書類入れを抱え飛び出していった。
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