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第四部 

146 エレナ、王宮で働く

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 お兄様が部屋を出るとすぐ立ち止まる。
 振り返るとわたしの両肩を掴んで顔を寄せる。

 ひぃ。イケメンの顔が近いぃ。
 
「おっお兄様どうしたの?」
「エレナ。いい? この先はいろんな人がいるんだから、周りが何を言ってても、何を聞いたとしても、怒らない、叫ばない、飛び出さないって約束してね」

 ぐっと顔が近づく。
 そりゃお兄様の顔は見飽きてるくらい見飽きてるし、殿下の方が圧倒的にイケメンだけど、わたしはお兄様の顔にも弱い。

「もぅ! お友達の前で子供扱いしないでください」
「お友達⁈ まぁ! 嬉しい」

 照れ隠しにお兄様に文句を言ったら、メアリさんに喜ばれてしまった。
 そうだよね。国内一の大富豪なハロルド様にお近づきになろうとするメアリさんだもの。
 王太子殿下の婚約者であるエレナにお友達扱いされてるなんて、願ってもないことに違いない。
 エレナはかりそめの婚約者でしかなくて、近いうちに婚約破棄されるに違いないのに。
 すごく後ろめたい……

「わかった。子供扱いしないよ。でもお友達の前だからエレナはレディらしい振る舞いできるよね? 約束して」

 騒がないと約束をしないわたしに業を煮やしたのかお兄様の顔がますます近づき、おでこと鼻がくっつく。
 長いまつ毛の隙間から見えるエメラルドの瞳にエレナの姿が浮かぶ。

「わかった?」
「はい」

 わたしはお兄様の真剣な目と暴力的な美しさに気圧されて頷くしかできなかった。
 返事を聞いて優しい表情に戻ったお兄様と指切りをする。
 指がほどけると「何かあったら僕に言うんだよ」とわたしの頭を優しく撫でた。

 普段からエレナに甘いお兄様がことさら優しいのは、きっと何かあるからだ。
 なんだろう。エレナが我慢できずに怒って騒ぎ出しそうなことが王宮で起きてるってこと?
 ……そうね。ついさっきも文書係の役人が感じ悪すぎて文句を言うところだったわ。

「ジェイムズ夫人もエレナに振り回されてご心労をおかけすると思いますが、何卒お力添えをよろしくお願いします」

 わたしが考え事をしていると、お兄様は今度はメアリさんに対して貴族らしい態度で手を取り手の甲に唇を近づけるなんてことをし始めた。

 わわわ! ゲームのスチルか! キラキラして眩しい。

 乙女ゲーなら、そうね。
 うん。女官見習いと身分を隠して文官見習いをしている王子様や高位貴族の子息が恋に落ちて正体を明かしたシーンね。

 お兄様は自分がイケメンなことを自分が一番わかっていて、最大限それを活かす振る舞いができる。
 すごいとしかいいようがない。
 いつも余裕ある雰囲気のメアリさんも、お兄様の王子様な振る舞いに興奮した様子を隠しきれない。

 全ての仕草が絵になるお兄様にトキメキながらも、何かいろいろ引っかかる。

 そうだ。
 お兄様はなんでメアリさんが結婚したことを知ってるの? 仲良くしてもらってるわたしが知らないのに。
 
「お兄様はメアリさんがご結婚されてること、なんでもうご存じなの?」
「そりゃ、噂になってたからね」

 そういえばハロルド様もメアリさんに「噂のジェイムズ商会の若奥様」って言っていた。
 きっとわたしたちが王都を離れている時に噂になってたんだろう。
 でも……

「お兄様は最近ずっとわたしと一緒にいたのに、お兄様だけメアリさんの噂をご存知なんておかしいわ」

 お兄様が一瞬わたしから目を逸らしたのを見逃さない。

「なんでお兄様は噂をご存じだったの?」
「さあ……なんでだろうね。風の妖精が僕だけに噂話を運んでくれたのかなぁ。ほらよく風の妖精は女性だっていうじゃない? 妖精にまで好かれちゃうなんて自分でも驚くよ」

 そう言って目を瞑り両手を広げた。お兄様は何か誤魔化している。
 嘘をつくのが苦手なお兄様は、正直に話せない場面ではふざけた態度をとる。
 普段からお兄様は大袈裟だったり、ふざけたり、調子がよかったりするから、嘘がつけずにふざけていても周りの人にはバレないかもしれない。でも、わたしにはわかる。
 じっとわたしが睨んでいると、お兄様は「モテる男は困るね」なんて言って食堂にむかって歩き出した。
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