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第四部
166 エレナと社交界の毒花令嬢
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「どうでした? 『毒花令嬢』は」
文書室に戻るとメアリさんが一番に声をかけてきた。いつもと違って真剣な表情だ。
リリィさんまで心配そうにわたしの顔を覗き込む。
よっぽど暗い顔をしていたみたい。
殿下から奪ってきた書類箱を机に置く。
「ネリーネ様は『毒花令嬢』なんかじゃなかったわ」
かぶりをふり笑顔を見せたわたしを見て、リリィさんにほっとした表情が浮かぶ。
リリィさんが書類箱を開けて部署ごとに振り分けるのを、わたしとメアリさんも手伝う。
「で、どうだったんですか? ハロルド様の妹君は」
いつも通りのおどけた様子のメアリさんに、わたしもふざけて頬をふくらませる。
「びっくりするくらい可愛らしい方だったわよ」
「えっ⁈」
「…ってえっ?」
メアリさんじゃなくてリリィさんが驚いて声を上げていた。
いつも冷静なリリィさんが声を上げるなんて。
わたしも驚いて声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。
リリィさんは気恥ずかしいのか、わたしから目を逸らして咳払いをした。
「失礼しました。先ほど部屋にご案内した際、噂に違わぬ絢爛豪華さでいらっしゃいましたので」
デスティモナ伯爵家への説明では、王太子殿下の婚約者であるトワイン侯爵家のご令嬢であるエレナが、ネリーネ様と事業について相談したいということになっている。
でもそれは、デスティモナ伯爵家のご令嬢をお呼びするための詭弁で、エレナはかりそめの婚約者でしかない。
伯爵家のご令嬢を王宮に呼び立てるような権力なんてエレナは持ち得ていない。
そのため、デスティモナ伯爵家に疑われないように、王太子妃の侍女候補であるリリィさんが、ステファン様と一緒に案内係をしてくれていた。
ちなみにあの部屋に通されたのも、建前上は殿下の直轄部署で、かつ一番出入りをしている部屋だからということになっている。
離宮の女官で王太后様にお仕えしていたリリィさんなら、豪華な衣装や装飾品を見慣れているはずなのに。
それでもリリィさんが目を見張るほどの絢爛豪華さなのだから、やっぱりネリーネ様の衣装は湯水の如くお金を注いでいるんだろうな。
でも、それ以外の噂はネリーネ様とお話しした今は疑わしく思う。
「火のないところに煙は立たないって言いますけど、根も葉もない噂が立つことだってあるわ」
「ええ。エレナ様の酷い噂も根も葉もないですもんね」
ごますりでメアリさんがそう言ってくれるけど、真に受けちゃいけない。
「別にわたしの話じゃないわ。ちゃんとわかってるわよ。わたしは癇癪持ちで我儘ばっかり言ってる小太りの醜女だって。だって、わたしのこと可愛いなんて言ってくれるのはお兄様くらいしかいないもの」
わかってるって言いながら、自分で卑下するようなことを言うと涙がじんわりと浮かぶ。
階段から落ちて、恵玲奈の記憶を記憶を取り戻したあと、鏡にうつったエレナを初めて見た時は驚くくらいに可愛いと思ったけど。
それは前世の日本人の感覚に引っ張られていただけだって、今は理解している。
「そんなことないですよ! エレナ様は可愛らしいですって! エリオット様だけじゃなく、みんなエレナ様に可愛いって言いたいけど、言うタイミングがないだけですって! 王立学園でもみんなエレナ様に話しかけたくて牽制し合ってるくらいですから! わたしだってエレナ様のこと可愛らしいって思ってますよ!」
メアリさんの必死のごますりにわたしは微笑みを浮かべる。
「そうね。お兄様だけじゃないわ。王立学園の皆さんはわからないけど、お父様もお母様もわたしの侍女も可愛いって言ってくれるわ。それにアイラン様のお兄様はわたしの緑の瞳を美しいって言って、ハーレムに誘ってくださったものね」
「ハーレムですか⁈」
リリィさんが慌ててわたしの手を握る。
「あっあの! エレナ様に差し出がましいことを申し上げるようですが……その、王太子殿下の前では、かようなことをおっしゃらないようにお願いいたします!」
「社交辞令くらいわかってるわ。いくらわたしでもかりそめの婚約者としての役割を果たすべき期間に、社交辞令を間に受けてうつつを抜かすようなことはしないわよ」
わたしの手を握ったまま、リリィさんのグレーシルバーの頭がぐったりと垂れる。
「わかってらっしゃらないことを、わかったつもりでおりましたが、本当にわかってらっしゃらないことがよくわかりました……」
「リリィさんまでお兄様みたいなことおっしゃらないでよ」
みんなして、わたしのことをモノを知らないご令嬢扱いして馬鹿にするのは納得がいかない。
わたしが不満を示しているのに、リリィさんは「こんなことおっしゃってるのを知られたら、戦争が起きるわ」なんて不穏なことを呟く。
そのまま分配した書類入れを抱えてぶつぶつと呟きながら部屋を出ていってしまった。
文書室に戻るとメアリさんが一番に声をかけてきた。いつもと違って真剣な表情だ。
リリィさんまで心配そうにわたしの顔を覗き込む。
よっぽど暗い顔をしていたみたい。
殿下から奪ってきた書類箱を机に置く。
「ネリーネ様は『毒花令嬢』なんかじゃなかったわ」
かぶりをふり笑顔を見せたわたしを見て、リリィさんにほっとした表情が浮かぶ。
リリィさんが書類箱を開けて部署ごとに振り分けるのを、わたしとメアリさんも手伝う。
「で、どうだったんですか? ハロルド様の妹君は」
いつも通りのおどけた様子のメアリさんに、わたしもふざけて頬をふくらませる。
「びっくりするくらい可愛らしい方だったわよ」
「えっ⁈」
「…ってえっ?」
メアリさんじゃなくてリリィさんが驚いて声を上げていた。
いつも冷静なリリィさんが声を上げるなんて。
わたしも驚いて声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。
リリィさんは気恥ずかしいのか、わたしから目を逸らして咳払いをした。
「失礼しました。先ほど部屋にご案内した際、噂に違わぬ絢爛豪華さでいらっしゃいましたので」
デスティモナ伯爵家への説明では、王太子殿下の婚約者であるトワイン侯爵家のご令嬢であるエレナが、ネリーネ様と事業について相談したいということになっている。
でもそれは、デスティモナ伯爵家のご令嬢をお呼びするための詭弁で、エレナはかりそめの婚約者でしかない。
伯爵家のご令嬢を王宮に呼び立てるような権力なんてエレナは持ち得ていない。
そのため、デスティモナ伯爵家に疑われないように、王太子妃の侍女候補であるリリィさんが、ステファン様と一緒に案内係をしてくれていた。
ちなみにあの部屋に通されたのも、建前上は殿下の直轄部署で、かつ一番出入りをしている部屋だからということになっている。
離宮の女官で王太后様にお仕えしていたリリィさんなら、豪華な衣装や装飾品を見慣れているはずなのに。
それでもリリィさんが目を見張るほどの絢爛豪華さなのだから、やっぱりネリーネ様の衣装は湯水の如くお金を注いでいるんだろうな。
でも、それ以外の噂はネリーネ様とお話しした今は疑わしく思う。
「火のないところに煙は立たないって言いますけど、根も葉もない噂が立つことだってあるわ」
「ええ。エレナ様の酷い噂も根も葉もないですもんね」
ごますりでメアリさんがそう言ってくれるけど、真に受けちゃいけない。
「別にわたしの話じゃないわ。ちゃんとわかってるわよ。わたしは癇癪持ちで我儘ばっかり言ってる小太りの醜女だって。だって、わたしのこと可愛いなんて言ってくれるのはお兄様くらいしかいないもの」
わかってるって言いながら、自分で卑下するようなことを言うと涙がじんわりと浮かぶ。
階段から落ちて、恵玲奈の記憶を記憶を取り戻したあと、鏡にうつったエレナを初めて見た時は驚くくらいに可愛いと思ったけど。
それは前世の日本人の感覚に引っ張られていただけだって、今は理解している。
「そんなことないですよ! エレナ様は可愛らしいですって! エリオット様だけじゃなく、みんなエレナ様に可愛いって言いたいけど、言うタイミングがないだけですって! 王立学園でもみんなエレナ様に話しかけたくて牽制し合ってるくらいですから! わたしだってエレナ様のこと可愛らしいって思ってますよ!」
メアリさんの必死のごますりにわたしは微笑みを浮かべる。
「そうね。お兄様だけじゃないわ。王立学園の皆さんはわからないけど、お父様もお母様もわたしの侍女も可愛いって言ってくれるわ。それにアイラン様のお兄様はわたしの緑の瞳を美しいって言って、ハーレムに誘ってくださったものね」
「ハーレムですか⁈」
リリィさんが慌ててわたしの手を握る。
「あっあの! エレナ様に差し出がましいことを申し上げるようですが……その、王太子殿下の前では、かようなことをおっしゃらないようにお願いいたします!」
「社交辞令くらいわかってるわ。いくらわたしでもかりそめの婚約者としての役割を果たすべき期間に、社交辞令を間に受けてうつつを抜かすようなことはしないわよ」
わたしの手を握ったまま、リリィさんのグレーシルバーの頭がぐったりと垂れる。
「わかってらっしゃらないことを、わかったつもりでおりましたが、本当にわかってらっしゃらないことがよくわかりました……」
「リリィさんまでお兄様みたいなことおっしゃらないでよ」
みんなして、わたしのことをモノを知らないご令嬢扱いして馬鹿にするのは納得がいかない。
わたしが不満を示しているのに、リリィさんは「こんなことおっしゃってるのを知られたら、戦争が起きるわ」なんて不穏なことを呟く。
そのまま分配した書類入れを抱えてぶつぶつと呟きながら部屋を出ていってしまった。
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