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第二部 最終章
【サイドストーリー】領都の土産物屋は後悔する
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トワイン侯爵領ではこの時期、祭りが行われ、領都はいつになく賑わいをみせる。
豊穣祈願祭はトワイン領を守護する「恵みの女神」に麦の実りに感謝し、これから始まる夏から秋の収穫を祈るものだ。
農業に従事する多くの領民たちはこの祭りの期間、束の間の休息を得る。
トワイン領に生まれた領民たちは、死ぬまでに一度くらいは、祭りの期間に領都の教会で礼拝し、領主が振る舞うご馳走にありつきたいと夢見ている。
今日も遠方の村から夢を叶えたたくさんの人々が集まっていた。
特にここ数年は領主の娘であるエレナ・トワインが祭りに参加しているのも、領都の人出に拍車をかけていた。
トワイン侯爵家は「恵みの女神の末裔」とされているが、代々女児が生まれることが少ない家系だ。
何代も遡らないとエレナの前に直系の女児は存在しない。領地の長老たちもみな知らないほど遡る。
そのエレナが生まれてから、トワイン領で一度も不作になった年がないことから「恵みの女神の生まれ変わり」だなどと信じている者も多い。
人生に一度きりであれば「女神の生まれ変わり」であると言われるエレナが祭りに参加しているうちに行きたいと願うのは、当然のことであった。
街の中心に建つ、女神を祀る教会も信徒たちが押し寄せていた。
教会近くにある土産物店の男は、さっきまでごった返していた店内がようやく落ち着き、ため息をつく。
男の店は、信徒たちが祈りのために飾る女神の版画を販売していた。
屋内で飾れるような大きなものから、携帯しやすい小さなものまで多くの版画を取り揃えている。
似たような版画を取り扱うどの店よりも繁盛しているのは、店主の才覚だ。
エレナの領民人気にあやかり、神話の一場面を切り取った女神の姿絵をエレナに似せるようにお抱えの画家達に指示した。
他の店で複製できないように原版ごと買取するなど、自分の店しか供給できないように徹底し、売上はここ数年右肩上がりだった。
エレナと王太子の婚約が決まったと噂された去年。店主の男は一世一代の大博打を打った。
「恵みの女神」と「始まりの神」の二柱の神が出会う場面をエレナと王太子に似せた姿絵を用意したのだ。
王族をネタにして金稼ぎをするのがバレたらどんなお咎めがあるかわからない。
儲けの全てを取り上げられても文句は言えない。
だからと言って金儲けの好機を不意には出来ない。
王太子との婚約が呼び水になって領民以外の観光客が教会に押し寄せる。
一気に売り切ってしらばっくれようとした。
王家のお抱え絵師を親に持つと語る画家に大金をはたいてまでして依頼した版画は、いつも刷る二倍の枚数も初版を用意した。
(あの時、画家の口車に乗らなければ)
画家から初版と二版以降の区別をつけて、初版には付加価値をつけると良いなどとそそのかされ、初版を刷り上げた後には原版に細工まで施した。
観光客に初版を売り切れば初期投資を回収して余りあるはずだった。
店主の男は今度は後悔のため息をつく。
二つ誤算があった。
一つ目はエレナの人気が領地に限定されていたこと。
侯爵家という国内でも上位の家柄にも関わらず、貴族間の駆け引きに関心の薄く領地の発展に心を砕く領主家族は領民に人気があっても、王都では変わり者一家に思われていた。
領民であれば顔を知らないものはいないエレナも、貴族が集まる社交の場に出ることはない。
領地から出れば、エレナは外に出せないほどの醜女だなんて噂がたっていた。
それでも、その時は領民に売り切ればよいと考えていた。
大誤算は二つ目だ。
エレナと王太子の婚約は、破棄されることが前提のものだったのだと皆がまことしやかに言い始めた。
確かに婚約が内々に決まったと噂が流れた後、王太子がエレナに会いに来たなんて話は聞かない。
エレナが王太子に会うために王都に出かけたような話もない。
領民が慕い女神と崇めるエレナへの仕打ちに、みな王太子への不満が溜まっていく。
エレナと王太子に似せた夫婦神の版画は、誰も手にとらない不良在庫になってしまった。
豊穣祈願祭はトワイン領を守護する「恵みの女神」に麦の実りに感謝し、これから始まる夏から秋の収穫を祈るものだ。
農業に従事する多くの領民たちはこの祭りの期間、束の間の休息を得る。
トワイン領に生まれた領民たちは、死ぬまでに一度くらいは、祭りの期間に領都の教会で礼拝し、領主が振る舞うご馳走にありつきたいと夢見ている。
今日も遠方の村から夢を叶えたたくさんの人々が集まっていた。
特にここ数年は領主の娘であるエレナ・トワインが祭りに参加しているのも、領都の人出に拍車をかけていた。
トワイン侯爵家は「恵みの女神の末裔」とされているが、代々女児が生まれることが少ない家系だ。
何代も遡らないとエレナの前に直系の女児は存在しない。領地の長老たちもみな知らないほど遡る。
そのエレナが生まれてから、トワイン領で一度も不作になった年がないことから「恵みの女神の生まれ変わり」だなどと信じている者も多い。
人生に一度きりであれば「女神の生まれ変わり」であると言われるエレナが祭りに参加しているうちに行きたいと願うのは、当然のことであった。
街の中心に建つ、女神を祀る教会も信徒たちが押し寄せていた。
教会近くにある土産物店の男は、さっきまでごった返していた店内がようやく落ち着き、ため息をつく。
男の店は、信徒たちが祈りのために飾る女神の版画を販売していた。
屋内で飾れるような大きなものから、携帯しやすい小さなものまで多くの版画を取り揃えている。
似たような版画を取り扱うどの店よりも繁盛しているのは、店主の才覚だ。
エレナの領民人気にあやかり、神話の一場面を切り取った女神の姿絵をエレナに似せるようにお抱えの画家達に指示した。
他の店で複製できないように原版ごと買取するなど、自分の店しか供給できないように徹底し、売上はここ数年右肩上がりだった。
エレナと王太子の婚約が決まったと噂された去年。店主の男は一世一代の大博打を打った。
「恵みの女神」と「始まりの神」の二柱の神が出会う場面をエレナと王太子に似せた姿絵を用意したのだ。
王族をネタにして金稼ぎをするのがバレたらどんなお咎めがあるかわからない。
儲けの全てを取り上げられても文句は言えない。
だからと言って金儲けの好機を不意には出来ない。
王太子との婚約が呼び水になって領民以外の観光客が教会に押し寄せる。
一気に売り切ってしらばっくれようとした。
王家のお抱え絵師を親に持つと語る画家に大金をはたいてまでして依頼した版画は、いつも刷る二倍の枚数も初版を用意した。
(あの時、画家の口車に乗らなければ)
画家から初版と二版以降の区別をつけて、初版には付加価値をつけると良いなどとそそのかされ、初版を刷り上げた後には原版に細工まで施した。
観光客に初版を売り切れば初期投資を回収して余りあるはずだった。
店主の男は今度は後悔のため息をつく。
二つ誤算があった。
一つ目はエレナの人気が領地に限定されていたこと。
侯爵家という国内でも上位の家柄にも関わらず、貴族間の駆け引きに関心の薄く領地の発展に心を砕く領主家族は領民に人気があっても、王都では変わり者一家に思われていた。
領民であれば顔を知らないものはいないエレナも、貴族が集まる社交の場に出ることはない。
領地から出れば、エレナは外に出せないほどの醜女だなんて噂がたっていた。
それでも、その時は領民に売り切ればよいと考えていた。
大誤算は二つ目だ。
エレナと王太子の婚約は、破棄されることが前提のものだったのだと皆がまことしやかに言い始めた。
確かに婚約が内々に決まったと噂が流れた後、王太子がエレナに会いに来たなんて話は聞かない。
エレナが王太子に会うために王都に出かけたような話もない。
領民が慕い女神と崇めるエレナへの仕打ちに、みな王太子への不満が溜まっていく。
エレナと王太子に似せた夫婦神の版画は、誰も手にとらない不良在庫になってしまった。
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