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第二部 第三章
74 エレナと王室の別荘
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いよいよ明日から領地のお祭りが始まる。
わたしとお兄様は今日から領地の屋敷に戻って、祭りの準備をしないわけにはいかない。
殿下やアイラン様を別荘に残して朝早くから馬車に乗り込み領地の屋敷に戻る。
二人を残すということは、殿下とアイラン様が接触する機会が増えるわけで……
心配だけど、殿下達もお祭り期間中ずっと別荘にいるわけではなくて、お祭りにお越し頂くように誘っている。
なんなら別荘から屋敷までは馬車で一時間くらいなのでアイラン様がお祭りを気に入れば毎日のようにお越しいただくことになる。
アイラン様は気に入ってくださるかしら?
気に入って毎日来ていただくように願うしかない。
これから始まる初夏のお祭りは、領地を守護する地母神である「恵みの女神」に小麦の実りを感謝し、夏から秋にかけて農作物の豊作を祈願する。
祭りの期間中は昼夜問わずに屋敷の敷地を開放して羊や豚を丸焼きを領民たちに振る舞う。
ソーセージやベーコンを焼いたのやチーズ、ドライフルーツやナッツに雑穀を混ぜて焼いたパンや備蓄していた根菜をたっぷり使ったスープも食べ放題だったり、ワインや葡萄の搾りかすで作った蒸留酒を振る舞ったりとにかく沢山の御馳走がいっぱい用意される。
そんな中でみんなで歌ったり踊ったり盛り上がり、力自慢の男達による石の持ち上げ競争だとか、誰でも参加できる麦の刈り取り競争だとか、羊の毛刈り競争だとかを行い、競争に勝つともらえる新品の鍬だとか鋤だとかをその夏自慢にして農作業する。
長閑なトワイン領の長閑なお祭り。
王女様にはつまらないかしら。
ううん。お兄様がきっと全力でエスコートするから、満喫するに違いないわ。
お祭りは女神様への感謝やお祈りなんかの宗教的な意味合いももちろんあるんだけど、お父様達はこれから秋まで休むことなく働いてくれる領民のみんなを労うためにこの日をとても大切にしている。
わたしもお兄様も小さい頃はそんな事お構いなしに領地のお祭りを楽しんでいたけどね。
みんなと御馳走を食べたり、歌って踊ったり、少し大きくなってからはお母様と一緒に女神様の衣装を着て子供達にお菓子を配ったり……
女神様の格好をするのをずっと楽しみにしていたから、十二歳になって初めてお母さまと一緒に女神様の格好をした日のことは今でも覚えてる。
子供達が女神様の格好をしたわたしに向かって『恵みの女神様。お菓子ちょうだい』って集まってきてくれて、大人達もみんな嬉しそうにわたしたちを眺めてて……
初めて女神様の衣装を着た年は子供達に配る為に屋敷の料理人達が焼いたスコーンをみんなが包むのを手伝った。次の年はレーズンたっぷりのバターケーキ。味見でレーズンをつまみ食いしすぎて料理長に怒られた。
十四歳の時はアカデミーに通っているお兄様が久しぶりに帰ってくるのが嬉しくて、お兄様が大好きなジャムのクッキーを作ってってお願いして、わたしはジャムを乗せるお手伝いをした。
去年は何を配ったんだっけ。
……思い出せない。
昔の記憶は手に取るように思い出せるのに、去年の記憶は相変わらず曖昧で、思い出そうと意識すればするほど、それを拒むように胸が苦しくなる。
ねぇ、エレナ。
やっぱり思い出したくない記憶なのかしら。
わたしはそう心の中で呟いて、馬車から窓の外をながめる。
黄金色に実った小麦が初夏の風に揺れている。
領地の屋敷に戻る為の道のりでは、わたしたちは領民からとんでもなく歓迎を受ける。
お父様はイケオジなだけじゃなくて、お祭りに力を入れてることからもわかるように、領民思いの立派な領主様で多くの領民から慕われている。
そんなお父様の子供であるお兄様やエレナはとても大切に思われているみたいで、わたしたちが乗っている馬車を見つけると、老若男女問わずみんな遠くても帽子を脱ぎ姿勢を正して見送ってくれる。
今日も馬車の窓から目があっただけなのに、みんな感極まって泣きそうになったり、拝まれたりした。
「ほら、エレナも手を振ってあげなよ」
麦畑で多くの農夫達が作業しているのが目に入ったお兄様は、馬車の窓を開けて手を振っている。
「……わたしなんかが手を振っても誰も喜ばないわ」
わたしの答えを聞いたお兄様の眉尻が下がる。
「そんな事ないよ」
昔は気にせず手を振っていたと思うけど、エレナの記憶が曖昧な中で昔のように振る舞っていいのか悩む。
オタクのわたしにはアカデミー内で距離を置かれるポジションの方が馴染んでしまっていて、いつでもどこでもモテモテのお兄様の様に窓を開けて手を振ったりする勇気がない。
勇気を出して手を振ったのに笑われたり、嫌がられたりしたら……
「無理よ」
想像だけで身体がギュッと固くなる。
「エレナ。ここは王都じゃないよ、大丈夫。みんなエレナの事を大切に思っているよ」
それでも動けないわたしの肩をお兄様は優しく抱き寄せる。
「みんなエレナの事を心配してる。元気な姿を見せてあげて? じゃないと……」
「じゃないと?」
「……みんな悲しむよ。エレナが大好きだからさ、お祭りでは笑顔で手を振るんだよ。今年も女神様になるんでしょ?」
わたしの頭を撫でたお兄様は再び窓の外に顔を向けて手を振り続けた。
わたしとお兄様は今日から領地の屋敷に戻って、祭りの準備をしないわけにはいかない。
殿下やアイラン様を別荘に残して朝早くから馬車に乗り込み領地の屋敷に戻る。
二人を残すということは、殿下とアイラン様が接触する機会が増えるわけで……
心配だけど、殿下達もお祭り期間中ずっと別荘にいるわけではなくて、お祭りにお越し頂くように誘っている。
なんなら別荘から屋敷までは馬車で一時間くらいなのでアイラン様がお祭りを気に入れば毎日のようにお越しいただくことになる。
アイラン様は気に入ってくださるかしら?
気に入って毎日来ていただくように願うしかない。
これから始まる初夏のお祭りは、領地を守護する地母神である「恵みの女神」に小麦の実りを感謝し、夏から秋にかけて農作物の豊作を祈願する。
祭りの期間中は昼夜問わずに屋敷の敷地を開放して羊や豚を丸焼きを領民たちに振る舞う。
ソーセージやベーコンを焼いたのやチーズ、ドライフルーツやナッツに雑穀を混ぜて焼いたパンや備蓄していた根菜をたっぷり使ったスープも食べ放題だったり、ワインや葡萄の搾りかすで作った蒸留酒を振る舞ったりとにかく沢山の御馳走がいっぱい用意される。
そんな中でみんなで歌ったり踊ったり盛り上がり、力自慢の男達による石の持ち上げ競争だとか、誰でも参加できる麦の刈り取り競争だとか、羊の毛刈り競争だとかを行い、競争に勝つともらえる新品の鍬だとか鋤だとかをその夏自慢にして農作業する。
長閑なトワイン領の長閑なお祭り。
王女様にはつまらないかしら。
ううん。お兄様がきっと全力でエスコートするから、満喫するに違いないわ。
お祭りは女神様への感謝やお祈りなんかの宗教的な意味合いももちろんあるんだけど、お父様達はこれから秋まで休むことなく働いてくれる領民のみんなを労うためにこの日をとても大切にしている。
わたしもお兄様も小さい頃はそんな事お構いなしに領地のお祭りを楽しんでいたけどね。
みんなと御馳走を食べたり、歌って踊ったり、少し大きくなってからはお母様と一緒に女神様の衣装を着て子供達にお菓子を配ったり……
女神様の格好をするのをずっと楽しみにしていたから、十二歳になって初めてお母さまと一緒に女神様の格好をした日のことは今でも覚えてる。
子供達が女神様の格好をしたわたしに向かって『恵みの女神様。お菓子ちょうだい』って集まってきてくれて、大人達もみんな嬉しそうにわたしたちを眺めてて……
初めて女神様の衣装を着た年は子供達に配る為に屋敷の料理人達が焼いたスコーンをみんなが包むのを手伝った。次の年はレーズンたっぷりのバターケーキ。味見でレーズンをつまみ食いしすぎて料理長に怒られた。
十四歳の時はアカデミーに通っているお兄様が久しぶりに帰ってくるのが嬉しくて、お兄様が大好きなジャムのクッキーを作ってってお願いして、わたしはジャムを乗せるお手伝いをした。
去年は何を配ったんだっけ。
……思い出せない。
昔の記憶は手に取るように思い出せるのに、去年の記憶は相変わらず曖昧で、思い出そうと意識すればするほど、それを拒むように胸が苦しくなる。
ねぇ、エレナ。
やっぱり思い出したくない記憶なのかしら。
わたしはそう心の中で呟いて、馬車から窓の外をながめる。
黄金色に実った小麦が初夏の風に揺れている。
領地の屋敷に戻る為の道のりでは、わたしたちは領民からとんでもなく歓迎を受ける。
お父様はイケオジなだけじゃなくて、お祭りに力を入れてることからもわかるように、領民思いの立派な領主様で多くの領民から慕われている。
そんなお父様の子供であるお兄様やエレナはとても大切に思われているみたいで、わたしたちが乗っている馬車を見つけると、老若男女問わずみんな遠くても帽子を脱ぎ姿勢を正して見送ってくれる。
今日も馬車の窓から目があっただけなのに、みんな感極まって泣きそうになったり、拝まれたりした。
「ほら、エレナも手を振ってあげなよ」
麦畑で多くの農夫達が作業しているのが目に入ったお兄様は、馬車の窓を開けて手を振っている。
「……わたしなんかが手を振っても誰も喜ばないわ」
わたしの答えを聞いたお兄様の眉尻が下がる。
「そんな事ないよ」
昔は気にせず手を振っていたと思うけど、エレナの記憶が曖昧な中で昔のように振る舞っていいのか悩む。
オタクのわたしにはアカデミー内で距離を置かれるポジションの方が馴染んでしまっていて、いつでもどこでもモテモテのお兄様の様に窓を開けて手を振ったりする勇気がない。
勇気を出して手を振ったのに笑われたり、嫌がられたりしたら……
「無理よ」
想像だけで身体がギュッと固くなる。
「エレナ。ここは王都じゃないよ、大丈夫。みんなエレナの事を大切に思っているよ」
それでも動けないわたしの肩をお兄様は優しく抱き寄せる。
「みんなエレナの事を心配してる。元気な姿を見せてあげて? じゃないと……」
「じゃないと?」
「……みんな悲しむよ。エレナが大好きだからさ、お祭りでは笑顔で手を振るんだよ。今年も女神様になるんでしょ?」
わたしの頭を撫でたお兄様は再び窓の外に顔を向けて手を振り続けた。
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