上 下
19 / 222
第一部 第二章

19 エレナ王立学園に通う

しおりを挟む
 ……知らない顔ばかりがこちらを向いている。

 講堂の入り口でわたしは立ちすくんだ。
 
 今までは、顔を見れば相手の名前がすぐ思い出せたのに、見渡してもここにいる生徒について誰一人名前が思い出せないどころか、顔すら知らない。
 ってことは、ここにいるのはストーリーに関係のないモブばっかりなのかしら……
 モブにしては美男美女ばかりだけど。

 エレナの記憶に頼ろうとしても、そもそもエレナ自体が王立学園アカデミーに入学したばかりで階段の転落事故を起こして、すぐ休んでいたから、まったくもって誰のこともわからない。

 みんなわたしを見ているばかりで、話しかけてくれるわけでもない。
 そして好意的な視線じゃないのも、手に取るようにわかる。

 こんな時どう振舞ったらいいのかわからない。

 心配おかけしましたけど、元気になりました。とか言えばいいのかな?
 嫌味にしか聞こえないよね?

 普通に、おはようございます! って挨拶したらいいの?
 っていうか普通は挨拶して入るものだっけ? 前世でそんなことした記憶ない。

 むしろ、しれっと入って、適当に座っておけばいいの?

 身動きできないまま、不躾な視線だけが集まってくる。
 数秒しか経ってないだろうけど、体感的には悠久の時を過ごしている。

「エレナ様! 体調はいかがですか?」
「えっ?」

 急に後ろから声をかけられて、慌てて振り返る。

 そこには、ストロベリーブロンドのクルクルした髪の毛をツインテールに結んだ少女がにこやかに笑って立っていた。

「まっ……魔法少女……」

 まるで小さい女の子がテレビで夢中になる戦う魔法少女みたい。
 そう思ってつい漏らしたわたしの言葉にその魔法少女が目を丸くする。

「魔法少女? わたしの事ですか?」

 わ! やっちゃった!

 親しくもない……と思われるクラスメイトに、魔法少女なんてあだ名つけたりしたら、エレナの印象は最悪よね。
 こんな殿下と関係のないところで悪役令嬢の道を走るわけには行かない。  

「違うの! あだ名をつけるつもりじゃないの。ごめんなさい!」

 とりあえずこういう時は、素直に謝っておこう。

「いえ! わたしは魔力持ちだからこの学園に特待生として入れていただいただけなのでエレナ様のおっしゃる通りなんです! 魔法少女とお呼びいただいて構いません!」
「で、でも名前でお呼びしないなんて失礼だわ。本当にごめんなさい。入ってすぐお休みしてしまったから、まだ貴女のお名前を覚えていなくて……教えていただける?」

 魔法少女はにっこり笑った。

「スピカです! 未来の王妃様と同じ学舎で学べるだけでも信じられないのに、名前を聞かれちゃうだなんて身に余る光栄です!」

 魔法少女……
 じゃなくて、スピカさんの元気な声が静かな講堂にこだまする。

 ……めちゃくちゃ注目浴びてる。

 ヒソヒソ声の中で「チッ」と舌打ちが聞こえた。
 聞こえた方向を見ると、ものすごい勢いで睨む女生徒達がいた。

 ふーん。

 きっと彼女たちが噂のコーデリア嬢の取り巻きか、殿下の婚約者を狙って色仕掛けをしてるご令嬢だかで、エレナを虐めていた女生徒達ね……

 じっと見つめ返して顔を覚えようとする。
 わたしの視線に慌てて女生徒たちは顔を逸らした。

「あっ……あの……エレナ様。申し訳ありません。わたしが大きい声出したから注目させてしまって……」

 この場の空気に耐えられなくなったスピカさんが涙目で訴えてくる。

 スピカさんのこの居た堪れない感じわかる。
 恵玲奈の時に目立たない様にじっと息を潜ませて学校で暮らしてたのに、ついオタ仲間と盛り上がって、気がついたら注目浴びてひそひそされたりした時は、こんな風に居た堪れない感じだったよ。
 わたしはこういう時にどうして欲しかった?

 ──よし。

「ふふ。気にしないでスピカさん。ほら、授業が始まるわ。座りましょう」

 何事もなかったかの様にわたしは優雅に微笑み、スピカさんの手を取ると、近くの席に座るように促した。

「エレナ様。ありがとうございます」

 ホッとした様子のスピカさんを見て、いつの日かの恵玲奈も救われた気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした

みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。 会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。 そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

毒、毒、毒⁉︎ 毒で死んでループする令嬢は見知らぬうちに、魔法使いに溺愛されていた。

にのまえ
恋愛
 婚約者の裏切り、毒キノコなど……  毎回、毒で死んで7歳まで巻き戻る、公爵家の令嬢ルルーナ・ダルダニオン。 「これで、10回目の巻き戻り……」  巻き戻りにも、飽きてきたルルーナ。  今度こそ生きてみせる。と決めた、彼女の運命がいま動き出す。    エルブリスタにて掲載中です。  新しくプロローグを追加いたしました。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

転生したら死亡エンドしかない悪役令嬢だったので、王子との婚約を全力で回避します

真理亜
恋愛
気合いを入れて臨んだ憧れの第二王子とのお茶会。婚約者に選ばれようと我先にと飛び出した私は、将棋倒しに巻き込まれて意識を失う。目が覚めた時には前世の記憶が蘇っていた。そしてこの世界が自分が好きだった小説の世界だと知る。どうやら転生したらしい。しかも死亡エンドしかない悪役令嬢に! これは是が非でも王子との婚約を回避せねば! だけどなんだか知らないけど、いくら断っても王子の方から近寄って来るわ、ヒロインはヒロインで全然攻略しないわでもう大変! 一体なにがどーなってんの!? 長くなって来たんで短編から長編に変更しました。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【完結】 お前を愛することはないと、だんなさまに宣言されました。その後、イケメン隣国の王子が物欲しそうに付きまとって来るんですけど?!

buchi
恋愛
トマシンは伯爵家の令嬢。平民の愛人と結婚したいスノードン侯爵は、おとなしそうな令嬢トマシンと偽装結婚を謀る。そしてトマシンに派手好き、遊び好きとうわさを立てて、気の毒な夫として同情を集めようとした。これで浮気もしたい放題。何ならトマシンの有責離婚で、あわよくば愛人と再婚したい。有責の証拠のためにトマシンが連れていかれた娼館で、トマシンは美しい宝石のようなイケメンに出会う。「イケメン、危険」美人でも人目を惹くわけでもないトマシンは用心するが、イケメンの方が引っ付いてきた?「ねえねえ、復讐しようよ~」これは、イケメン主導による、トマシンの予期せぬザマァ&シンデレラストーリー。 甘々?は後半です。すみません。

処理中です...