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第一部 悲劇の公爵令嬢に婚約者の座を譲って破滅フラグを回避します! 第一章

1 エレナ、前世の記憶を思い出す

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「エレナお嬢様ー!」

 目眩がして屋敷の階段から足を踏み外した事に気がついた時には、もう手遅れだった。
 侍女のメリーが、階段下まで転がり落ちたわたしに駆け寄り叫ぶ。

 大丈夫よ。と言うつもりが声が出ない。
 身体はどんどん重くなり、身動きが全く取れない。
 ダメよエレナ……起きるのよ。

 幼い頃からわたしに仕えていたメリーは、未だにわたしの事を小さな子供の様に扱う。
 早く身体を起こして安心させてあげないと、必要以上に心配するわ……

 わたし、エレナ・トワインは遠ざかる意識の中で、呟いた。



  ***



 目を覚ますとそこは暗闇の中だった。

 じっと目を凝らすと、見覚えのある天蓋付きのベッドに運ばれていることに気づき、身体を動かそうとする。

 ……痛っ……!

「うっう……」

 全身に激痛が走り、呻き声が漏れる。
 苦痛に耐えながら、ゆっくりと右手を動かして自分に触れる。

 包帯は……巻いてない。
 ちゃんと寝巻きに着替えている。
 今回はきっと軽症で済んで、ベッドに運んでもらえたのね。
 はずっと冷たい石畳の上で、目を覚ます事がなかったのに……

 急にそんな記憶が湧き上がる。

 ……?

 胸の鼓動が速くなるなか、考えを巡らせる。
 前に階段から落ちた事なんてあったかしら? あったとしたら、それはいつ?

 ……幼い頃?

 ううん。そんなことはないわ。

 心配症のメリーは、昔の失敗でもあたかも昨日したかの様に心配する。
 幼い頃に階段から落ちた事があれば、メリーが毎日のように口を酸っぱくして注意していたはずよ……
 胸の鼓動がどんどん速くなって汗ばんでいく代わりに、頭はどんどん冷静になっていく。

 じゃあ……って……

 わたし、神代かみしろ恵玲奈えれなは鮮明になる記憶の中で呟いた。



 ──そうだ。わたしは名前だけは華やかな、漫画もアニメもゲームも少女漫画も少年漫画もBLもティーンズラブもラノベも、とにかく萌えればなんでもありなオタクな女子高生だった。

 あの時……

 鮮明になっていく記憶を辿る。

 確か……ハマっていた、あやかしBLマンガの舞台になったといわれている神社で聖地巡礼をしていたはず。
 小高い丘の上に建立された神社は小説で読んでいた雰囲気通りで、テンションが上がって写真を撮りまくっていた。
 主人公があやかしに想いを告げた麓の街並みを見渡せる展望台にときめき、身体を重ねた境内で身を熱くする。
 そして今回の聖地巡礼のメインである、種族違いの恋の重さに耐えきれず、あやかしが住み着く神社から主人公が逃れるように駆け下りた石階段にたどり着く。
 あやかしが主人公を追いかけようとしても神社から離れられずに咆哮するシーンを思い出して、身震いをする。

 あぁ……尊い。

 主人公を真似て石階段を駆け下りようとした時……
 思いっきり足を踏み外し、石階段の一番下まで転がり落ちていったんだった。

 もしかして、わたしはあの時に死んだって事?

 ……いやいや。こういう時はまず夢じゃないかを先に確かめなくちゃ。

 そう思い直し、動かせる右手で頬をつねろうとしたけれど……
 そうだ。そもそも全身痛いんだった。

 夢なんかじゃない。やっぱり死んで、転生したって考えるべきなのかしら……

 転生ものの王道としたら、主人公がハマっていたゲームや漫画、小説なんかに転生する話よね。
 わたしはまだ少しぼーっとしてる頭に鞭を打ち働かせる。

 転生したとしたら、なんの作品?
 手がかりになりそうなのは名前だけど。
 えっと、今のわたしの名前は、エレナ・トワイン。侯爵家のご令嬢だ。
 自慢にならないけど、かなりの数の乙女ゲームはプレイしているつもり……
 でも、エレナ・トワインなんて名前の登場人物がいた作品は思い出せない。
 いくら何本も同時進行でプレイしていたとしてもさすがに『エレナ』なんて自分と同じ名前の登場人物がいれば覚えている。
 アニメ……も記憶にないな……
 マンガや小説は手が回ってない作品がいっぱいあるけど……
 そもそもこういう転生系って今自分が一番ハマってる作品に転生するもんじゃない?
 転生しちゃうくらいハマった作品で『エレナ』なんて登場人物が出てくる作品あったっけ。
 それともヒロインに自分の名前つけられる系のゲームとか?

 うーん……全くピンとこない。

 見たことのない作品世界の中に転生したって事? それとも恵玲奈の記憶がまだしっかり戻ってないから思い出せないって事……?

 わからない……

 思い出そうと考えていると、胸がギュッと苦しくなってきた。
 気を失って目が覚めたばかりでこんなに色々考えるもんじゃなかったわ。

 深いため息をついたタイミングで、ドアが開く音が聞こえた。
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