上 下
43 / 43
王都誘致編

絶対零度の第一王子フリードリヒと時の賢人カイロスとの邂逅②

しおりを挟む


「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」

 兄王子が去った後はその場に重苦しい沈黙が流れる。
 残されたのは小夜とミハエル、そしてこんな状況でも笑みを絶やさない謎の男。


「やあやあ、久しぶりだねえ」

 沈黙を破ったのはそんな声だった。

「フ~くんがごめんねえ? アイツ、潔癖症の人見知りだからさあ」

 砂糖菓子のように甘ったるく独特の間延びした声には聴き覚えがあった。しかしそれよりも——

「フ~くん?」
「フリードリヒ殿下の事だよ」

 間髪入れずに男は答える。

(あんなに怖そうな人をそんな子どもみたいに呼ぶだなんて⋯⋯この人一体何者なの?)

 男は腰までの長い濡羽色の髪を真ん中分けにし、惹きつけられるような深い紫の瞳に色気すら感じさせる左目下の黒子、美とは此の事かと納得してしまう程の中性的な顔立ちをしていた。
 このような印象的な美青年を忘れる筈が無い。しかし、もう喉まで出掛かっているもののあと少しのところで思い出せない。

 うんうんと唸る小夜を見た男はクスリと笑みを洩らし、着ていたローブのフードを被って見せた。

「これで僕の事、思い出してくれた?」
「あっ⋯⋯!」

 何故直ぐに気付かなかったのだろう。此の男こそが小夜が探していた人物だという事を——。


「もう逃がさないわよ!!」

 理解した瞬間、身体が反射的に動いていた。次こそは逃してなるものかと、小夜はラガーマンよろしくタックルを繰り出す。勢いを伴ったそれは小夜諸共床に転がり幾度か回転を繰り返すまで衰える事は無かった。

「ふふっ⋯⋯キミは情熱的だなあ。そんなに僕に会いたかったの?」

 小夜の突然の暴挙にも怒り出す素振りは無くキョトンと目を丸くした後、男はクスクスと笑い出した。

「どの口が言ってるのよっ! 私を置き去りにした事とスマホを壊した事、絶対許さないんだからッ」

 王宮の廊下に転がる男の上に馬乗りになり、胸倉を掴む小夜を見たミハエルは怯えた目で恐々と口を開いた。

「サ、サヨ⋯⋯いきなり如何したんだ?」
「此奴こそが私の仇なのよ!!」
「か、仇?」
「そうよ! アンタ、勝手に私を連れて来ておいてちゃんと元の世界に帰れるんでしょうねえェ?」

 ビクビクと震えるミハエルを横目に小夜は真下に転がる男を鋭い目付きで見下ろす。

「そもそも、何で私をこんな所に連れて来たのよ」
「何でって⋯⋯此の国を蝕む呪いを解いて欲しいからさ」
「呪いですって? 魔力を持たない私を喚んだって事はそんな物存在しないってアンタも気付いてるんでしょう!?」
「流石は僕の見込んだ女の子だ。キミは持ち前の知識と強い精神力でデュースター村に蔓延る病を食い止めて見せたね」
「お陰で酷い目に遭ったわよ。私の居た所ではペストだなんて滅多に見ない病気なんだから」
「そう。キミの言う通り、現在エーデルシュタイン王国を蝕んでいる呪いの正体は黒死病、またの名をペストだ」

(やっぱり⋯⋯知ってたのね!)

 小夜は怒りからローブを掴む手の力を強める。

「何故自分が選ばれたのかと聞いたね? 聖女は外傷の治癒は可能だが身体の中までは治療出来ない。聖女の力ではこの病を真に根絶することは不可能なんだよ。そこで、君の出番というわけだ」
「そんなの、私である必要なんて無いじゃないの! ペストを止めたいのなら発見者である北里柴三郎やアレクサンドル・エルサンを召喚すれば良かったじゃない!」
「誰だい、その人達は。可愛い女の子かな?」
「男よ!!」
「そんなの嫌だよ~! 運命を共にするのは可愛い女の子って決めているんだから!」

(此奴⋯⋯!)

 小夜が蔑んだ視線で見下ろすと男はそれまでのヘラヘラした表情から一転して真面目な顔付きになる。

「それにそんな偉人を喚んだら君の居た世界の歴史が変わってしまう。キミだってそんなの本意じゃないだろう?」
「それ、は⋯⋯」
「キミが役目を終えて、本当にこの世界から帰りたいって言うのなら⋯⋯その時は元の世界に返してあげるよ」
「あ、アンタ、一体何者なのよ⋯⋯私の事を此の世界に連れて来た上にスマホを勝手に改造したりして——」

 得体の知れない男に怒りよりも恐怖心が勝った小夜は思わず胸倉を掴んでいた手を離す。

「僕の名前はカイロス。時の賢者だ。サヨちゃんにプレゼントした魔法は三賢者の1人であるカオくんとの共同開発だよ。上手く使ってくれてるみたいで嬉しいな」
「カイロスって神様の名前? じゃあアンタは神様って事なの⋯⋯?」
「残念ながらこれ以上は教えられない。何故なら僕のルートは未だ解放されていないからね♪」
「はあぁア!?」

(此奴⋯⋯頭大丈夫かしら?)

 小夜が余りの衝撃に呆然としていると、起き上がったカイロスはパチンとウインクを一つ決めて颯爽と去って行った。



(泣き虫ヘタレ王子に冷徹すぎる潔癖王子、女好きの自称神まで——)

「もう、此の国の男は揃いも揃って何なのよ⋯⋯」

 顔は良いものの性格には難ありの男達。食傷気味の小夜からはそんなボヤきが口をついて出た。




しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...