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王都誘致編

絶対零度の第一王子フリードリヒと時の賢人カイロスとの邂逅①

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 ルイスの病は予想通りペストであった為、小夜は慣れた手付きで治療を施す。ミハエルとルイスは初めて見る医療器具や薬を興味深そうに眺めていたのが小夜には何だか可笑しく感じた。
 小夜の献身の甲斐も有りルイスの病状は大分落ち着いてきていた。峠は乗り越え、今後は快方に向かうだろう。

 忙しい日々を過ごす内に小夜が首都ディアマントにある離宮に来てから2週間程が立った。
 小夜は用意された煌びやかなドレスに袖を通す事無く、相変わらず白衣のままだ。分厚く重いスカートではいざという時動けない為、この世界にはミスマッチとは思いつつも頑なに元いた世界の格好を貫き通していた。(それ以外にも気恥ずかしいのと万が一汚れた時に弁償出来ないという理由も有る)

 そんなある日、遂に王様やミハエルの兄が生活する宮殿へ行く機会が出来た。
 何でも、月に一度だけ家族揃っての食事会を開くらしい。良い機会だから宮殿を案内するというミハエルに付いて離宮とは比べ物にならない程豪奢な建物内に足を踏み入れる。

「昔読んだ絵本の中の世界みたい! ⋯⋯一体幾らくらい掛かってるのかしら」
「サヨは元気だな。オレは晩餐会の事を考えると今から憂鬱だというのに⋯⋯」

 舞い上がる小夜に対して、青い顔をして口元を抑えるミハエル。その瞳には薄らと涙が滲んでいる。

(そういえば、ミハエルは家族仲が上手くいってないんだっけ⋯⋯)

「それって絶対参加しないといけないものなの?」
「此れも務めなんだ、放棄する訳にはいかない」
「⋯⋯そう。あっ、あれは何かしら!?」

 少しでもミハエルの気を紛らわせようと、咄嗟に目についた絵画についての話題を振る。
 金色の額縁に入ったその絵には4人の男性が描かれていた。神々しいオーラを放つ3人の男達はキトンの上にヒマティオンを纏い、その内の1人が月桂冠を掲げている。その前には跪く半裸姿の男がおり、察するにその男が月桂冠を戴くシーンを表現しているようだ。

「宗教画、かしら?」

 何故かその絵画に強く興味を惹かれた小夜は引き寄せられるように歩を進める。
 そして、余りに夢中になっていた小夜は前方から歩いて来る人物に気付かなかった。

「きゃっ!?」
「⋯⋯!」

 ドンっと強い衝撃を感じ、足を捻った小夜はそのまま前に倒れ込む。
 打つかったのは肩程の長さの金髪を青いリボンで緩く結んだ男性。男性越しに前を見れば彼に付き従うようにして控える優しい顔付きをした黒髪の男性が居た。

「サヨ、大丈夫か!」
「う、うん」

 心配そうな顔で駆け寄るミハエルに返事をしてから、目の前の男性に向き直る。

(此れはまた御伽話に登場するようなイケメンだわ⋯⋯。癖のない艶やかな金髪に吸い込まれそうな青い瞳、ツンと高い鼻と涼しげな印象の目元。神経質そうで少し怖いけれど⋯⋯この人、誰かに似ているような——)

 小夜は男に寄りかかった事を忘れ考えに耽《ふけ》る。
 すると、突進した小夜を受け止めるようにして身体を支える男は凍える様な青い瞳を向け、口を開いた。恐らく、無言のまま惚ける小夜に痺れを切らしての事だろう。

「⋯⋯そろそろ良いだろうか」

 頭上から冷たい声が降ってくる。背筋に走る悪寒にぶるりと身体を震わせた小夜は我に返り、直ぐにその男性から離れた。

「すっ、すみません!!」

 飛び退いた小夜が改めて金髪の男性を見ると、彼は青をその身に纏っていた。
 この国では高貴な者のみに許されるとされる青を、だ。


(ジャケットやスラックス、胸元の宝石にピアスまで⋯⋯きっと、それなりに位の高い人なんだわ)

 彼の衣服や装飾品に至るまで青色がふんだんに使われており、小夜は思わずまじまじと見つめてしまう。それに装飾品には全て貴重なブルーダイヤモンドがあしらわれていた。赤を纏うミハエルとは対極的なまでの青に目を奪われる——。
 しかし、それに気付いた男性はあからさまに顔を顰《しか》めた。

「何か?」
「いえ、何でも⋯⋯っ」

(不味いわ、私ってばつい知らない人の顔をジロジロと⋯⋯!)

 小夜が狼狽えていると、それを庇う様にミハエルが前に出る。

「⋯⋯兄上、申し訳ございません」
「!!」

(あ、兄上!? ⋯⋯ってお兄さんって事よね? 通りで顔の造りが似ている筈だわ)

 衝撃の事実に一頻り驚いた後、既視感の正体に合点がいった小夜はすっきりとした心持ちで2人を見やる。
 ミハエルの本性を知っていると正反対とも思える2人だったが目鼻立ちや骨格が似ており、やはり王族というだけあってどこか近付き難い雰囲気を放っていた。

「お前か。⋯⋯形ばかりとはいえ家族のよしみで一つだけ忠告してやろう。客人は選ぶ事だ、お前の品位までも落とす事になるぞ」

 感情の窺えない表情でミハエルの顔を一瞥し、そう言い放った兄王子。彼は何処からか現れたメイドから新しい手袋を受け取り付け替えると此方を振り返る事なくその場を後にする。

(え? それだけなの? 久しぶりに会った弟なのに?)

 2人の会話や流れる空気が余りに他人行儀で、黒宮家とはまるで違う事に小夜は戸惑いを隠せなかった。







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