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王都誘致編

ミハエルの過去

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 謝罪の言葉を述べたルイス。ミハエルには勿体無い程のよく出来た部下である。

「無関係の聖女様を巻き込んでしまい申し訳ございません。ですが、私を蝕む呪いの正体が只の病であると見抜いた聡明な貴女に、ミハエル様について是非とも知って頂きたい事が有るのです」
「知って欲しい事?」
「既に聖女様のお耳にも入っているかも知れませんが、ミハエル様こそが我がエーデルシュタイン王国に呪いを運んで来たと、謂《いわ》れの無い噂が流れております」
「ええ、元いた村で何度か聴いたわ」
「そうですか。では話は早いです。⋯⋯聖女様と同じように、ミハエル様にも私以外の味方は居りません。その為、もし私に万が一の事があった時には貴女にあの方のお側に居て頂きたいのです」

 予想外の切実な懇願を受けた小夜は目を丸くする。

「貴方の主人を脅迫した女にそんな事頼んで良いの?」
「はい。貴女の置かれた状況を考えればそれも致し方ない事かと。それに、あの方にも落ち度はございましたので」
「そ、そう⋯⋯」

 意外にも毒気のある物言いのルイスに小夜は呆気に取られる。
 それから、表情に暗い影を落としたルイスはゆっくりと口を開く。何処か遠い眼差しをした彼は昔に想いを馳せているようで、それはもう戻れない過去を慈しむ様な、それでいて辛酸を嘗めるような憂いを帯びた面持ちだった。


 それから懇々と語られたミハエルの過去。それは、小夜の想像を優に超えるものだった——。

 ルイスの話によれば、ミハエルは元々は平民として育ったらしい。
 幼い頃に母親を亡くした彼は、母親が死んでから間も無く自分が王族だと知らされ半ば強引に王宮に連れて来られた。(その理由というのが身体の弱い第一王子が危篤状態に陥った為という何とも身勝手な物であった)
 しかし、特異な見た目と父親である王の不貞のせいで新しい家族とも上手く打ち解けられず、国中から呪いを運んできたと後ろ指を指される事になった。

 そして、一番気の毒だったのは大人の都合で王族として生きて行く事になったというのに、第一王子の病状が回復した途端に用済みとされてしまった事だ。それからは此の離宮で数人の使用人に囲まれひっそりと生きてきたらしい。

(何て酷い⋯⋯)

 ミハエルの置かれている状況は辛く過酷なもので、全てを聴き終えた時には言葉が出なかった。
 ルイス曰く、一瞬でも弱みを見せればあっという間につけ込まれる。幼い頃はそれが分からずに心無い大人達に利用され、酷い目に遭ってきたらしい。
 そのような苦い経験から、自分を守る為あの様な傲慢不遜な性格になったのだという。

「昔は意図せず他人の心を読み取ってしまいよく泣いていたものです。そのせいですっかり弱気になってしまって⋯⋯しかし今は立場上そうはいかず虚勢を張ってご自身を守っているのです」

 まるで自分の事のように語られる話を聴き終えた小夜には、ある疑問が浮かんだ。

「何故ルイスさんはそこまでミハエルを気にかけるの?」
「元は私も平民で、ミハエル様と共に育ったのです。兄と慕ったあの方を此のような場所で独りにするのは心苦しく、自ら志願して此処に来ました」

(2人の間に流れる独特の雰囲気はこのせいだったのね⋯⋯)

 小夜は漸く合点がいった。旧知の仲で無ければ、あの様に立場を越え気心の知れた関係にはなれないだろうと。





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