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王都誘致編

運命の分岐点②

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「きっ⋯⋯貴様! 追い剥ぎだけで無く盗み聴きまでするとは無礼にも程があるぞ!!」

 正気を取り戻したミハエルは顔を真っ赤にして声を上げた。

「⋯⋯私は入る時にはきちんと声を掛けたわ。気付かない貴方が悪いんじゃない」
「聴こえなければ意味が無いっ!」

 ミハエルは悲痛な叫びとも思える声で小夜を責め立てる。その弱々しい姿に小夜の中の加虐心《かぎゃくしん》がムクムクと芽生えた。

(さっきの意趣返しも出来るし、またとない機会だわ)

「そりゃあそうでしょうね。貴方はいい歳して情けなくルイスさんに泣きついていたもの」
「なっ⋯⋯!? ぶ、無礼であるぞ!!」
「無礼? 私が無礼なら、有無を言わせずいきなりこんな所に連れて来た貴方は何なのでしょうね?」
「っ⋯⋯!」

 言葉に詰まったミハエル。その様子に気を良くした小夜はにっこりと微笑みながらゆったりとした動作で立ち尽くすミハエルの元へ歩いて行く。

(この機会に私への疑いも有耶無耶に出来れば好都合なのだけど⋯⋯)

 一般人を相手取るならば嘘を吐き続ける事も可能だろう。しかし、ミハエルにはこれまた厄介な能力がある為、いつ暴かれるかも分からない。
 そんな時、勘案《かんあん》する小夜の目の前には今後の人生を左右するであろう相反する2つの選択肢が現れる。——否、現れた気がした。


▶︎打ち明ける
▶︎打ち明けない

(⋯⋯一体何なのかしら、此れは。でも、今の私に残されたのは何方か一方の選択だけだわ。今後の人生を左右する大きな問題だもの、慎重に選ばなければ)

 腕を組み、長い事逡巡しゅんじゅんしていると、不意にパッと目の前に第三の選択肢が出現した。

▶︎脅迫しつつ打ち明ける

(此れだわ!!)

 天啓が降って来た。此処に来て漸く自分にもツキが回ってきたと小夜はほくそ笑む。


「貴方⋯⋯本当はあんな性格なのね。この事を此の国の人達が知れば一体どう思うのかしら?」
「貴様⋯⋯! 痴女の分際でこのオレを脅すつもりか!?」

 すっかり痴女認定された小夜の挑発にミハエルは顔を顰《しか》めて声を上げるが、潤んだ瞳のせいで迫力が半減だ。

「⋯⋯ふん。言いふらしたいなら言いふらせば良い。誰も信じないだろうがな」
「本当に良いの? 一つの村を救った話題の聖女と嫌われ者の呪われた王子、民衆は一体何方どちらの言葉を信じるのかしら? ワガママ王子の本性が実はヘタレだなんてゴシップ紙の一面を飾るくらいの話題性は有りそうね。今から楽しみだわ」
「くっ⋯⋯! 悪徳聖女め、一体何が目的だ!?」

 ミハエルの反応は小夜の想定通りだった。

(カメラが有れば証拠も撮れたんだけどなぁ)

 緩みそうになる頬を如何にか引き締めて言い放つ。

「——ミハエル⋯⋯貴方、私の味方になりなさい」
「は? 如何言う意味だ⋯⋯?」

 唐突すぎる話についていけないミハエルはポカンとしている。小夜は緊張で震える拳を握り締め、覚悟を決めて口を開いた。

「そのままの意味よ。人の心を読める貴方なら何《いず》れ分かってた事でしょうけど⋯⋯私、聖女じゃないの」
「「!?」」

 この言葉にはミハエルだけで無く、それまで沈黙を貫いていたルイスからも息を呑む音が聴こえた。

「せ、聖女じゃない? 貴様、巫山戯《ふざけ》ているのか」
「冗談なんかでこんな事言わないわ。私は偶然異世界に召喚されただけの魔力の持たない只の人間よ」
「で、では、お前がデュースター村を救ったという話は嘘だったのか⋯⋯?」
「あら、それは本当よ。私は魔法が使えない代わりに此の世界の人達には想像も出来ないくらい先の知識を持っているの。それと怪しいお婆さんから貰ったこの板を使って村の人達を治療したのよ」

 小夜はジーンズのポケットからスマートフォンを取り出してミハエルとルイスに見せる。

「何故、その様な嘘を吐いたのだ」
「聖女として召喚された私が何の力も持たない普通の人間だと知られたら如何なると思う? ⋯⋯魔力も人脈も何も持たない私がこの世界で生き残るには聖女を騙るしか無かったのよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「私には何も無い。だから、絶対的な味方が欲しいの」
「⋯⋯オレがした事は無駄だったのか」

 ミハエルは俯き、暗い声でボソリと呟いた。今は騙された事に対する怒りよりもショックの方が大きいようだ。

「村を救ったのは本当だって言ったじゃない。安心して、今なら未だルイスさんを扶けられるわ」
「本当か!?」

 ミハエルはすかさず食い付いた。

「ええ、本当よ。勿論、貴方の返事に関わらずルイスさんの治療はするわ。私は医者の卵ですもの。⋯⋯でも、お礼は必要よね? それに私は貴方の本性を知ってしまった。如何すれば良いか分かるわよね?」
「そっ⋯⋯それは」
「⋯⋯聖女様、そのお話はミハエル様が落ち着いてからでも宜しいでしょうか?」

 言葉に詰まったミハエルを庇うように、上体を起こしたルイスが口を開いた。

「ええ、勿論よ」
「ありがとうございます。さて、ミハエル様。貴方は顔でも洗って来たら如何です。そんなお顔では真面目な話も出来ないでしょう」

 ルイスの言う通り、ミハエルの顔は酷いものだった。泣きじゃくったせいで目は充血し瞼が腫れ、頬には幾筋もの涙痕。せっかくの整った顔が台無しである。
 そして、何故か再び泣いていた。

「わ、わがっだ⋯⋯! ルイス⋯⋯オレが居ない間に死ぬのは許さないからな!? 絶対だぞ!?」

 ルイスの言葉には素直に従うミハエルは部屋を出るまでに何度も何度も此方を振り返る。

「ミハエル殿下の仰せのままに」

 ルイスはそう言ってクスリと笑う。
 小夜はそんな2人のやりとりを見ているだけで、お互いをどれだけ大切に思っているかが痛い程に伝わって来た。
 ミハエルが名残惜しそうに部屋を後にすると、それをジッと無言のまま見送ったルイスは小夜へと向き直った。

「ミハエル様は随分と強引に貴女を連れて来たようですね。主人に変わって私がお詫び申し上げます」





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