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王都誘致編
騎士を蝕む病魔②
しおりを挟む「ルイスさん。見たところ流行り病とお見受けしますが、此れだけでは断定できません。お身体に触れても?」
「はい、お願いします」
小夜はルイスの了承を得てから彼の身体に手を伸ばし、着ていたワイシャツのボタンを外していく。しかし、それに待ったを掛ける人物が居た。
「なっ!? お前、何をしようとしているのだ! 今すぐにその手を離せっ」
顔を真っ赤にしたミハエルだ。強引に小夜の手を引っ掴み無理矢理に引き剥がす。
「ちょっと、アンタ何すんのよ!?」
触診を邪魔された小夜は相手が一国の王子だという事も忘れて食ってかかる。
「貴様! ルイスに何をするつもりだ。誰が追い剥ぎせよと命じた? お前は聖女を騙った痴女なのか?」
「ッ⋯⋯そんな訳無いでしょう!? 診察しようとしただけじゃないの!」
「診察だと? 聖女ならば聖女らしくさっさと治癒魔法を使えば良いだろう!」
(それが出来たら苦労しないわよ! こンのワガママ王子めッ!)
小夜は心の中で毒付く。
しかし、此処で感情のままに捲し立ててはボロを出してしまうかもしれない。小夜は努めて冷静に言葉を返す。
「勿論後で治療はするわ。でも⋯⋯先ずは色々と調べてからじゃないと適切な治療が出来ないじゃない? アンタが失敗しても良いって言うなら直ぐにでも治療に取り掛かるけど?」
此れはハッタリだ。今直ぐに治療に取り掛かれなど言われてしまっては為す術もない。
小夜は嘘が見抜かれないように決してミハエルの瞳は直視しない。しかし、真っ直ぐにミハエルの顔を見据え、自らの発言に真実味を出す為ゆっくりと言葉を紡いでいく。
瞳の動きや瞬きの回数、声のトーン。それらを意図的にコントロールし、自らの発言により説得力を持たせる為に自身の全てを使う。
大学の授業では心理学も修めていたが、まさかこんなところで役立つとは思っても見なかった。
「まあ良い。しかし、早急に治療に取り掛かれよ」
如何にか納得したようだ。小夜は魔法が使えないなりに医術とハッタリで此れまでの難局を乗り切って見せたし、今回もまた元の世界で培った知識に扶けられた。
如何やらこれ迄の努力は無駄では無かったようだし、この魔法を主とする世界でも充分に渡り合えるのだと自信が湧く。
(人生が懸かってるから緊張したけど、無事に欺けたようね。私って詐欺師の才能もあるのかも)
小夜はミハエルに気付かれないように小さく息を吐きだす。
そして、改めてルイスの身体に目を向けた。
(手指や鼻の黒い痣、それにリンパ節の腫れ⋯⋯村のみんなと同じだわ)
小夜はミハエルの鋭い視線を物ともせず捲り上げた衣服から覗くルイスの鍛え抜かれた身体に触れる。
(う~ん⋯⋯触診中にこんな事考えたく無いけどルイスさんの鎖骨と筋肉——特に上腕二頭筋はうっとりする程素晴らしいわ! なだらかな曲線で見るものを誘惑する短頭、触れると確かな感触の長頭。アスリートも顔負けの見事な隆起と黄金比とも呼べる完璧な肉体⋯⋯並大抵の努力では手に入れられ無いわ!)
「——さま。聖女様?」
小夜は不思議そうに此方を見るルイスの声でハッと我に返る。いつの前にかルイスの腹部に触れたまま固まっていたようだ。
「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて⋯⋯」
(不味い、余りにも理想的な骨格と筋肉だったからついつい見惚れてしまったわ)
小夜は医の道を志して心から良かったと思っている。きっと何度生まれ変わっても同じ道を歩んで行くのだろう。
しかし、そんな中でも一つだけ大きな弊害があった。
——それは、人の骨格や臓器へのフェティシズムに目覚めてしまったことだ。
人の顔よりも人体解剖図と睨めっこしているうちに、気付けば人の外面よりも内面(この場合は心ではなく臓器等を指す)にばかりトキメキを覚える様になっていた。
「⋯⋯ルイスさん、ご体調は如何ですか?」
小夜はそれまでの事を誤魔化すかのように真面目な顔を作って尋ねる。
「少し寒気がします。それと、頭と身体が痛みます」
「分かりました。では簡単な検査をした後、本格的な治療に移ります。15分後、詳しい結果をお教えしますね」
「直ぐには分からないのか?」
すかさず突っかかってくるミハエル。彼は自分に一々文句を言わなければ死ぬ病なのではないかと小夜はげんなりした。
しかし、そんなミハエルとは対照的にルイスは好意的な反応で受諾する。
「分かりました。全て聖女様にお任せいたします」
「ありがとうございます。では、私は少し席を外しますね」
(15分間もワガママ王子の相手をする気力は無いわ。結果が分かるまで外に出ていましょう)
無事サンプルを入手した小夜は小煩いミハエルの存在は無視し、ルイスに軽く頭を下げてから部屋を後にした。
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