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プロローグ

マリアンヌの死

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(主治医にはああ言ったけれど、私は⋯⋯オリヴァーを殺した奴への復讐を果たしてみせるわ!)

 固く決意したものの、毒薬の知識など持ち合わせていなかったマリアンヌは手がかりを得るために屋敷の最上階にある書庫へと来ていた。

 この部屋でマリアンヌはオリヴァーと二人、無数の星が煌めく夜空を見上げながら星座たちの美しい物語を聞かせてあげたものだ。

 あの時からそれほど時間は経っていないはずなのに、オリヴァーが亡くなった今ではそれがとても懐かしいことのように感じられた。
 ささやかでも幸せだった過去を思い出したマリアンヌは思わず涙ぐむ。

(今は感傷に浸っている場合では無いわ。⋯⋯次にあの子の事を想って泣くのは全てが終わってからよ)

 マリアンヌはふるふると頭を振って今は復讐を妨げる余計な感情は必要ないと、脳裏によみがえるオリヴァーとの日々にそっと蓋をする。

「⋯⋯少し頭を冷やそう」

 マリアンヌはどんよりとした空気が漂う部屋の中に新鮮な空気を取り込むため、両開きの窓を開け放つ。冬の冷気でぶるりと身震いするが、頭を冷やすにはちょうど良いだろう。
 どうにかして気持ちを切り替えたマリアンヌは、広い書庫の中で薬学の書物が置いてある棚を探しだし片っ端から読み進めていく。
 すると、とある古びた本に気になる記述を見つけた。

(スズランにはコンバラトキシンやコンバロシドという毒があり、嘔吐や頭痛、心臓麻痺などの強い中毒症状により命を落とす————。これは⋯⋯⋯⋯!)

 スズランによる中毒症状は、マリアンヌが主治医から聞いたオリヴァーの症状と一致していた。
 それに、春頃になるとウィンザー公爵家の庭の一角には数え切れないくらいのスズランが咲くため間違いないはずだ。

(でも⋯⋯今の季節は冬だから他の毒草はもちろん、スズランだって手に入れられないはず⋯⋯一体、どうやって?)

 本を手に窓のへりに寄りかかったマリアンヌが考え込んでいると、開け放った窓から一際強い風が吹きつける。
 その風はマリアンヌの読んでいた本のページを攫っていき、パラパラとめくり上げた。

 そして、まるではかったかのようにとあるページでピタリと止まる。



 そこには、マリアンヌが知りたかった答えが隠されていた。


「っ! これって⋯⋯!!」


 息を呑むマリアンヌが手にする分厚い薬草の本、そこに挟まっていたのは乾燥して小さくなったスズラン————。


(そうだわ! 乾燥しても毒は消えないもの⋯⋯! 春に摘んで押し花にして保存しておけばよかったのよ!)

 謎が解けた喜びも束の間、マリアンヌは衝撃の事実に気付いてしまう。


(⋯⋯ということは、オリヴァーの暗殺計画は少なくとも半年以上前から練っていた、ということになるわ⋯⋯)

 オリヴァーを殺した犯人は、計画的に犯行に及んだ。おそらく、乾燥させたスズランを水に溶かすか、粉末状にしてオリヴァーの食事に混ぜ込んだのだろう。


 スズランに含まれる毒————コンバラトキシンとコンバロシドは、接種後、およそ1時間ほどで効果が現れる。
 そのことから導き出される答えは、犯人が毒を混入させたのは夕食であり、マリアンヌとオリヴァーは一族が集う晩餐会で、2番目に席に着いた。
 そうすると、必然的に初めに席に着いていた者が犯人となる。マリアンヌは当時の記憶を鮮明に思い出そうと瞳を閉じた。

 1番に晩餐会の席に着いていたのは————。



「⋯⋯エミリー」

 マリアンヌは犯人と思しき義妹の名前を呟く。

(オリヴァーの食事に毒を混入させる機会があったのは彼女しかいないわ。使用人という線も考えられなくは無いけれど、それは限りなく低い)

 求めていた答えに辿り着き、安堵から深く息を吐き出したマリアンヌが寄りかかっていた窓のへりから腰を上げようとした時、マリアンヌの身体にドンっと強い衝撃が走る。

 突然のことに目を見張るマリアンヌの身体を力の限り押したのは、オリヴァーを毒殺したであろう義妹————エミリーであった。


「っ!!」

(なんで、ここにエミリーが⋯⋯!?)

 マリアンヌはあまりの衝撃に声が出せなかった。
 よろめき窓から飛び出す身体をなんとか立て直そうと、風で揺らめくカーテンを必死で掴もうとする。
 しかし、その手は虚しくも空を切り、マリアンヌの身体は側に積んであった書物とともに真っ逆さまに落ちていった。

 落ちる直前、マリアンヌが目にした光景はエミリーとその側にいる義姉————イザベラが落ちゆくマリアンヌを見てニタリと笑みを浮かべている姿だった。

(あの2人はどこまで⋯⋯!! ごめんね、オリヴァー⋯⋯。貴方を殺した犯人に復讐したかったのにっ⋯⋯⋯⋯!)


 オリヴァーを想い、落ち行くマリアンヌははらはらと涙を流す。
 それは、志半ばで死ななければならない悔しさと、このまま自分も死ねばオリヴァーに会えるかもしれないという期待によって流れ出たものだった。

 ドサリという音とともに強い衝撃で庭に叩きつけられたマリアンヌの身体からは真っ赤な血液が流れ出し、薄らと大地を包み込む真っ白な雪とのコントラストがより一層その美しさを引き立てていた。


 息も絶え絶えのマリアンヌの側には古びた一冊の本が落ちている。

(い、たい⋯⋯⋯⋯さむ⋯⋯い⋯⋯)

 落下した痛みに耐え切れず、何でもいいから何かに縋りつきたくて、マリアンヌはその本を掴んだ。
 そして、そこでマリアンヌは力尽きてしまう。




 死ぬ間際、マリアンヌが手にした真っ黒な本にはこう書かれていた。


 ————Grimoireグリモワール、と。






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