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空に咲く花 Ⅲ
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訓練を終えたある日。
その日の訓練は大規模な集団戦を想定してのものだったので、一番広い演習場を使っていた。
訓練で使った後は当番の班が演習場の整備をするのだが、その日は石神様が亜紀様と柳様をお連れになっていて、「ほんとの虎の穴」で大宴会が開かれることになっていた。
川尻軍曹の班が整備当番であったが、みなさん早く会場へ行きたがっていた。
他のデュールゲリエたちは去っていたが、私はなんとなく、整地の作業を眺めていた。
「こんな日に当番とはなぁ!」
広大な演習場では大技も連発され、結構荒れた状況だった。
「花岡」や重機まで使って整備していくが、なかなか骨の折れる作業だった。
その日も当番ではない森本少尉が作業を手伝っていた。
「ああ、もう間に合わねぇかもな」
「仕方ねぇよ、日頃の行ないだぁ!」
『ワハハハハハハハ!』
みなさんが明るく笑いながら作業を進めていく。
「川尻さん、あとは自分がやりますよ」
「何言ってんですか、森本少尉! あんただって早く行きたいでしょうが」
「いいえ、自分はああいう場所には。いいですからみなさん、もう行って下さい」
「そんなこと! まだまだ整地は残ってますって! 大体、森本少尉は今日の当番じゃねぇでしょう」
「自分は好きでこういう作業をしてるんです。自分にやらせてやって下さい」
「いや、でも、そういうわけには……」
そう言いながらも、川尻軍曹は揺れていた。
周囲の班の仲間からも見られている。
「じゃあ、こうしましょう。今度自分を飲みに誘ってください」
「え?」
「自分は誰からも相手にされない人間ですからね。一度みなさんと一緒に飲み食いが出来れば」
「そんなことでいいんですか!」
「自分には一番です。では、もういらして下さい」
「いや、でも……」
「本当に。自分の好きにやらせて下さい」
『ありがとうございます!』
川尻軍曹たちは森本少尉に礼を言って走り出した。
本来は軍規に反することであったが、みなさんのお気持ちが分かっていたので私は何も報告は挙げなかった。
一人で作業を進める森本少尉に近づいた。
「お一人で大丈夫ですか?」
「ああ、《無量》さんですか。ええ、もう大分片付いてますから」
「いいえ、まだ半分も終わっていませんよ?」
「アハハハハ、大丈夫ですって」
森本少尉は私に敬語を使っておられた。
いないわけではないが、デュールゲリエに敬語で話す方は稀だ。
それは私たちが機械であるためだ。
仲間として受け入れて気さくに話し掛けてくれる方はいる。
でも敬語を使われる方は、特別な方だ。
過去にデュールゲリエの誰かに助けられたことを特別に感謝して下さっている方が多い。
そういう方は、私たちが人間とまったく同じだと思って下さっている。
中には私のようなユニークタイプに下心のある方もいらっしゃるのだが。
森本少尉はどういうおつもりなのだろうか。
「私も手伝います」
「いいえ、デュールゲリエの方々はこういう作業はなさらないでしょう!」
それも軍規で決まっている。
私たちへの行動指示は、厳密に規定されているのだ。
「それはその通りですが。でも、私の場合は自分の好きなように行動できるようになっております」
「いや、そうであっても!」
「それに、ここの演習場を急遽誰かが使う必要が出るかもしれません。早く整地しておいた方がよろしいかと」
「うーん、弱ったな」
「どうぞご遠慮なく。私の好きなようにさせて下さい」
「まあ、分かりました。申し訳ありませんが」
「はい!」
少し困惑され、またほんの少し恥ずかしそうな顔をなさる森本少尉を見て、私はこの方がどういう方なのかと一つ分かった気がした。
森本少尉への噂や実際に起こった出来事、それは森本少尉の本質ではないのだ。
この方は表向きは人から憎まれる人間になろうと構わないと思っていらっしゃる。
でも、その奥底には何かがある。
私はそれが気になった。
二人での整地はやはり時間が掛かった。
午後9時を回っても、まだ終わらなかった。
それは森本少尉が丁寧に整地されることが一因でもあった。
地面をならすだけではなく、戦闘訓練中に飛び散った何かの破片が無いかを熱心に確認されていたのだ。
金属の破片があれば、誰かが怪我をするかもしれない。
最初は何をやられているのか分からなかったのだが、破片を探しているのだと気付いてから、私もセンサーでお手伝いした。
「助かります!」
「いいえ、何でもおっしゃって下さい」
今回の訓練だけではなく、以前の破片も多いだろう。
森本少尉は普段は出来ないそういう整備をこの機会にしようと考えられたのか。
実際、驚くほどの破片が見つかった。
演習場脇に積み上げて行った。
演習場の管理課の方がいらした。
「整備終了の連絡が来なかったので、確認に参りました!」
少尉階級の森本少尉に敬礼をしながら話す。
森本少尉も敬礼を返した。
「申し訳ありません。夢中になってしまいました」
「いいえ、それは構わないのですが。あの、お二人だけなのですか?」
「はい、私が希望して。どうしても一度徹底的にやりたかったので」
「そうなのですか、失礼いたしました! では自分は戻ります!」
「御苦労様です。事前にご連絡を差し上げずに申し訳ありませんでした」
「いいえ、とんでもありません! では!」
管理課の方が走って戻って行った。
「《無量》さん、もう少し宜しいですか?」
「もちろんです!」
「どうやらのんびりとは作業出来ないようです。申し訳ないのですが、もう少しお付き合い下さい」
「はい!」
しばらく作業を進めていると、川尻軍曹たちがやって来た。
少し酔っていらっしゃる方も何人かいた。
「森本少尉! まだ作業をなさっていたのですか!」
「ああ、すいません。夢中でやっていましたら、こんな時間に」
「《無量》までいたのか! どうして!」
「私は整備作業も経験してみたかったのです。丁度森本少尉がお一人でしたので、この機会にと」
「そんな! 森本少尉、申し訳ありませんでした! 《無量》も悪かった!」
川尻軍曹が泣きそうなお顔で森本少尉に敬礼していた。
「とんでもない、私がやらせて欲しいと言ったことじゃないですか。それに私が勝手にこんな時間までやってしまって。先ほど管理課の方がいらしてしまい、申し訳ないことをしました」
「はい、その管理課の方から連絡をいただきました! 森本少尉がデュールゲリエと一緒に作業をまだしていると。当番班はどうしたのかと問い合わせが」
「それは申し訳ない! みなさんにご迷惑を!」
「そうじゃないんです! 自分らが森本少尉に押し付けてしまい!」
「本当にすいませんでした」
「あとは自分たちがやります! 森本少尉はどうかもうお帰り下さい!」
川尻軍曹が頭を下げてそう言った。
しかし、森本少尉が断られた。
「それは出来ません」
「え?」
「みなさんはもうお酒を召し上がっているでしょう」
「はい、それは……」
「軍規で訓練、作業にあたり、酒気を帯びた者がそれをすれば、厳罰に処されます」
『!』
森本少尉は微笑んで、みなさんに戻るようにおっしゃった。
でも川尻軍曹たちは立ち去ることなく、周囲に散って行った。
「散歩しますから! 酔い覚ましですから!」
森本少尉は笑っていらした。
そのうちに、私たちが集めた破片を見つけられた。
「おい、これ!」
『……』
森本少尉が何故これほどに時間が掛かったのかをみなさんが悟られた。
みなさんは「散歩」をなさいながら、同じように破片を集めて行った。
何人かが涙を拭いながら歩いていた。
整備作業は午後11時半に全て終了した。
その後、川尻軍曹のお陰で、森本少尉に話しかける方も増え、アドバイスを聞きに来たり自主訓練に誘うことも増えて行った。
特に川尻軍曹とその部下の方々が森本少尉をよく誘うようになった。
それでも、まだ森本少尉を嫌っている方もいた。
私は何故か、森本少尉を取り巻く状況が気に掛かっていた。
最初にお見掛けした意志力の強い眼が、何故か悲しみに満ちているように感じられて来た。
最初に森本少尉を見た日の眼が、段々と私の中で気に掛かって仕方のないものになって行った。
それがどうしてなのか、自分自身でも分からなかった。
どうして私はこんなにもあの方のことが気になるのだろうか。
その日の訓練は大規模な集団戦を想定してのものだったので、一番広い演習場を使っていた。
訓練で使った後は当番の班が演習場の整備をするのだが、その日は石神様が亜紀様と柳様をお連れになっていて、「ほんとの虎の穴」で大宴会が開かれることになっていた。
川尻軍曹の班が整備当番であったが、みなさん早く会場へ行きたがっていた。
他のデュールゲリエたちは去っていたが、私はなんとなく、整地の作業を眺めていた。
「こんな日に当番とはなぁ!」
広大な演習場では大技も連発され、結構荒れた状況だった。
「花岡」や重機まで使って整備していくが、なかなか骨の折れる作業だった。
その日も当番ではない森本少尉が作業を手伝っていた。
「ああ、もう間に合わねぇかもな」
「仕方ねぇよ、日頃の行ないだぁ!」
『ワハハハハハハハ!』
みなさんが明るく笑いながら作業を進めていく。
「川尻さん、あとは自分がやりますよ」
「何言ってんですか、森本少尉! あんただって早く行きたいでしょうが」
「いいえ、自分はああいう場所には。いいですからみなさん、もう行って下さい」
「そんなこと! まだまだ整地は残ってますって! 大体、森本少尉は今日の当番じゃねぇでしょう」
「自分は好きでこういう作業をしてるんです。自分にやらせてやって下さい」
「いや、でも、そういうわけには……」
そう言いながらも、川尻軍曹は揺れていた。
周囲の班の仲間からも見られている。
「じゃあ、こうしましょう。今度自分を飲みに誘ってください」
「え?」
「自分は誰からも相手にされない人間ですからね。一度みなさんと一緒に飲み食いが出来れば」
「そんなことでいいんですか!」
「自分には一番です。では、もういらして下さい」
「いや、でも……」
「本当に。自分の好きにやらせて下さい」
『ありがとうございます!』
川尻軍曹たちは森本少尉に礼を言って走り出した。
本来は軍規に反することであったが、みなさんのお気持ちが分かっていたので私は何も報告は挙げなかった。
一人で作業を進める森本少尉に近づいた。
「お一人で大丈夫ですか?」
「ああ、《無量》さんですか。ええ、もう大分片付いてますから」
「いいえ、まだ半分も終わっていませんよ?」
「アハハハハ、大丈夫ですって」
森本少尉は私に敬語を使っておられた。
いないわけではないが、デュールゲリエに敬語で話す方は稀だ。
それは私たちが機械であるためだ。
仲間として受け入れて気さくに話し掛けてくれる方はいる。
でも敬語を使われる方は、特別な方だ。
過去にデュールゲリエの誰かに助けられたことを特別に感謝して下さっている方が多い。
そういう方は、私たちが人間とまったく同じだと思って下さっている。
中には私のようなユニークタイプに下心のある方もいらっしゃるのだが。
森本少尉はどういうおつもりなのだろうか。
「私も手伝います」
「いいえ、デュールゲリエの方々はこういう作業はなさらないでしょう!」
それも軍規で決まっている。
私たちへの行動指示は、厳密に規定されているのだ。
「それはその通りですが。でも、私の場合は自分の好きなように行動できるようになっております」
「いや、そうであっても!」
「それに、ここの演習場を急遽誰かが使う必要が出るかもしれません。早く整地しておいた方がよろしいかと」
「うーん、弱ったな」
「どうぞご遠慮なく。私の好きなようにさせて下さい」
「まあ、分かりました。申し訳ありませんが」
「はい!」
少し困惑され、またほんの少し恥ずかしそうな顔をなさる森本少尉を見て、私はこの方がどういう方なのかと一つ分かった気がした。
森本少尉への噂や実際に起こった出来事、それは森本少尉の本質ではないのだ。
この方は表向きは人から憎まれる人間になろうと構わないと思っていらっしゃる。
でも、その奥底には何かがある。
私はそれが気になった。
二人での整地はやはり時間が掛かった。
午後9時を回っても、まだ終わらなかった。
それは森本少尉が丁寧に整地されることが一因でもあった。
地面をならすだけではなく、戦闘訓練中に飛び散った何かの破片が無いかを熱心に確認されていたのだ。
金属の破片があれば、誰かが怪我をするかもしれない。
最初は何をやられているのか分からなかったのだが、破片を探しているのだと気付いてから、私もセンサーでお手伝いした。
「助かります!」
「いいえ、何でもおっしゃって下さい」
今回の訓練だけではなく、以前の破片も多いだろう。
森本少尉は普段は出来ないそういう整備をこの機会にしようと考えられたのか。
実際、驚くほどの破片が見つかった。
演習場脇に積み上げて行った。
演習場の管理課の方がいらした。
「整備終了の連絡が来なかったので、確認に参りました!」
少尉階級の森本少尉に敬礼をしながら話す。
森本少尉も敬礼を返した。
「申し訳ありません。夢中になってしまいました」
「いいえ、それは構わないのですが。あの、お二人だけなのですか?」
「はい、私が希望して。どうしても一度徹底的にやりたかったので」
「そうなのですか、失礼いたしました! では自分は戻ります!」
「御苦労様です。事前にご連絡を差し上げずに申し訳ありませんでした」
「いいえ、とんでもありません! では!」
管理課の方が走って戻って行った。
「《無量》さん、もう少し宜しいですか?」
「もちろんです!」
「どうやらのんびりとは作業出来ないようです。申し訳ないのですが、もう少しお付き合い下さい」
「はい!」
しばらく作業を進めていると、川尻軍曹たちがやって来た。
少し酔っていらっしゃる方も何人かいた。
「森本少尉! まだ作業をなさっていたのですか!」
「ああ、すいません。夢中でやっていましたら、こんな時間に」
「《無量》までいたのか! どうして!」
「私は整備作業も経験してみたかったのです。丁度森本少尉がお一人でしたので、この機会にと」
「そんな! 森本少尉、申し訳ありませんでした! 《無量》も悪かった!」
川尻軍曹が泣きそうなお顔で森本少尉に敬礼していた。
「とんでもない、私がやらせて欲しいと言ったことじゃないですか。それに私が勝手にこんな時間までやってしまって。先ほど管理課の方がいらしてしまい、申し訳ないことをしました」
「はい、その管理課の方から連絡をいただきました! 森本少尉がデュールゲリエと一緒に作業をまだしていると。当番班はどうしたのかと問い合わせが」
「それは申し訳ない! みなさんにご迷惑を!」
「そうじゃないんです! 自分らが森本少尉に押し付けてしまい!」
「本当にすいませんでした」
「あとは自分たちがやります! 森本少尉はどうかもうお帰り下さい!」
川尻軍曹が頭を下げてそう言った。
しかし、森本少尉が断られた。
「それは出来ません」
「え?」
「みなさんはもうお酒を召し上がっているでしょう」
「はい、それは……」
「軍規で訓練、作業にあたり、酒気を帯びた者がそれをすれば、厳罰に処されます」
『!』
森本少尉は微笑んで、みなさんに戻るようにおっしゃった。
でも川尻軍曹たちは立ち去ることなく、周囲に散って行った。
「散歩しますから! 酔い覚ましですから!」
森本少尉は笑っていらした。
そのうちに、私たちが集めた破片を見つけられた。
「おい、これ!」
『……』
森本少尉が何故これほどに時間が掛かったのかをみなさんが悟られた。
みなさんは「散歩」をなさいながら、同じように破片を集めて行った。
何人かが涙を拭いながら歩いていた。
整備作業は午後11時半に全て終了した。
その後、川尻軍曹のお陰で、森本少尉に話しかける方も増え、アドバイスを聞きに来たり自主訓練に誘うことも増えて行った。
特に川尻軍曹とその部下の方々が森本少尉をよく誘うようになった。
それでも、まだ森本少尉を嫌っている方もいた。
私は何故か、森本少尉を取り巻く状況が気に掛かっていた。
最初にお見掛けした意志力の強い眼が、何故か悲しみに満ちているように感じられて来た。
最初に森本少尉を見た日の眼が、段々と私の中で気に掛かって仕方のないものになって行った。
それがどうしてなのか、自分自身でも分からなかった。
どうして私はこんなにもあの方のことが気になるのだろうか。
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