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みんなで真夏の別荘! Ⅶ

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 響子や怜花たちには重い話なので、先に寝かせた。
 本当は俺の胸に秘めておくべきなのだろうが、その一方で俺たちの戦いの裏の部分も知っておいて欲しかった気持ちもあった。

 あれは中央アフリカの《ハイヴ》攻略の少し後のことだった。
 ルイーサから連絡が来た。

 「タカトラ、頼まれていた調査が終わった」
 「そうか、随分と早かったな。じゃあ明日そちらへ行くよ。ありがとうな」
 「礼など良い。待っているぞ」

 亜紀ちゃんと柳が中南米とアフリカを制圧してくれたので、ルイーサには、ヨーロッパでの「業」の浸食の調査を頼んでいた。
 ヨーロッパでは表立って「虎」の軍に反抗する勢力は無い。
 だが、各国政府の人間の一部が「業」に同調しているのは予想していた。
 フランスではそういう人間たちが俺の暗殺を企み、イサとその家族が巻き込まれて殺された。
 あの事件以降、俺は本格的に侵食している「業」の勢力を排除するつもりになっていた。
 しかし外交面でまだまだ人材の乏しい我々では調べようもなく、ルイーサに依頼したという経緯だ。
 ルイーサの眷属、そして超巨大コングロマリットである「ローテスラント」はヨーロッパ各国へ食い込んでおり、政治、経済、軍部にも多くの伝手があった。
 もちろん俺たちも協力し、情報データを量子コンピューターで解析したりした。
 その過程で予想通り、ある程度の反「虎」の軍の人間たち、組織を洗い出した。
 その中で俺が最も注目したのは、ヨーロッパ内における臓器売買の闇ルートだった。
 日本でも槙野が巻き込まれたと同様の組織があり、より大規模に活動しているようだった。
 それらの調査も終えたというのが、今日のルイーサの言葉なのだろう。
 臓器売買は、「業」の《ニルヴァーナ》のルートとも何らかの形で繋がっている。
 それが俺の予感だった。
 非人道的な組織は《ニルヴァーナ》の拡散にも利用されるに違いない。
 人間を滅ぼす、しかも最悪の死に方をもたらす《ニルヴァーナ》は、通常の神経を持っている連中には扱えない。
 人間を化け物に変えて、家族も愛するものも見境なく殺す。
 この世に地獄を現出させる《ニルヴァーナ》を使えるのは、そいつらも地獄の悪鬼そのものだからだ。
 以前から臓器売買の闇は分かっていた。
 人間を単なる物質と見做し、平然と殺し商品とする。
 単価の高い儲け商売になるので、人間をやめれば何のこともない。
 その中に俺と同じく医師が数多くいることが、俺の心を痛める。
 
 俺は最初から臓器移植には反対の立場を取って来た。
 倫理観ではない。
 俺の中で律しているものに関わる問題だ。
 だから、他の医師が臓器移植をすること自体に反対は無い。
 俺がやらない、というだけだ。
 今は臓器移植によって医師としての名声を得る機会も多い。
 俺は名声など欲しくもない人間なので関係ない。
 院長も俺と同じ立場で、数多くの難手術をこなしてきた世界的な医師だが、俺と同様に臓器移植はやったことがない。
 医者として、人間としての考え方の問題だ。

 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 遡って、今年の4月中旬の月曜日。
 院長に呼ばれた。

 「石神、入ります!」

 院長はデスクで報告書を読んでいた。

 「おう、ちょっと座って待ってろ。すぐに終わる」
 「はい」

 毎週月曜日は各部の報告書を院長が読んでいる。
 数分で書類を片付けて、院長が俺の前のソファに座った。
 秘書の一人がアイスティを持って来る。

 「実はな、臓器提供をしたいという患者が来ているんだ」
 「提供ですか?」

 無いことではなかったのだが、非常に珍しい。
 うちは院長の方針もあり、臓器移植が必要な患者は受け入れていない。
 一部の大学病院などで受け入れがあるのと、また日本ではそもそも臓器移植自体がほとんどないので、海外で手術を受ける人間が大半だ。

 「患者は25歳の女性だ。傘下の病院から回されて来た患者で、膵臓癌で、本人に治療の意志は無い」
 「治療を拒んでいるのですか?」
 「ああ。俺が診たところ十分に回復する可能性はある。でも、手術も抗がん治療も本人が拒んでいる」
 「そうなんですか」

 治療法が無い場合でも、終末医療のあるうちの病院へ来ることもある。
 もちろんうちの病院は高度医療の分野で日本有数なので、治したい患者はもっと来る。
 だから、治すつもりの無い患者が受け入れられることは無いはずだから、終末医療だろうと思った。
 その疑問も院長が話してくれた。

 「その患者、西山陽花里(ひかり)は、ホスピス病棟を希望して来たんだ。でも、いざ入院となった時に、臓器提供をしたいと申し出た。うちがそのような希望には添えないと話すと、今度は退院したいと言っている」
 「おかしいですね。末期がんの痛みは相当なはずですが。まだ痛みは無いのかもしれませんが、そのうちに必ず」
 「ああ。それでな、西山さんからは別な希望を聞いたんだ」
 「別な?」

 「N国人と結婚したいということだった」
 「……」

 俺は全てを聞かずとも了解した。
 病院の業務とは掛け離れているので、恐らくは退院後の希望を自ら語ったということなのだろう。
 言い換えれば、もうこの病院にはいても仕方がなく、自分にはやるべきことがあるのだ、ということだ。
 そう主張し、退院手続きを急がせたいつもりなのか。
 N国はヨーロッパの中で、「安楽死」を法的に認めている国だった。
 もちろん公的には一定の基準を満たした場合であり、何よりも、N国の国籍が無ければならない。
 だから、きっと西山陽花里は、そのハードルを乗り越える決意を持っている。
 そして、N国で彼女が何を望んでいるのかも分かる。
 安楽死そのものよりも、臓器提供をしたいということだ。

 「西山陽花里に唯一見舞いに来るのは、彼女の祖父だけでな。その見舞いも大抵は断っている」
 「そうですか」

 ホスピス病棟の患者は、面会の規制を自分で設定できる。
 患者本人が望む環境を提供するためだ。
 会いたい人間は自分で決め、誰とも会いたく無ければそのようにする。
 あくまでも、患者の希望通りにするのが規定だった。

 「祖父・西山甚吉氏は、孫の治療を望んでいる」
 「それはそうでしょうね」
 
 しかし、患者本人の希望が優先される以上、俺たちに手は無い。
 話は全て聞いた。

 「院長、俺に一度話させていただけませんか?」
 「ああ、お前に頼みたいと思ったんだ。治療を認めてくれれば一番だが、ホスピス病棟を断ってN国へ行くだなんてな」
 「はい。とにかく一度話してみますよ」
 「頼むぞ」

 院長室を出た俺は、目の前に広がる闇を見ていた。
 尋常ではない決意は、恐らくとんでもない過去に繋がっている。
 西山陽花里が抱えるその闇は、果たして払ってやれるものなのかどうか。
 何とかしてやりたい気持ちはもちろんある。
 でも俺は、その闇が相当に深いものだろうと感じていた。
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