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未来への希望 XⅣ

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 士王は斬と寝たので、俺と栞だけが一緒のベッドになった。
 栞が俺に手を回して耳元で囁いた。

 「ねぇ、虎蘭と替わってあげようか?」
 「バカ言うな!」
 「ウフフフフフ」
 
 まったく。
 虎蘭は2階の客室で寝ている。
 毎朝6時に起きて、斬と鍛錬をしていた。
 斬もその頃に起き出して行くのだが、別に二人で打ち合わせてのことではないらしい。
 武人というのは、そういうことなのだろうか。
 俺は医者だから、ゆっくりと寝る。
 栞が尚も囁いて来る。

 「口でしてあげようか?」
 「いいよ」
 「じゃあ、オッパイ?」
 「いいな!」

 冗談なのは分かっている。
 軽く栞の胸に触った。
 もう一度耳元で栞が囁く。

 「保奈美のことは大丈夫なの?」
 「ああ。本当に20年も一緒にいたんだ。もういいよ」
 「そう」

 俺の心は栞も分かっている。
 20年などで終わっていいはずもない。
 でも、あれがどれほどの奇跡だったのかは、俺も栞も他の人間にも分かっている。
 そしてその奇跡がどうして起こり得たのかも。

 「保奈美さんの記憶ね、私にもあるの」
 「そうだろうな」

 それは先ほどの会話でも分かっている。
 栞は「保奈美」と呼んでいる。
 俺が語った保奈美との20年間でも、栞は何度もうなずいていた。

 「不思議よね。あの世界では、私はそれほど保奈美に嫉妬してなかったの」
 「そうなのか」
 「うん。もちろんあなたのことは好きで、あなたの相手が自分じゃないことは悲しいの。でも、保奈美さんとあなたがあれほど幸せそうだったから」
 「そうだったよな」
 「奈津江のことまで忘れちゃってさ」
 「そんなことはねぇ」
 「ほんとに?」

 本当にそうだ。
 保奈美とあれほど幸せな日々を送っていても、奈津江のことを忘れたことは無かった。
 ただ、この世界とは確かに違う。
 保奈美と奈津江の墓参りもしたし、顕さんとも奈津江の話を何度もしていた。
 あの世界は保奈美の専用の世界だったことが分かる。
 奈津江への愛と保奈美への愛が重なっていたことが、今となって分かるのだ。
 それが一番不思議なことだった。

 「誰が上とか下じゃねぇんだ」
 「うん、分かってるよ」
 「まあ、本当は栞が一番だけどな!」
 「このウソつき!」
 「ワハハハハハハハ!」

 栞とキスをした。
 栞に大きな愛を抱いていることは、絶対に間違いない。

 「虎蘭のことも大切にしてね」
 「もちろんだ。でも、あいつは矢鱈に突っ込みたがる癖がある。お前たちも協力してくれよ」
 「分かってる。石神家の血だもんね。あの傷だらけの身体って、あなた以外には知らないわ」
 「まあ、そうなんだろうけどな。あいつ、オッパイが千切れたって多分平然としてるぜ」

 栞が一瞬黙った。

 「士王が虎蘭のオッパイに夢中よ」
 「ああ、そうだな」
 「それも石神家?」
 「なんだ?」
 「虎蘭のオッパイが一番いいんでしょう!」
 「おま! 何言ってんだ!」
 
 栞が笑った。

 「もう! 私が一番おっきいのに」
 「本当に勘弁してくれ。栞パイは最高だよ」
 「そう?」
 「そうさ」

 栞が俺に抱き着いた。

 「虎蘭の子は、石神家にとって特別なのかしら?」
 「知らねぇよ。そんなことはどうでもいい」
 「フフフ、そうね」
 「そうだよ。士王のことだって、俺は花岡家の特別だなんて思ったことはねぇ」
 「本当にそうね。あなたはそうだわ」
 「ああ」

 俺は子どもたちに特別になって欲しいわけじゃない。
 みんな、俺の愛する子だというだけだ。
 もちろん、士王が花岡家にとって特別であることは全く構わない。
 天狼や奈々、夜羽だってそうだ。
 道間家にとっては特別な子どもたちなのは分かっている。
 でもそれは、俺にとってはどうでもいいことなのだ。
 俺にとっては吹雪もこれから生まれて来る子どもたちも、まったく同じだ。

 《己生ある間は、子の身に代わらんことを念い、己死に去りてのちには、子の身を譲らんことを願う》(父母恩重経)

 俺が呟くと栞が俺に顔を近づけた。

 「俺はいつでも、そんな感じだ。命の限り子どもたちを護り、命を喪えば、その後の世界を子どもたちに渡すだけだよ。俺たちの戦いはそういうことだ」
 「うん、そうね。私も同じ」
 「何が出来るかじゃねぇ。全部やるんだ。俺たちが精一杯に生きれば、きっと子どもたちも同じように生きる。それ以外のことは知ったことじゃねぇ」
 「うん」

 俺たちはキスをして眠った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 翌朝、俺は斬に起こされた。
 ドアをノックされ、それだけで俺には分かった。
 一応眠そうな顔でドアを開けたが、斬は全然ノって来なかった。
 
 「早く来い」
 「チェッ!」

 あとは無言で下に降りて行く。
 俺も仕方なくコンバットスーツに着替えて顔だけ洗って降りた。

 「高虎さん、おはようございます!」
 「ああ、虎蘭、おはよう。お前はちゃんと挨拶が出来る真っ当な人間だな!」
 「アハハハハハハ!」

 もちろん斬は何の反応もしない。
 こいつは俺が休みであることを知っており、早速鍛錬に引きずり込もうとしているだけだ。
 それ以外の全ては、斬にとってどうでも良いことなのだ。
 俺は斬と組み手をし、虎蘭はそれを見ていた。
 俺と斬は「花岡」の技は使わない。
 俺の庭では狭すぎるからだ。
 まあ、斬の屋敷でも似たようなものだ。
 互いに仕掛ける「兆し」を確認して行けば、実戦でそれが使える。
 恐らく斬と虎蘭との鍛錬も同じようなものだろう。
 だから妊娠した虎蘭でも安全に相手が出来る。
 俺たちのような領域にあれば、何ならお互いに向かい合っているだけでもいい。
 ほんの僅かな「兆し」で、互いの動きと対応が出来る。
 まあ、実際に動く方がより展開するのだが。

 斬と俺がしばらく遣り合い、斬と虎蘭が組み手をする。
 もちろん、虎蘭は剣を握っている。
 通常であれば刀の刃を潰すところだが、石神家の剣士が持てばそれは意味が無い。
 だから真剣を使っている。
 斬も虎蘭に無理をさせない動きを自然にやっている。
 虎蘭も同じだ。
 それも終わり、俺と虎蘭が組み手をした。
 今度は俺も真剣を持つ。
 虎蘭が嬉しそうに俺に挑んで来た。
 別に顔が笑っているわけではないのだが、雰囲気で分かる。
 斬が今度は俺たちを観ていた。

 「お前は「花岡」の戦士でもあり、「石神家」の剣士でもあるのだな」

 斬がそう言った。
 俺が両方使えるという意味ではない。
 俺の動きそのものが、「花岡」と石神家の剣技を融合しているということだ。
 だから斬は自然に石神家の剣技とも対峙することになる。
 斬にはそれが嬉しいのだろう。
 虎蘭相手で石神家剣技を。
 俺を相手にその融合技を。






 斬も喜んでいた。
 もちろん顔はいつもの仏頂面だ。
 お前、士王以外にも笑えよ。
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