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夢のあとに Ⅵ

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 病院からタクシーで家に帰ると、玄関で双子が泣きじゃくって俺に抱き着き、俺も笑って二人を両脇に抱えて2階に昇った。
 ロボがノリで俺の肩に上がり、一緒にニャーニャーと鳴いた。
 ロボとは蓮花研究所からずっと一緒にいたのだが。

 夕飯の前に亜紀ちゃんと柳が戻り、大阪から皇紀まで来た。
 三人とも俺に抱き着いてまた泣く。
 もちろん蓮花の研究所で俺が目覚めた後でみんなと会ってはいたが、家に戻ったのはこいつらにもまた格別なのだろう。
 久し振りに石神家が全員集まったのだ。
 俺にも感動はあった。

 夕飯は双子が中心になって豪華なフレンチを食べた。
 朝から準備してくれていたらしい。
 美味い食事をしながら、楽しく話した。
 亜紀ちゃんと柳はアフリカでの戦場の話をする。

 「アフリカもどこも大混乱ですね。中南米と違って、幾つも完全に「業」に乗っ取られた国もあって」
 「南アフリカ共和国は「虎」の軍側です。今回も補給などで結構お世話になりましたよ」
 「補給って、ほとんど肉だろう!」
 「「ワハハハハハッハハハ!」」

 双子も何度か戦場には出ている。
 基本的には国内での襲撃の際の出撃だったが、アフリカでの《ハイヴ》攻略の時などに、亜紀ちゃんと柳のサポートに出ていた。
 夕飯の後で「幻想空間」に集まり、あらためて俺は保奈美との夢の旅路の話をした。
 みんな黙って聞いていてくれた。
 俺は思い出しては語り、随分と聞きにくい話になった。
 時系列が前後し、また先ほど話したことに付け加え、理解してもらったのかも怪しい。
 でもみんな、何も言わずに俺の話に聞き入ってくれた。
 朝方まで話し、やっと俺は語り終えた。
 それでもやはり語り尽くせない。
 思い出が次々と湧きあがり、尽きることが無かった。
 思った通り、こいつらにも仄かな保奈美の記憶があるようだ。
 ずっと一緒に働いていた鷹や一江たちほどではないようだが。
 亜紀ちゃんが言った。

 「タカさん、保奈美さんの遺骨はここに置いてあるんです」
 「ああ、聞いているよ」

 俺が目覚めるまで、納骨を待っていたのだ。
 本当は真っ先に保奈美の遺骨を見るべきだったのだろうが、俺にその勇気が無かった。
 あの夢の旅路があったから、別れは十分に済ませているはずだったのだが。
 それでも、俺は保奈美の死を目の前にする勇気が無かった。
 奈津江の時には、既に墓に入っていた。
 それでも俺は身が引き裂かれるほど辛かった。

 「どこにあるんだ?」
 「はい、レイの部屋に」
 
 子どもたちも考えていただろう。
 俺の部屋とも思っただろうが、結局レイの部屋にしたようだ。
 二人とも、俺のために死んだ女たちだからだ。

 「じゃあ、行くか」
 「大丈夫ですか?」
 「ああ」

 俺は独りでレイの部屋へ行った。
 亜紀ちゃんが心配そうに少し離れてついて来る。
 ドアを開けると祭壇が組まれ、保奈美の遺影が花に囲まれて見えた。
 子どもたちが毎日供えてくれていたのだろう。
 その前に、骨壺があった。
 俺がいつ目覚めるのか分からなかったので、諸見と同じく荼毘に付した。
 俺は線香を焚き、般若心経を唱えた。
 そして骨壺を抱き、その冷たさにやはり泣いた。
 俺の奥底で嵐が吹いたが、奈津江を喪った時とは違う。
 俺たちは夢の旅路を経て、きちんと別れを告げたのだと自分に言い聞かせることが出来た。

 「タカさん……」

 亜紀ちゃんがドアの向こうで俺を心配そうに見ていた。

 「ああ、大丈夫だ」

 俺は優しく保奈美の骨壺を戻し、微笑む保奈美の美しい遺影を見詰めた。

 「いい写真だな」
 「はい。パムッカレで一緒だった「国境なき医師団」の方々に保奈美さんの写真を全部頂きました。その中から」
 「そうか、ありがとうな」
 「いいえ……」

 俺は部屋を出てドアを閉じた。
 また「幻想空間」へ戻った。
 みんなが心配そうに俺を見ていたが、俺が普通に入って来たので安心した顔になった。

 「タカさん、竹流君が会いたがっているんですけど」
 「ああ、そうか」

 言われてやっと気づいた。
 竹流は自分が大きな失態を犯したと思っているのだろう。
 可哀想に。

 「保奈美は西野と名乗っていたそうだな」
 「はい。ご両親が離婚され、母方の姓に変わったようです。佐野さんが調べて下さいました」
 「佐野さんか」
 「だから竹流君も気付かなくて」
 「そうだろうよ。大体、保奈美の話もあいつにはしてなかったしな」
 「ええ」

 保奈美のことは「虎」の軍には関係ない。
 だから聖や一部の人間にしか話していなかった。
 竹流には何の責任も無い。
 そればかりか、竹流は保奈美に「花岡」を教え、最新の「Ωコンバットスーツ」までやったのだ。
 保奈美はそれによって何度も《刃》の猛攻に耐えることが出来た。
 竹流には感謝しかない。





 俺はアゼルバイジャンに飛んだ。
 竹流と保奈美が一緒に訓練をしたという荒野で会った。
 俺を待っていた竹流は俺の姿を見て、地面に身を投げ出した。
 あの物静かな竹流が号泣していた。
 言葉にならず、ただ嗚咽を漏らし涙を流した。
 こいつはずっと苦しんでいたのだろう。
 俺は竹流を抱き起して抱き締めた。

 「ここで保奈美を鍛えてくれたんだな」

 恐らく大技も撃ったのだろう。
 地面があちこち崩れ、大きな穴が空いていた。

 「ありがとうな」
 「神様……」

 竹流を地面に座らせ、俺も前に座った。
 まだ泣いている竹流に、俺はまた保奈美との20年の歳月を語った。
 俺の話を聞いて行く中で、竹流も徐々に落ち着き、真剣に俺の話を聞いた。

 「竹流、だからな、もういいんだ。保奈美とは十分過ぎるほどの時間を過ごした。俺たちは幸せだった」
 「神様……」
 「お前には保奈美の話もしていなかった。だからお前には何の責任もねぇ。そればかりか、お前が保奈美に「花岡」を教え「Ωコンバットスーツ」をやったお陰で保奈美は何度も危地を脱したんだ。ありがとうな」
 「でも、西野さんは……」
 「いいんだ。もういい。十分過ぎる。あれは最高の夢の旅路だ。俺も保奈美ももう思い残すことは無いよ」
 「はい……」

 竹流は無理矢理納得しようとした。
 いや、そういう態度を俺に見せようとした。
 俺の心を必死に汲み取ろうとしてくれた。





 俺は竹流を連れて竹流の部屋へ行った。
 竹流にギターを借り、フォーレの『夢のあとに』を弾き語りした。
 竹流は黙って目を閉じて聴いていた。





 ♪ Helas! Helas! triste reveil des songes Je t’appelle, o nuit, rends-moi tes mensonges, Reviens, reviens radieuse, Reviens o nuit mysterieuse!(なんと、なんと、悲しき夢からの苦い目覚めか 夜よ、我は呼び求めん、かの幻影を取り戻さしめと 戻りたまえ、輝かしきものよ 戻りたまえ、恩寵の夜よ!) ♪





 美しき夢は終わった。
 俺たちは、まだここにいる。
 ここに戻って来たのだ……
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