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夢のあとに

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 朝に目覚めると、もう虎蘭はベッドにいなかった。
 時間は午前6時過ぎ。
 もう、あいつは鍛錬を始めているのだろうと分かった。
 だがそれも短い時間で、大体俺の傍にいることも分かっていた。

 虎蘭は、朝食の時間には俺を迎えに来た。
 今日は車椅子を用意しているので、きっと蓮花に言われたのだろう。
 こいつはどこでも俺を抱きかかえることしか考えていない。
 病人の扱いを知らないのだ。
 ただ、純粋な俺に対する思いがあるだけだった。

 午前中に聖が来てくれた。
 俺が朝食を終えたところで、こいつはいつでもタイミングがいい。
 聖も瀕死で、「タイガーファング」での移動だ。
 虎蘭が聖を連れて来た。
 自分の足で歩いてはいるが、フラついている。
 まだ身体は壊れたままなのだ。
 虎蘭がしょっちゅう俺の傍にいるのは、俺の護衛を中心に考えていることだと理解していた。
 いつまた「業」の襲撃があるとも限らない。
 その万一に備えて、常に俺の傍にいてくれる。
 だが、聖を案内すると虎蘭は部屋を出て行き、俺と聖の二人にしてくれた。
 聖と俺の時間を邪魔しないでくれる。

 「よう!」
 「トラぁ!」

 聖がいきなり涙を零した。
 ベッドの俺の脇に近寄り、頭を下げた。

 「トラ、済まない! 八木保奈美を救えなかったぁ!」
 「聖、分かってるよ。それはもう仕方ねぇ。お前が突っ込んでダメだったんだ。他の誰でも無理だったってことだ」
 「トラぁ! でもお前は俺に任せてくれたぁ!」
 「お前が最高だからな。でも無理なことはどうしようもねぇ。俺の方こそお前に相当な無茶をさせてしまった。すまん」
 「そんなこと! トラ、お前が俺に頼んだのに!」
 「だからもういいんだって。それに、保奈美とは最高の別れを済ませた。だからもういいんだ」

 俺は眠っている間に、保奈美と20年も連れ添った話をした。
 聖は最初は信じられないような顔をしていたが、俺が詳細にいろいろな話をしていくと、やがて納得してくれた。

 「親父の時にもあったんだ」
 「ああ、ここを襲って来た時か」
 「そうだ。あの時も親父と別な空間で会うことが出来た。保奈美とは20年だぞ。こんなにしてもらったら、満足以外はねぇよ」
 「トラ、本当にそうなのか?」
 「当たり前だぁ!」

 やっと聖が笑ってくれた。
 こいつは俺のことに関しては、絶対に勘違いをしない。
 本当に俺が大丈夫だと分かってくれたのだろう。

 「聖、俺たちは精一杯にやった。それでも届かないことは多い。それはしょうがねぇよ。俺たちはそういう世界で生きてんだ」
 「そうだな……」
 「諸見と綾のことも聞いているか?」
 「ああ。あの二人も助けたかった」
 「そうだな。最高の二人だった。だから最高に輝いて逝った」
 「……」
 「聖、俺たちはこれからも大切な人間を喪って行くだろう。でも俺たちは止まらない」
 「そうだな」
 「これからも頼むな」
 「ああ、任せろ!」

 聖がまた泣きながら言った。
 聖も痩せていた。
 俺たちはボロボロだ。
 俺は話題を変えた。

 「聖、「虎」の軍を再編成する」
 「なんだ?」
 「これからは、10億の妖魔など簡単に蹴散らす強さを持つ」
 「「魔法陣」か」
 「いや、それだけじゃねぇ。いつ、どこを襲われてもそれが出来る体制を作る」
 「どうすんだ?」
 「世界中に俺たちの拠点を置くよ。ソルジャーも増やすし全員を強くする」
 「そっか」
 
 「業」はゲートを使う。
 それによって、俺たちは常に後手に回ることになる。
 だから少しでも早く対応するためには、拠点が必要だ。
 もう一つ考えていることはあるのだが、そちらはまだ話さない。
 実現可能かどうか、分からないためだ。

 聖には、各国の傭兵団に声を掛けてもらうつもりだった。
 今、傭兵業界は賑わっている。
 各地で戦争、内乱が多発しているためだ。
 それに、「業」の側に完全についている国もある。
 そういった国は自国の兵士を信頼出来ず、金で雇える傭兵を使うことも多い。
 そして傭兵には正義もクソッタレもねぇ。
 納得できる金を払うと言って来た方に着く。

 「「業」が今後何をして行くのかを徹底的に世界に周知する。金払いのいい方へ着くというこれまでの常識は覆されるんだ」
 「そうだな。金を貰っても結局殺されるんだからな」
 「ああ。それに、いよいよ「業」のあの作戦が展開されるだろうしな」
 「ウイルスか」
 「佐野さんが捕えてくれた「ボルーチ・バロータ」の奴から、ついに情報を得た。ウイルスの増産が始まったようだ」
 「こっちの準備は?」
 「まだだ。実際にウイルスを研究しないとならないからな。だから初期段階でなるべく早く取り掛かりたい」
 「そっちの方は俺には何も出来ないけどな。でも感染者を捕まえることは任せてくれ」
 「いや、それは特別なチームを組む。お前には戦闘を主に担ってもらうことになるよ」
 「任せろ。もうどんな敵でも撃破してやる」
 「頼むぞ」

 聖は落ち着いて来て、俺に保奈美との思い出を話してくれた。

 「それほど話したことは無いんだ」

 まあ、聖は俺以外とは全員とそうだった。
 むしろ話をしたことのある人間の方が貴重だ。

 「トラが危ないって、「ルート20」の井上さんから呼ばれたことがあってよ」
 「ああ! 木村から聞いたよ。大野組の時だろ? 俺も全然知らなかったんだ」

 木村を攫った大野組と揉めていた時だ。
 俺が木村を取り返したが、大野組は俺を狙って道具を集めていた。
 それを井上さんが知って、密かに俺を護衛する段取りを組んでくれた。
 その時、喧嘩が強い聖も呼ばれたのだ。
 保奈美は四六時中俺と一緒にいたがり、何度も聖と顔を合わせるのでおかしいとは思っていたが、ああやって二人が俺を守ってくれていたのだ。

 「あの時、保奈美と話すこともあった。保奈美はお前のことを絶対に護りたいので、俺に力を貸して欲しいと言っていた」
 「ああ、そうだったか」

 保奈美と聖は特に俺の周囲をずっと護ってくれていた。

 「一緒にトラの周囲を見張っててさ。トラのことを二人で話したりした。あいつ、本当にトラのことが大好きでさ。俺も楽しかったんだ」
 「そうか、お前、保奈美と話してたんだな」
 「うん」

 聖の珍しい他人との交流だった。

 「いい女だったな」
 「その通りだ。最高の女だった」

 俺が聖と一緒に傭兵になると決め、保奈美と別れた。
 俺がもっと保奈美のことを考えていれば、こんなことにはならなかった。
 あの世界で過ごした20年間のように、俺と保奈美はきっと……

 「トラ、大丈夫か?」
 「もちろん。お前こそ大丈夫か?」
 「当たり前だぁ!」

 二人で笑った。

 聖と一緒に食事をし、聖はアラスカへ戻って行った。
 すぐに傭兵勧誘に動き出してくれるだろう。






 俺の身体は数日で何とか動かせるようになったが、風呂はいつも虎蘭と一緒に入った。
 そして夜は一緒のベッドで眠った。
 徐々に俺の身体は戻り、虎蘭を本気で攻めて失神させた。
 そういう関係になっても、虎蘭は必要以上に俺に甘えて来ることは無かった。
 まあ、そういう女らしい行動はあまりよく知らないのかもしれない。
 しかし、尖っていた雰囲気が少し和らいだ気がする。

 俺は虎蘭の愛によって、帰還したこの世界に自然と馴染むことが出来た。
 保奈美との夢の時間は俺の中に確かにあったが、俺は自分が存在するこの世界に帰って来たのだ。
 甘美な夢は終わり、俺は本当に為すべきことを再開する。

 夢のあとは俺にどうしようもない寂寥をもたらしたが、俺はそれを表に出すことは出来なかった。






 ただ、無性に寂しかった。
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