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天丸と天豪 Ⅵ
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「日向、お前に頼みがある」
「なんでしょうか、兄上様」
宇羅は美しい妹を呼んで、ある土地へ移り住んで欲しいと言った。
「それはどこなのでございますか?」
神奈川県の山間部のある町の名前を口にしたが、日向にはまったく見知らぬ場所だった。
「実はな、先日石神家からの依頼があったのだ」
「あの石神家でございますか!」
日向も石神家のことは知っている。
凡そ日本で唯一の、ひたすらに剣技を極めようとしている一族だと。
そしてその剣技は凄まじく、道間家も度々石神家に妖魔討伐を依頼している。
「その町に、石神家の親子が住んでいる。子どもの方が難しい状態でな。あまりにも「運命流」が大き過ぎて、肉体を破壊しかねなかったのだ」
宇羅は日向に、石神高虎という子どもの話をした。
「なんとか凌いだが、今後も危ういことは分かっている。わしも度々赴くつもりだが、お前に傍で見ていて欲しいのだ」
「その子どもは、それほど重要な者なのですか?」
日向の道間家での身分は決して低くはない。
直系の血筋であり、道間家以外の人間のために別な土地で暮らすなどは考えられなかった。
しかも、今も重要な役割を持って本家と離れた場所に住んでいるところなのだ。
「恐らく、今後の世界の運命を担っている」
「なんですと!」
「それほどの子どもだ。石神高虎が成長する前に死ねば、この世は闇に覆われる」
「そうなのですか!」
「百家の巫女の予言だ。間違いは無い。腕のいい拝み屋もついているようだが、道間家も全力で協力しなければならない」
「分かりました」
「お前は今の長門市で大陸の妖魔を見張ってもらっている。その任は別な者にやらせるので、お前は神奈川へ行ってくれ」
「はい」
日向は尋常ではない事情を理解し、移り住むことを決めた。
その時に、宇羅がまた言葉を続けた。
「お前の娘の静香な」
「はい、静香が何か?」
「その石神高虎と年回りが同じなのだ」
「そうでございますか」
「もしも、石神高虎と縁を結べたなら」
「なんですか?」
「石神家の血筋に加え、あの子どもは並大抵ではない。あの血が道間家に入れば、きっととんでもない繁栄をもたらすだろう」
「まあ!」
日向はまだ小学生の娘に婚姻の話などと思った。
ただ、宇羅がそれを確かに望んでいることも分かった。
「それはお約束は出来ませんが、縁があればそうなりましょう」
「そうだな。まあ、道間家も揺るぎない跡取りが控えている。無理にとは言わん。時代も変わった。そろそろ自由に生きる者が出て来てもいい頃だな」
「さようでございます。静香にも、本当に愛する者と結ばれて欲しいものです」
「お前も道間の者と結婚させてしまったしな」
「わたくしは宜しいのです。今も幸せにやっておりますから」
「そうか」
後日、日向は長門市を出て、神奈川の町へ移った。
石神家に何かあれば、という役割だったので、日向は近くには住んでも石神家と直接関わることはしなかった。
それに、何しろ石神高虎という子どもが並大抵ではない巨大な霊素を放っているので、迂闊に近づくことも危険だった。
幾度か、宇羅に報告し、石神高虎の危機に関わったことはある。
自分が傍に置かれた意味が分かった。
静香にも同様に近すぎる場所には置かず、中学も高校も別な所へ通わせた。
ただ、何度か離れた場所から石神高虎を見せていた。
宇羅の言う通り、静香が石神高虎と縁を結べばとも思ってはいた。
石神高虎は途轍もない少年だった。
身体が大きく、美しい顔をしていた。
そして、巨大な赤い火柱の中に常にいる。
どうしてあの状態で生きていられるのかが不思議なくらいだった。
普通の生命であれば、とっくに焼き尽くされ消えている。
自分も静香も、一目で石神高虎へ魅かれた。
美しい獣のような少年。
静香は石神高虎へぞっこんとなり、部屋に写真を置くようになった。
しかし、高校へ上がると、別な男性と付き合うようになった。
最初は石神高虎への思慕から交際を断っていたようだが、相手の男が何しろ情熱的に迫って来たらしい。
そんなにも自分を愛してくれるのであればと、付き合い始めた。
日向も、残念な思いはあったが静香の自由にさせた。
宇羅も何も言わなかった。
そして、相手の男、光賀天丸に静香はいつしか夢中になっていった。
日向は笑いながら、それも仕方がないと思った。
自分も光賀天丸に会ったが、確かに優しい男だった。
偶然にも、石神高虎と同じ暴走族のチームに入っているようだ。
宇羅にもそのことを話したが、宇羅も拘らなかった。
「石神家の人間は、多分別に手に入る」
「そうなのですか」
「ああ。石神高虎の父親な、あれは石神家の当主だったそうだ。外へ出ているので気付かなかったがな」
「はい」
不穏なことを言う宇羅に何か違和感を覚えたが、その当時は何も疑いもしなかった。
そして2年後、宇羅が石神虎影を騙してその肉体と命を手にしたことを知った。
静香は宇羅の変節を知った。
宇羅は何かがおかしいと感じ始めた。
以前の優しい穏やかな人間では無くなっているのではないのか。
道間家の繁栄のために、過去に非人道的な試みを持ったことは知っている。
しかし、あくまでもそれは道間家の繁栄のためだった。
同意はせずとも、納得はした。
石神虎影の拉致は違う。
何かが変わってしまった。
静香は光賀天丸とその後結婚し、天豪を生んだ。
日向は静香の結婚も出産も、宇羅には話さずにいた。
そのようなことは、今までに無かった。
宇羅の変わりように、何か危機感を感じていた。
それは、年々大きくなっていたのだ。
そして、あの道間家の最期がやってきた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「前に石神家の方々がここへ来られた後で、日向様のお話を手紙で送って下さったのでございます」
「え、虎白さんたちが?」
「はい。あなたさまに関わることでしたので、話すかどうかはわたくしの一存に任せると言われました。虎影様の行方を捜す中で、日向様から聞いたお話だそうでございます」
「あの人ら、そんなこともしていたのか」
「石神家では、虎影様が宇羅に騙されたことを早くから知っておられたようです。それでも、虎影様ご自身が決められたことと、当時も今も道間家には何もなさらずにおられました」
「そうか……」
その話は、以前に虎白さんからも聞いている。
内心では尋常ではないものを抱えてはいただろうが、それを抑え込んだ。
「しかし、道間家ではそんなにも俺のためにやってくれていたんだな」
「あなたさまにとっては複雑な思いでしょうが。でも、宇羅は元は優しい人間だったのです」
「ああ、「業」によって狂わされたな」
「はい……」
麗星も辛そうだ。
麗星こそ、宇羅への思いは一層複雑なはずだった。
天丸が言った。
「静香はもともと、トラのために来た女だったのか」
「そうじゃねぇよ!」
「でも、最初はお前に惚れていたんだろう?」
「違ぇ! そんなものは子どもの夢みたいなもんだ。本当に愛したのはお前だろう!」
まったく冗談じゃねぇ。
「あ、ああ」
「お前の優しさを知って、静香さんはお前に夢中だったじゃねぇか!」
「そ、そうだな!」
「バカ!」
天豪が笑っていた。
「天丸様。旦那様のおっしゃる通りです。静香様は天丸様を選び、お幸せそうでした」
「そうですか」
「はい! 生憎海外におりましたので、結婚式には出られませんでしたが。でも、その後も幾度かお話はしましたのよ?」
「そうなんですか!」
「天丸様のことを楽しそうに話されていました。優しい方なのだと」
「そう、ですか……」
天丸が目を押さえている。
思い出しているのだろう。
「そうだよな。静香さんはこいつにぞっこんだった」
俺も思い出していた。
「なんでしょうか、兄上様」
宇羅は美しい妹を呼んで、ある土地へ移り住んで欲しいと言った。
「それはどこなのでございますか?」
神奈川県の山間部のある町の名前を口にしたが、日向にはまったく見知らぬ場所だった。
「実はな、先日石神家からの依頼があったのだ」
「あの石神家でございますか!」
日向も石神家のことは知っている。
凡そ日本で唯一の、ひたすらに剣技を極めようとしている一族だと。
そしてその剣技は凄まじく、道間家も度々石神家に妖魔討伐を依頼している。
「その町に、石神家の親子が住んでいる。子どもの方が難しい状態でな。あまりにも「運命流」が大き過ぎて、肉体を破壊しかねなかったのだ」
宇羅は日向に、石神高虎という子どもの話をした。
「なんとか凌いだが、今後も危ういことは分かっている。わしも度々赴くつもりだが、お前に傍で見ていて欲しいのだ」
「その子どもは、それほど重要な者なのですか?」
日向の道間家での身分は決して低くはない。
直系の血筋であり、道間家以外の人間のために別な土地で暮らすなどは考えられなかった。
しかも、今も重要な役割を持って本家と離れた場所に住んでいるところなのだ。
「恐らく、今後の世界の運命を担っている」
「なんですと!」
「それほどの子どもだ。石神高虎が成長する前に死ねば、この世は闇に覆われる」
「そうなのですか!」
「百家の巫女の予言だ。間違いは無い。腕のいい拝み屋もついているようだが、道間家も全力で協力しなければならない」
「分かりました」
「お前は今の長門市で大陸の妖魔を見張ってもらっている。その任は別な者にやらせるので、お前は神奈川へ行ってくれ」
「はい」
日向は尋常ではない事情を理解し、移り住むことを決めた。
その時に、宇羅がまた言葉を続けた。
「お前の娘の静香な」
「はい、静香が何か?」
「その石神高虎と年回りが同じなのだ」
「そうでございますか」
「もしも、石神高虎と縁を結べたなら」
「なんですか?」
「石神家の血筋に加え、あの子どもは並大抵ではない。あの血が道間家に入れば、きっととんでもない繁栄をもたらすだろう」
「まあ!」
日向はまだ小学生の娘に婚姻の話などと思った。
ただ、宇羅がそれを確かに望んでいることも分かった。
「それはお約束は出来ませんが、縁があればそうなりましょう」
「そうだな。まあ、道間家も揺るぎない跡取りが控えている。無理にとは言わん。時代も変わった。そろそろ自由に生きる者が出て来てもいい頃だな」
「さようでございます。静香にも、本当に愛する者と結ばれて欲しいものです」
「お前も道間の者と結婚させてしまったしな」
「わたくしは宜しいのです。今も幸せにやっておりますから」
「そうか」
後日、日向は長門市を出て、神奈川の町へ移った。
石神家に何かあれば、という役割だったので、日向は近くには住んでも石神家と直接関わることはしなかった。
それに、何しろ石神高虎という子どもが並大抵ではない巨大な霊素を放っているので、迂闊に近づくことも危険だった。
幾度か、宇羅に報告し、石神高虎の危機に関わったことはある。
自分が傍に置かれた意味が分かった。
静香にも同様に近すぎる場所には置かず、中学も高校も別な所へ通わせた。
ただ、何度か離れた場所から石神高虎を見せていた。
宇羅の言う通り、静香が石神高虎と縁を結べばとも思ってはいた。
石神高虎は途轍もない少年だった。
身体が大きく、美しい顔をしていた。
そして、巨大な赤い火柱の中に常にいる。
どうしてあの状態で生きていられるのかが不思議なくらいだった。
普通の生命であれば、とっくに焼き尽くされ消えている。
自分も静香も、一目で石神高虎へ魅かれた。
美しい獣のような少年。
静香は石神高虎へぞっこんとなり、部屋に写真を置くようになった。
しかし、高校へ上がると、別な男性と付き合うようになった。
最初は石神高虎への思慕から交際を断っていたようだが、相手の男が何しろ情熱的に迫って来たらしい。
そんなにも自分を愛してくれるのであればと、付き合い始めた。
日向も、残念な思いはあったが静香の自由にさせた。
宇羅も何も言わなかった。
そして、相手の男、光賀天丸に静香はいつしか夢中になっていった。
日向は笑いながら、それも仕方がないと思った。
自分も光賀天丸に会ったが、確かに優しい男だった。
偶然にも、石神高虎と同じ暴走族のチームに入っているようだ。
宇羅にもそのことを話したが、宇羅も拘らなかった。
「石神家の人間は、多分別に手に入る」
「そうなのですか」
「ああ。石神高虎の父親な、あれは石神家の当主だったそうだ。外へ出ているので気付かなかったがな」
「はい」
不穏なことを言う宇羅に何か違和感を覚えたが、その当時は何も疑いもしなかった。
そして2年後、宇羅が石神虎影を騙してその肉体と命を手にしたことを知った。
静香は宇羅の変節を知った。
宇羅は何かがおかしいと感じ始めた。
以前の優しい穏やかな人間では無くなっているのではないのか。
道間家の繁栄のために、過去に非人道的な試みを持ったことは知っている。
しかし、あくまでもそれは道間家の繁栄のためだった。
同意はせずとも、納得はした。
石神虎影の拉致は違う。
何かが変わってしまった。
静香は光賀天丸とその後結婚し、天豪を生んだ。
日向は静香の結婚も出産も、宇羅には話さずにいた。
そのようなことは、今までに無かった。
宇羅の変わりように、何か危機感を感じていた。
それは、年々大きくなっていたのだ。
そして、あの道間家の最期がやってきた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「前に石神家の方々がここへ来られた後で、日向様のお話を手紙で送って下さったのでございます」
「え、虎白さんたちが?」
「はい。あなたさまに関わることでしたので、話すかどうかはわたくしの一存に任せると言われました。虎影様の行方を捜す中で、日向様から聞いたお話だそうでございます」
「あの人ら、そんなこともしていたのか」
「石神家では、虎影様が宇羅に騙されたことを早くから知っておられたようです。それでも、虎影様ご自身が決められたことと、当時も今も道間家には何もなさらずにおられました」
「そうか……」
その話は、以前に虎白さんからも聞いている。
内心では尋常ではないものを抱えてはいただろうが、それを抑え込んだ。
「しかし、道間家ではそんなにも俺のためにやってくれていたんだな」
「あなたさまにとっては複雑な思いでしょうが。でも、宇羅は元は優しい人間だったのです」
「ああ、「業」によって狂わされたな」
「はい……」
麗星も辛そうだ。
麗星こそ、宇羅への思いは一層複雑なはずだった。
天丸が言った。
「静香はもともと、トラのために来た女だったのか」
「そうじゃねぇよ!」
「でも、最初はお前に惚れていたんだろう?」
「違ぇ! そんなものは子どもの夢みたいなもんだ。本当に愛したのはお前だろう!」
まったく冗談じゃねぇ。
「あ、ああ」
「お前の優しさを知って、静香さんはお前に夢中だったじゃねぇか!」
「そ、そうだな!」
「バカ!」
天豪が笑っていた。
「天丸様。旦那様のおっしゃる通りです。静香様は天丸様を選び、お幸せそうでした」
「そうですか」
「はい! 生憎海外におりましたので、結婚式には出られませんでしたが。でも、その後も幾度かお話はしましたのよ?」
「そうなんですか!」
「天丸様のことを楽しそうに話されていました。優しい方なのだと」
「そう、ですか……」
天丸が目を押さえている。
思い出しているのだろう。
「そうだよな。静香さんはこいつにぞっこんだった」
俺も思い出していた。
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