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轟翡翠 Ⅲ
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その店は、飲み屋が幾つも入っている雑居ビルの中にある。
エレベーターは無く、4階まで階段で昇って行く。
だから、安い店が多い。
新宿で飲みたがる連中の中でも、安く済ませたい奴らと、人目を憚る連中が集まる。
歌舞伎町にはよくあるビルだ。
ここに俺の情報屋の一人が、よく使う店があるのだ。
普段は別な人間が経営しているが、俺に情報を渡す時だけ、情報屋が借り切って使う。
その情報屋・榊は、刑事時代の先輩から引き継いだ。
異動で新宿署に配属された先輩が付き合って来た人間だ。
榊は、新宿の様々な情報を握っている中で、特にヤクザ関連に強い。
新宿に集まる酔客から、巧みに情報を抜いて来る。
一見風采の上がらない初老の男だが、非常にキレる奴だ。
俺は轟と店のドアを潜った。
榊は誰もいないカウンターで水割りを飲んでいた。
「よう、榊」
「佐野さん! そちらの激マブの人は誰ですか?」
「俺の相棒の轟だ。こいつは信頼出来る」
「そうですか。でも、そんなにお綺麗なのに、なんで刑事なんか?」
「轟です。私は佐野さんの相棒になるために生まれたんです」
「え! 佐野さんのコレですかい!」
榊は小指を立てて笑っていた。
「おい、冗談じゃねぇ! こいつとは本当に相棒の関係だけだ!」
「ウフフフフ」
轟も冗談で言っただけだ。
まあ、真実なのだが。
不思議なもので、冗談以外の何物にも聞こえない言葉が、真実を含むと深みを増す。
榊も何かを感じたのだろう。
すぐに轟を信頼してくれた。
「まったく羨ましいですねぇ。私もこんな美人と一度でいいから歩いてみたいですぜ」
榊が俺に何か飲むかと聞いてくる。
「トマトジュースを頼む。轟は何もいらない」
榊は黙ってカウンターの中へ入り、トマトジュースをコップに注いだ。
轟の前には水を置く。
轟は自然な動作で俺の飲み物を見ていた。
多分、毒物などの混入を調べているのだろう。
恐らく、店に入った瞬間に走査し、隠れている人間や盗聴器の類を調べているはずだ。
「あいつらの情報が入ったんだって?」
「ええ」
外道会の名前は出さない。
俺には盗聴器などは分からないので、普段から会話には気を付けている。
榊が角2サイズの封筒を俺に寄越した。
「元は古い紡績工場だったようです。ある暴力団が持ち主から掻っ攫って、今は連中が」
「そうか」
「飲みに来た奴からヤサを聞きましてね。いつもの勘で調べたら当たりでしたぜ」
「ありがとうな」
榊には不思議な勘があった。
必要最小限のことから、その勘に従って調べて行く。
そういうスタイルの情報屋なので、自分は滅多にドジを踏まない。
「高い塀を作ってます。出入りを張っていると、何人か外道会の知ってる奴の顔を見ました。表の看板は資材倉庫のようですが、「北海道」以来、大型の車両が頻繁に出入りしてます。それと、大量の肉が運び込まれてるようで。どうにも資材倉庫じゃなさそうですね」
「分かった。調べてみるよ」
俺は内ポケットから封筒を出して榊に渡した。
榊はすぐに中を調べる。
「へ、こんなにですかい!」
「ああ、いつも助かってる」
「ヘヘヘヘヘ」
200万円入っている。
情報屋へ渡す金額としては破格だ。
「旦那からはいつも沢山いただいちゃって」
「お前には世話になってるからな」
「これからも頑張りますぜ」
「ああ、頼むよ」
榊が嬉しそうに封筒をポケットに仕舞った。
俺はトマトジュースを呑み干し、店を出ようとした。
「佐野さん」
後ろで榊が呼び止めた。
「なんだ?」
「轟さん、いい人ですね」
「なに?」
「ここに来る前に、女の子を助けてやったでしょう」
「!」
「目立たない方がいいのにさ。見ないフリをしない」
「そうだな」
「いい人だ」
「そうだな」
榊はきっと俺たちをどこかから見張っていた。
仲間かもしれない。
俺が轟を連れていたので警戒していたのだろう。
それだけ注意深い人間でなければ、新宿の情報屋として長く生きて行けない。
「轟さん、また」
「はい、よろしくお願いいたします」
二人で店を出た。
「佐野さん、見張られていたんですね」
「そのようだな」
「私、やっぱり余計なことをしたんでしょうか?」
轟が俺に聞いて来た。
デュールゲリエというのは、独自の判断で動く。
それは非常に合理的で正しい判断のはずだった。
しかし、それだけではない。
常に人間に寄り添い、人間の感情や思考を気にしているのだ。
乾さんのディディを見ていて、そういうことが分かっている。
「お前はいい相棒だよ」
「そうですか!」
「ああ。これからも宜しくな」
「はい!」
轟が嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、俺は本当に最高の相棒と出会ったのかもしれないと思った。
困っている人間を見て放っておけない。
助けても何も相手に求めない。
いつだって誰かのことを思っている。
そして相手の役に立ったと思うと、嬉しそうに笑いやがる。
トラみたいだ。
俺は轟と一緒に大崎郊外の資材倉庫へ向かった。
乗っている車は、これもまたトラが用意してくれたアルファードの改造車だ。
最初はハンヴィのごついタイプを考えていたようだが、俺が一般人と接する機会が多いことを考慮してくれた。
まあ、トラにしてはよく考えた感じか。
但し、改造に関しては半端ない。
エンジンは完全に換装して2000馬力のモーターエンジンだ。
おい、F1マシンの倍もあるぞ!
それに伴って足回りも強化され、時速800キロ以上をひねり出すらしい。
どういうことか、俺には分からん。
それ以上に武装が凶悪で、レールガンや荷電粒子砲、それに「花岡」の技を疑似的に出す砲塔まであるらしい。
そんなもの、俺には扱えん。
扱えないのだが、搭載した量子コンピューターが万事やってくれるとのことだった。
それにバディの轟にも扱えるそうだ。
そもそも時速800キロなんて、俺には無理だ。
轟の武装も装備されていて、専用の《スズメバチ》というものまで入っている。
防御も物凄くて、銃弾やライフル弾はおろか、ミサイル攻撃にも耐えられるらしい。
まあ、攻撃力が半端ないので、攻撃されることも稀だろうとトラは言っていたが。
俺がドンパチに関わることはあまりないとは思うが、トラが「アドヴェロス」の任務の危険性を考えてくれているのは分かる。
俺が誘拐されたことを、本気で悔やんでいる。
アルファードは今は俺が運転しているが、パワーが有り余っていることが実感として感じられた。
ちなみに轟の方が運転は上手く出来る。
《「虎」の軍法》によって、デュールゲリエの認可が広く行き渡っているので法的にも問題ない。
轟はドライブ中にも、適度に俺に話し掛けて来る。
今回の捜査のことはもちろん、日常会話的な内容もある。
それが、俺がうっとうしく思わないタイミングと程度に話されていることが分かる。
何日か轟を連れて歩いている間に、俺は轟のことを相棒として信頼するようになった。
轟とは思ったよりも早く打ち解けることが出来た。
「佐野さん、お昼はどうしますか?」
「現地に行ってから、その後でだな」
「そうですか。大崎で美味しいお店を探しましょうか?」
「おう、頼むわ。蕎麦がいいかな」
「分かりました」
轟は俺の行動パターンをすぐに把握し、俺のためにいろいろ考えてくれるようになった。
そうすることが自分自身も嬉しいのだと、俺もすぐに分かった。
今も嬉しそうにPCを操って検索を始める。
本当は自分内部の機能で出来るのだろうが、俺のために分かり易い方法でやっている。
そういう気遣いをするのだ。
時折、見つけた店などを俺に聞いて来る。
俺も気軽に会話が出来た。
自分に評価を求めるとかではなく、俺のために何かをするという心が感じられる。
大崎駅の前まで来た。
近年再開発が急ピッチに進んでいるが、駅から離れると昔の東京の面影が残っている。
いよいよ、敵の本拠地が近い。
エレベーターは無く、4階まで階段で昇って行く。
だから、安い店が多い。
新宿で飲みたがる連中の中でも、安く済ませたい奴らと、人目を憚る連中が集まる。
歌舞伎町にはよくあるビルだ。
ここに俺の情報屋の一人が、よく使う店があるのだ。
普段は別な人間が経営しているが、俺に情報を渡す時だけ、情報屋が借り切って使う。
その情報屋・榊は、刑事時代の先輩から引き継いだ。
異動で新宿署に配属された先輩が付き合って来た人間だ。
榊は、新宿の様々な情報を握っている中で、特にヤクザ関連に強い。
新宿に集まる酔客から、巧みに情報を抜いて来る。
一見風采の上がらない初老の男だが、非常にキレる奴だ。
俺は轟と店のドアを潜った。
榊は誰もいないカウンターで水割りを飲んでいた。
「よう、榊」
「佐野さん! そちらの激マブの人は誰ですか?」
「俺の相棒の轟だ。こいつは信頼出来る」
「そうですか。でも、そんなにお綺麗なのに、なんで刑事なんか?」
「轟です。私は佐野さんの相棒になるために生まれたんです」
「え! 佐野さんのコレですかい!」
榊は小指を立てて笑っていた。
「おい、冗談じゃねぇ! こいつとは本当に相棒の関係だけだ!」
「ウフフフフ」
轟も冗談で言っただけだ。
まあ、真実なのだが。
不思議なもので、冗談以外の何物にも聞こえない言葉が、真実を含むと深みを増す。
榊も何かを感じたのだろう。
すぐに轟を信頼してくれた。
「まったく羨ましいですねぇ。私もこんな美人と一度でいいから歩いてみたいですぜ」
榊が俺に何か飲むかと聞いてくる。
「トマトジュースを頼む。轟は何もいらない」
榊は黙ってカウンターの中へ入り、トマトジュースをコップに注いだ。
轟の前には水を置く。
轟は自然な動作で俺の飲み物を見ていた。
多分、毒物などの混入を調べているのだろう。
恐らく、店に入った瞬間に走査し、隠れている人間や盗聴器の類を調べているはずだ。
「あいつらの情報が入ったんだって?」
「ええ」
外道会の名前は出さない。
俺には盗聴器などは分からないので、普段から会話には気を付けている。
榊が角2サイズの封筒を俺に寄越した。
「元は古い紡績工場だったようです。ある暴力団が持ち主から掻っ攫って、今は連中が」
「そうか」
「飲みに来た奴からヤサを聞きましてね。いつもの勘で調べたら当たりでしたぜ」
「ありがとうな」
榊には不思議な勘があった。
必要最小限のことから、その勘に従って調べて行く。
そういうスタイルの情報屋なので、自分は滅多にドジを踏まない。
「高い塀を作ってます。出入りを張っていると、何人か外道会の知ってる奴の顔を見ました。表の看板は資材倉庫のようですが、「北海道」以来、大型の車両が頻繁に出入りしてます。それと、大量の肉が運び込まれてるようで。どうにも資材倉庫じゃなさそうですね」
「分かった。調べてみるよ」
俺は内ポケットから封筒を出して榊に渡した。
榊はすぐに中を調べる。
「へ、こんなにですかい!」
「ああ、いつも助かってる」
「ヘヘヘヘヘ」
200万円入っている。
情報屋へ渡す金額としては破格だ。
「旦那からはいつも沢山いただいちゃって」
「お前には世話になってるからな」
「これからも頑張りますぜ」
「ああ、頼むよ」
榊が嬉しそうに封筒をポケットに仕舞った。
俺はトマトジュースを呑み干し、店を出ようとした。
「佐野さん」
後ろで榊が呼び止めた。
「なんだ?」
「轟さん、いい人ですね」
「なに?」
「ここに来る前に、女の子を助けてやったでしょう」
「!」
「目立たない方がいいのにさ。見ないフリをしない」
「そうだな」
「いい人だ」
「そうだな」
榊はきっと俺たちをどこかから見張っていた。
仲間かもしれない。
俺が轟を連れていたので警戒していたのだろう。
それだけ注意深い人間でなければ、新宿の情報屋として長く生きて行けない。
「轟さん、また」
「はい、よろしくお願いいたします」
二人で店を出た。
「佐野さん、見張られていたんですね」
「そのようだな」
「私、やっぱり余計なことをしたんでしょうか?」
轟が俺に聞いて来た。
デュールゲリエというのは、独自の判断で動く。
それは非常に合理的で正しい判断のはずだった。
しかし、それだけではない。
常に人間に寄り添い、人間の感情や思考を気にしているのだ。
乾さんのディディを見ていて、そういうことが分かっている。
「お前はいい相棒だよ」
「そうですか!」
「ああ。これからも宜しくな」
「はい!」
轟が嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、俺は本当に最高の相棒と出会ったのかもしれないと思った。
困っている人間を見て放っておけない。
助けても何も相手に求めない。
いつだって誰かのことを思っている。
そして相手の役に立ったと思うと、嬉しそうに笑いやがる。
トラみたいだ。
俺は轟と一緒に大崎郊外の資材倉庫へ向かった。
乗っている車は、これもまたトラが用意してくれたアルファードの改造車だ。
最初はハンヴィのごついタイプを考えていたようだが、俺が一般人と接する機会が多いことを考慮してくれた。
まあ、トラにしてはよく考えた感じか。
但し、改造に関しては半端ない。
エンジンは完全に換装して2000馬力のモーターエンジンだ。
おい、F1マシンの倍もあるぞ!
それに伴って足回りも強化され、時速800キロ以上をひねり出すらしい。
どういうことか、俺には分からん。
それ以上に武装が凶悪で、レールガンや荷電粒子砲、それに「花岡」の技を疑似的に出す砲塔まであるらしい。
そんなもの、俺には扱えん。
扱えないのだが、搭載した量子コンピューターが万事やってくれるとのことだった。
それにバディの轟にも扱えるそうだ。
そもそも時速800キロなんて、俺には無理だ。
轟の武装も装備されていて、専用の《スズメバチ》というものまで入っている。
防御も物凄くて、銃弾やライフル弾はおろか、ミサイル攻撃にも耐えられるらしい。
まあ、攻撃力が半端ないので、攻撃されることも稀だろうとトラは言っていたが。
俺がドンパチに関わることはあまりないとは思うが、トラが「アドヴェロス」の任務の危険性を考えてくれているのは分かる。
俺が誘拐されたことを、本気で悔やんでいる。
アルファードは今は俺が運転しているが、パワーが有り余っていることが実感として感じられた。
ちなみに轟の方が運転は上手く出来る。
《「虎」の軍法》によって、デュールゲリエの認可が広く行き渡っているので法的にも問題ない。
轟はドライブ中にも、適度に俺に話し掛けて来る。
今回の捜査のことはもちろん、日常会話的な内容もある。
それが、俺がうっとうしく思わないタイミングと程度に話されていることが分かる。
何日か轟を連れて歩いている間に、俺は轟のことを相棒として信頼するようになった。
轟とは思ったよりも早く打ち解けることが出来た。
「佐野さん、お昼はどうしますか?」
「現地に行ってから、その後でだな」
「そうですか。大崎で美味しいお店を探しましょうか?」
「おう、頼むわ。蕎麦がいいかな」
「分かりました」
轟は俺の行動パターンをすぐに把握し、俺のためにいろいろ考えてくれるようになった。
そうすることが自分自身も嬉しいのだと、俺もすぐに分かった。
今も嬉しそうにPCを操って検索を始める。
本当は自分内部の機能で出来るのだろうが、俺のために分かり易い方法でやっている。
そういう気遣いをするのだ。
時折、見つけた店などを俺に聞いて来る。
俺も気軽に会話が出来た。
自分に評価を求めるとかではなく、俺のために何かをするという心が感じられる。
大崎駅の前まで来た。
近年再開発が急ピッチに進んでいるが、駅から離れると昔の東京の面影が残っている。
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