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 3月初旬。
 俺は盛岡の石神家に来ていた。
 いつものように虎白さんたちと鍛錬をした。
 そしていつものように、墓参りをする。
 いつからか虎蘭が気付いて一緒に付いて来るようになった。
 虎葉さんの墓参りだ。

 石神家の虎葉さんは、北アフリカでの戦いで戦死された。
 突然現われた《地獄の悪魔》の攻略を見出すために「見切り戦」をしたためだ。
 両腕から途轍もないエネルギー波を放つ奴で、防御のしようが無かった。
 虎葉さんは「連山」で突っ込み、身体が四散した。
 俺たちはなるべく遺体を回収したが、ついに頭部は見つからなかった。
 恐らく、真っ先に粉々になって飛び散ったのだろう。
 ご立派な、荘厳な最期だった。
 俺は虎葉さんの墓前で手を合わせ、般若心経を唱えた。

 「高虎さん、いつもすみません」
 「いや、俺の役目だ。俺がお前たちを死地へ誘っている。勇敢に戦って死んだ人間には、俺はこんなことしか出来ない」
 「はい」
 「虎蘭。お前は虎葉さんの遺志を継いでいるな」
 「もちろんです」
 「いつか死ぬな」
 「はい、本望です」

 俺は何も答えなかった。
 虎葉さんの命も、虎蘭の命も、本人だけのものだ。
 それが俺には分かっている。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「業」に接近しつつあった中国に、三合会の交代劇が一石を投じた形になった。
 三合会の中で最大派閥であった者たちが「業」と連携していたが、「虎」の軍によって粛清されたことで、新たな派閥が三合会を掌握することになった。
 それによって中国の裏社会の構造が激変し、それに伴って政治家たちにも波紋が走った。
 現行の主席一派はやはり「業」に接近しようとしていたが、反対勢力が盛り返し、政治的にも不安定になっている。
 その潮流はやがて現行の主席一派を押しのけて、新たに「虎」の軍に協力する動きを招いていた。
 まあ、まだまだ不安定なのだが。
 今、外交特務官のウィルソンが交渉し、同時にジャングル・マスターが世論を操作している。
 
 その成果もあって、これまでの「業」との連携の代償として、「虎」の軍に西安の割譲が認められることになった。
 まだ正式な調印はかわされていないが、確実なこととして俺たちも動き始めた。
 西安の視察に皇紀が赴き、その護衛を聖に頼んだ。
 大分ヤバい状況だからだ。
 「業」は中国との連携を望んでいただろうし、そのために何か仕掛けて来る可能性は高かった。
 その流れを理解し、聖は「セイントPMC」の精鋭を皇紀のために動かし、万全の態勢で西安に向かった。

 西安はユーラシア大陸の交通の要に位置する。
 古くから栄えて来た都市が、そのまま地理的条件で今も要衝となっているのだ。
 中国政府がこの土地に「虎」の軍の軍事基地の建設を認めるということは、概ね大勢は決したと見ていい。
 もちろん、まだ油断するつもりはなく、不安定な中国政府の政情を見守っていくしかない。
 しかし、「虎」の軍の強さは思い知っているので、俺は楽観視していたのだが。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 3月の下旬。
 僕たちは西安に向かった。

 「聖さん、今回は宜しくお願い致します」
 「おう、皇紀。ちょっと面倒な土地だからな。ガードは任せろ」
 「はい! お願いしますね!」

 聖さんがいるのなら、どんな事態でも大丈夫だ。
 これまでも何度も予想外のことが起きて来た基地選定だけど、今回は僕も安心していた。
 タカさんに並んで、「虎」の軍の中で聖さんほど頼りになる人はいない。
 僕と風花さんの結婚式での、タカさんと聖さんのエキシビション仕合は今でも語り草だ。
 世界最強の二人と言っていいだろう。
 聖さんは通常の「レーヴァテイン」などの他に、固有武器「聖光」と「散華」を携帯していた。
 ならば、本当に安心だ。

 中国政府が指定して来たのは、西安の西側の山岳地帯に近い場所だった。
 もちろん人家や建物などは周辺に無い。
 山林を切り開いてのことになるけど、それは問題ない。
 タカさんがクロピョンに頼めば一瞬だ。
 タカさんと話し合って、ここがアジアの中心的な軍事基地になることを期している。
 地理的にアジア全体をカバー出来る絶好の位置になる。
 タカさんは、こうやってそれぞれの地域にそういう中心的な拠点を創ろうと考えていた。
 アジアは西安、ヨーロッパはフランス、アメリカはニューヨークだけど、まあアラスカが近い。
 南アメリカはまだ未定、アフリカも同じだ。
 どちらもまだ政情が不安定で、結構な激戦区となりつつある。
 今後は「虎」の軍の出動も増えるだろう。
 《ハイヴ》もあちこちにあるのだ。
 西安はトルコのパムッカレ基地と連携することになりそうだ。
 南はフィリピンのマニラ基地がある。
 
 フランスはイサさんの一件で完全にタカさんに降伏している状態だ。
 今、外交官のウィルソンさんがパリのどこかに広大な土地を交渉している。
 流石にパリ近郊は難色を示してはいるけど、多分タカさんの要求が通るだろう。

 僕たちは総勢30人とデュールゲリエ20体で「タイガーファング」に乗り込み、西安に向かった。





 現地で中国政府が用意した「タイガーファング」の発着スペースに降り、そのまま「レッドオーガ」と「ファブニール」で基地候補地へ向かった。
 僕は「ファブニール」の中で、聖さんは「レッドオーガ」を運転している。
 僕のことは「セイントPMC」の皆さんが気さくに接してくれ、車内でもいろいろな話をした。
 僕の戦闘力については、先日のマニラ基地でのことが伝えられており、みんな興味深く質問して来た。

 「《城砦》というのは、どれほど防御力があるんだ?」
 「そうですね、上級妖魔であればほぼ。《地獄の悪魔》ならば3割はと思いますけど、半分以上は突破されるでしょうね」
 「でも大したものだ。じゃあ、何が来ても《城砦》が展開されれば少しは時間が稼げるということか」
 「まあ、そう思っていただければ。でも今回は聖さんがいるんで、本当に何が来ても大丈夫ですよ」
 「まあ、違ぇねぇ!」

 みんなで笑った。
 今、こうしている間にも聖さんはあの超感覚で周囲を警戒してくれている。
 僕たちは本当に安心して走行していた。
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