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白い少女

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 「ルーさん! お待ちしておりました!」

 研究所に着くと、もう蓮花さんが待ち構えるように玄関に立っていた。
 一刻も早く憑依された人たちを救いたいのだ。
 もちろん、まだ「Ωカメムシ」が憑依を解く効果があるのかは全く分からない。
 でも、蓮花さんはどんなに小さな可能性も試したいと思ってる。
 みんな必死なんだ。
 タカさんも蓮花さんも、どうしても犠牲になった人たちを助けたいと思ってる。
 蓮花さんなんて、寝てないのがすぐに分かった。
 犠牲者の方々を助けてあげたくて、とても寝ていられないんだろう。
 食事もおろそかにしてる。
 随分と痩せて顔色も悪い。

 「Ω」の研究施設の中に入り、翅を削る装置の電源を入れた。
 私が「Ωカメムシ」の翅を取って蓮花さんに渡した。
 「Ωカメムシ」はすぐにケースに入れて冷凍する。

 特殊なグラインダーに掛けて翅から粉末を作って行く。
 毒性検査の機械を通して、人体に有害な成分が無いか解析した。
 検査をクリアして、ラットに飲ませる。
 
 「半数が死ぬまで観察です」
 「LD50だね!」
 「はい」

 ラットの半分が死ぬまで観察する毒性検査がLD50だ。フグ毒のテトロドトキシンで0.017mg/㎏、お砂糖で15000mg/㎏だ。
 私は後の検査をお任せして、家に帰った。
 その後、すぐにLD50の結果が出て毒性が無いことが分かった。
 蓮花さんは釧路平原から何人か連れて来ていた人たちに、「Ωカメムシ」の粉末を飲ませた。
 劇的な効果があり、みんなが喜んだ。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 

 「Ωカメムシ」の効能が確認され、俺も安堵していた。
 数日後に俺が蓮花に呼ばれて研究所まで行くと、やせ細って鉛色の顔をした蓮花が出迎えた。
 思った通りの状態だった。

 「石神様、お待ち申し上げておりました」
 「てめぇ!」
 「はい?」
 「何度言わせやがんだぁ! おい、まずは飯だ! それから寝るぞ!」
 「石神様! 今はとても!」
 「うるせぇ! 世界が終わっても飯食って寝るぞぉ!」
 「!」

 蓮花の方が酷いが、ジェシカも相当だ。
 多分、他に携わっている研究員も同じだろう。
 成果をまずはと言う蓮花を引っぱたいて食事にした。
 俺が作る。
 消化の良い食べ物をと思い、野菜カレーを作り、自然薯をすりおろした。
 蓮花たちに食べさせ、その後で風呂に入り寝かせた。
 俺に何度も早く見せたいと言う蓮花だったが、湯船に浸かった段階でもう眠っていた。
 ジェシカも一緒に寝ていた。
 このバカ共が。
 二人を担ぎ上げ、身体を拭いてそれぞれの部屋で寝かせる。
 蓮花もジェシカも、量子AI《ロータス》が他の人間が部屋に入れないようにしているが、俺はもちろん別だ。
 裸のままベッドに入れて、俺は自分で研究成果を見た。
 《ロータス》がいるので、それほど迷うことは無い。

 まず毒性はほとんどない。
 砂糖よりも安全だ。
 それは「Ω」や「オロチ」の粉末と変わらない。
 そして肝心の体内の妖魔を取り除く効果だが、劇的なものがあった。
 これは通信では俺にも蓮花は明かさなかった。
 俺たちの最重要機密の一つになるためだ。
 蓮花は俺の期待以上に綿密に検証を行なっていた。
 憑依した妖魔の分類から使用した「Ωカメムシ」の粉末の量の組み合わせまで、あらゆる可能性を試していた。
 そして更に「Ω」や「オロチ」の粉末との相乗効果まで。
 これで間接的にだが、「Ω」や「オロチ」は人間にだけ効能があることも分かった。
 妖魔が活性化すれば、憑依の解除も難しくなるはずだが、人体にのみ効能を示し、逆に憑依の解除が進むようだった。
 解除された妖魔は死ぬ。
 そのことも、大きな成果だった。

 今回の約2万人の犠牲者だが、蓮花が処方量を測り、子どもたちが開発した「Ωカメムシ」の分量で賄えそうだった。
 俺は不足を心配していたのだが、蓮花が有用な最小量を割り出してくれていたので助かった。
 もちろん、今後「Ωカメムシ」は量産していく。
 俺たちの戦いに絶対に必要な資源となった。

 20時間後、蓮花もジェシカも目覚めた。
 




 二人をまた風呂に入れ、意識を明晰にさせた。

 「石神様、申し訳ございません」
 「ほんとだぜ。お前、あれだけ無理は絶対にするなって言ってたのによ」
 「はい、本当にその通りでございます」
 「無理したら研究から外すと言ってたよな?」
 「いえ、それはご勘弁下さい」
 「じゃーもうやるなよな!」
 「はい!」

 ジェシカもうつむいている。

 「ジェシカよー! お前はお目付け役だろうが」
 「はい、申し訳ありません」
 「まったくよ! お前まで巻き込まれて何やってんだ」
 「はい、本当にその通りです」
 
 もちろん、二人の気持ちは分かる。
 北海道で大量の犠牲者が出て、しかも彼らにどれほどの時間が残されているのか分からなかったのだ。
 2万人の犠牲者はタマによって眠らされていた。
 タマの能力で憑依した妖魔も活動を停止させられているが、それもどこまで有効かは分からない。
 そういう中で、蓮花とジェシカは何としても犠牲者たちを救おうとしていたのだ。
 俺は叱りはしたが、本心では頭が下がるばかりだった。

 そして二人は確実な成果を出した。
 もう実用で使えるレベルまでのものだ。
 早速人員を増やして「Ωカメムシ」の翅を取り、粉末を作って行った。
 2万人の犠牲者と、佐野原稔が憑依から助かった。

 幾分精気を取り戻した蓮花に聞いた。

 「お前、稔が《白い少女》を見たと言っていたな?」
 「はい! 不思議な話なのですが、稔君の病室に現われたのだと」
 「《ロータス》の映像は?」
 「一瞬だけ! 0.01秒です。それで稔君の話を信じてみようかと」
 「そうか。まあ、今はその話は後だ。すぐに臨床に入るぞ!」
 「はい!」

 俺たちは釧路平原の犠牲者たちへ処方するために、「Ωカメムシ」の粉末を作って行った。
 その内容は極秘事項になるため、俺や蓮花、ジェシカなどの少ない人数での作業となった。
 俺たちは嬉々として作業を進めた。
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