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流れ星 Ⅱ
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衛星軌道に無事に到達し、ソユーズXXが水平飛行に移った。
ズヴェダに近づき、繊細な機体操作でドッキングした。
百回以上訓練でこなした項目だからこそ、スムーズに全員が作業を成功させた。
今回の任務の中で、最も高い技術を要する部分だった。
それだけに、成功した時には全員で安堵した。
「やっとここまで来たな」
三人で喜び、ソユーズXXび酸素タンクをズヴェダにつないだ。
しばらく、ズヴェダ内の空気の組成が安定するのを待った。
私は興奮する自分を抑えきれない衝動に駆られた。
いよいよ、という期待なのだろうが、何か外から自分の中へどんどんと入り込んで来る感覚すらあった。
オレグとヴィクトールも興奮しているのが分かる。
ズヴェダの気体表示計が安全圏を示し、私たちはハッチを開いてズヴェダへ移動した。
本物の無重力空間が俺たちを高揚させた。
一応、三人とも宇宙服を着ていたが、空気を何重にも確認してからヘルメットを外した。
「さて、じゃあこれから……」
言い掛けた私の身体が膨張した。
「なんだ!」
オレグとヴィクトールも同じく慌てていた。
二人の身体は風船のように膨れ上がり、宇宙服を細切れに破りながら船室を覆って行く。
もう私も声を出すことは出来ず、ただ事態に流されるしかなかった。
苦しみはなかった。
むしろ、自分が何か拡大していくことが快感になっていた。
やがて膨れ上がった私たちは船室を満たし、触れ合った身体が互いの意識を共有した。
「「「すばらしい!」」」
自分たちがまったく新たな存在になっていくことを感じていた。
声には出せなかったが、三人でその歓喜に浸っていった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
目標にある程度近づくと、俺にも感じられた。
宇宙ステーションの内部で、何かが拡大している。
非常に嫌な気配だ。
俺はイリスの背の上で「虎王」を抜いた。
《光緋!》
「虎王」から放たれた赤い螺旋の光が宇宙ステーションに向かって行く。
螺旋は宇宙ステーションの外装を破壊し、内部で激しい光を生じさせ爆発した。
嫌な気配が消えた。
「中にいたものは滅したな」
「ああ、もう何もいない」
爆発の衝撃からか、宇宙ステーションがゆっくりと動いて行き、やがて地上へ向かって落下して行った。
大気圏に突入し、激しく赤く燃えて行く。
ちょっと不安になったので、イリスに聞いた。
「あれ、大丈夫かな」
「さあ」
「おい、地上に激突しない?」
「知らない」
「……」
こいつ。
一応「虎王」で何度か落下する宇宙ステーションを斬り裂いた。
大きな塊が3つあったが、加速度が増大したでのこれ以上追うのは無理そうだった。
「これでいいだろう」
「知らない」
「……」
俺たちは地上へ戻った。
俺も知らないもん。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「あ! なんだあれ!」
キリールは暇さえあれば毎日空を見上げていた。
夕飯を終えて、また空を見ていたようだ。
「ポリーナ! ほら、見て」
「なあに?」
キリールと一緒に窓から空を見上げた。
3つの激しく輝く光が見えた。
「あ! なんだろうね? 流れ星?」
「火球かな! あんなに凄いのは初めて見たよ!」
「私もよ!」
一緒に火球が消えるまで眺めていた。
最初は激しく燃えていたが、段々と小さくなり、見えなくなった。
「あーあ、燃え尽きちゃった」
「そうなの?」
キリールは、隕石などが大気圏に突入すると空気との摩擦で燃えるのだと教えてくれた。
「地上にぶつかる前に、ほとんどは燃え尽きちゃうんだよ」
「そうなの。よく知ってるわね」
「うん! 僕は宇宙飛行士の息子だからね!」
嬉しそうに笑うキリールの頭を撫でて抱き締めた。
1週間後、信じられない話を聞いた。
二人の航空宇宙局の人間が、突然訪ねて来た。
キリールに直接話があるのだと言われた。
私がキリールの車椅子を押して、応接室に入った。
二人はキリールに敬礼した。
「キリール・イワノフ殿。貴殿の父親ダニール・イワノフ准将は1週間前の4月14日に戦死なさいました」
一人の男が、中佐階級であったダニールが、今回の勇敢な戦死により二階級特進となったことを告げた。
「戦死? お父さんは宇宙に行っていたはずですが!」
航空宇宙局の二人は驚き、顔を見合わせていた。
キリールが父親の任務を知っているとは思っていなかったのだろう。
「貴殿は御存知だったのですね?」
「はい。詳しいことは何も聞いていませんが、宇宙飛行士として任務に就いたと」
「そうですか。確かにそうなのです。ですが、宇宙空間で「虎」の軍により攻撃されたのです」
「「虎」の軍……」
初めて聞いた。
キリールも知らなかったようだ。
「我がロシアを敵視したテロリストです。これまでも幾度か攻撃を受け、今の資源不足も「虎」の軍による物資の強奪なのです」
「そんなテロリストがいるのですか!」
「はい。もちろん我がロシア軍も「虎」の軍を何度も撃退しています。いずれ必ず勝利し、平和を取り戻すことが出来るでしょう」
「「虎」の軍に父は殺されたんですね!」
「そうです。本当に卑劣な連中です。平和目的で宇宙開発に取り組んでいたイワノフ准将を酷い方法で」
「絶対に許せない!」
キリールは泣くよりも、激しい怒りに身体を震わせていた。
航空宇宙局の人間が、私に席を外すように言った。
これから機密の話をキリールにするということだった。
3時間も三人で話していた。
キリールは落ち着いていたが、私を見て言った。
「ポリーナ、僕は航空宇宙軍に入るよ」
「何を言っているの! あなたは足が……」
「大丈夫。軍の方で僕の足を元に戻してくれるんだ。それに僕はお父さんの子だから、強い力を……」
「え?」
航空宇宙局の人間が、キリールの言葉を遮った。
「ポリーナさん、それ以上はお話し出来ません。ですが、キリール君をお預かりし、必ず優秀な兵士にいたします」
「いえ、キリールは……」
キリールの眼を見て言葉を喪った。
もう、自分には止められないことが分かった。
キリールは愛らしい少年では無くなっていた。
この短い時間の間に、何百年も経た何か不思議なものになっていた。
二日後。
航空宇宙局の別な人間が来て、キリールを連れ出した。
どこへ行くとも聞かされなかった。
私は何も出来なかった。
私はあの愛らしい、父親が大好きなキリールが、何か恐ろしいモノになってしまうのではないかと、漠然と思った。
でも、そういうことも私には分からなかった。
ただ、キリールのために祈った。
ズヴェダに近づき、繊細な機体操作でドッキングした。
百回以上訓練でこなした項目だからこそ、スムーズに全員が作業を成功させた。
今回の任務の中で、最も高い技術を要する部分だった。
それだけに、成功した時には全員で安堵した。
「やっとここまで来たな」
三人で喜び、ソユーズXXび酸素タンクをズヴェダにつないだ。
しばらく、ズヴェダ内の空気の組成が安定するのを待った。
私は興奮する自分を抑えきれない衝動に駆られた。
いよいよ、という期待なのだろうが、何か外から自分の中へどんどんと入り込んで来る感覚すらあった。
オレグとヴィクトールも興奮しているのが分かる。
ズヴェダの気体表示計が安全圏を示し、私たちはハッチを開いてズヴェダへ移動した。
本物の無重力空間が俺たちを高揚させた。
一応、三人とも宇宙服を着ていたが、空気を何重にも確認してからヘルメットを外した。
「さて、じゃあこれから……」
言い掛けた私の身体が膨張した。
「なんだ!」
オレグとヴィクトールも同じく慌てていた。
二人の身体は風船のように膨れ上がり、宇宙服を細切れに破りながら船室を覆って行く。
もう私も声を出すことは出来ず、ただ事態に流されるしかなかった。
苦しみはなかった。
むしろ、自分が何か拡大していくことが快感になっていた。
やがて膨れ上がった私たちは船室を満たし、触れ合った身体が互いの意識を共有した。
「「「すばらしい!」」」
自分たちがまったく新たな存在になっていくことを感じていた。
声には出せなかったが、三人でその歓喜に浸っていった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
目標にある程度近づくと、俺にも感じられた。
宇宙ステーションの内部で、何かが拡大している。
非常に嫌な気配だ。
俺はイリスの背の上で「虎王」を抜いた。
《光緋!》
「虎王」から放たれた赤い螺旋の光が宇宙ステーションに向かって行く。
螺旋は宇宙ステーションの外装を破壊し、内部で激しい光を生じさせ爆発した。
嫌な気配が消えた。
「中にいたものは滅したな」
「ああ、もう何もいない」
爆発の衝撃からか、宇宙ステーションがゆっくりと動いて行き、やがて地上へ向かって落下して行った。
大気圏に突入し、激しく赤く燃えて行く。
ちょっと不安になったので、イリスに聞いた。
「あれ、大丈夫かな」
「さあ」
「おい、地上に激突しない?」
「知らない」
「……」
こいつ。
一応「虎王」で何度か落下する宇宙ステーションを斬り裂いた。
大きな塊が3つあったが、加速度が増大したでのこれ以上追うのは無理そうだった。
「これでいいだろう」
「知らない」
「……」
俺たちは地上へ戻った。
俺も知らないもん。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「あ! なんだあれ!」
キリールは暇さえあれば毎日空を見上げていた。
夕飯を終えて、また空を見ていたようだ。
「ポリーナ! ほら、見て」
「なあに?」
キリールと一緒に窓から空を見上げた。
3つの激しく輝く光が見えた。
「あ! なんだろうね? 流れ星?」
「火球かな! あんなに凄いのは初めて見たよ!」
「私もよ!」
一緒に火球が消えるまで眺めていた。
最初は激しく燃えていたが、段々と小さくなり、見えなくなった。
「あーあ、燃え尽きちゃった」
「そうなの?」
キリールは、隕石などが大気圏に突入すると空気との摩擦で燃えるのだと教えてくれた。
「地上にぶつかる前に、ほとんどは燃え尽きちゃうんだよ」
「そうなの。よく知ってるわね」
「うん! 僕は宇宙飛行士の息子だからね!」
嬉しそうに笑うキリールの頭を撫でて抱き締めた。
1週間後、信じられない話を聞いた。
二人の航空宇宙局の人間が、突然訪ねて来た。
キリールに直接話があるのだと言われた。
私がキリールの車椅子を押して、応接室に入った。
二人はキリールに敬礼した。
「キリール・イワノフ殿。貴殿の父親ダニール・イワノフ准将は1週間前の4月14日に戦死なさいました」
一人の男が、中佐階級であったダニールが、今回の勇敢な戦死により二階級特進となったことを告げた。
「戦死? お父さんは宇宙に行っていたはずですが!」
航空宇宙局の二人は驚き、顔を見合わせていた。
キリールが父親の任務を知っているとは思っていなかったのだろう。
「貴殿は御存知だったのですね?」
「はい。詳しいことは何も聞いていませんが、宇宙飛行士として任務に就いたと」
「そうですか。確かにそうなのです。ですが、宇宙空間で「虎」の軍により攻撃されたのです」
「「虎」の軍……」
初めて聞いた。
キリールも知らなかったようだ。
「我がロシアを敵視したテロリストです。これまでも幾度か攻撃を受け、今の資源不足も「虎」の軍による物資の強奪なのです」
「そんなテロリストがいるのですか!」
「はい。もちろん我がロシア軍も「虎」の軍を何度も撃退しています。いずれ必ず勝利し、平和を取り戻すことが出来るでしょう」
「「虎」の軍に父は殺されたんですね!」
「そうです。本当に卑劣な連中です。平和目的で宇宙開発に取り組んでいたイワノフ准将を酷い方法で」
「絶対に許せない!」
キリールは泣くよりも、激しい怒りに身体を震わせていた。
航空宇宙局の人間が、私に席を外すように言った。
これから機密の話をキリールにするということだった。
3時間も三人で話していた。
キリールは落ち着いていたが、私を見て言った。
「ポリーナ、僕は航空宇宙軍に入るよ」
「何を言っているの! あなたは足が……」
「大丈夫。軍の方で僕の足を元に戻してくれるんだ。それに僕はお父さんの子だから、強い力を……」
「え?」
航空宇宙局の人間が、キリールの言葉を遮った。
「ポリーナさん、それ以上はお話し出来ません。ですが、キリール君をお預かりし、必ず優秀な兵士にいたします」
「いえ、キリールは……」
キリールの眼を見て言葉を喪った。
もう、自分には止められないことが分かった。
キリールは愛らしい少年では無くなっていた。
この短い時間の間に、何百年も経た何か不思議なものになっていた。
二日後。
航空宇宙局の別な人間が来て、キリールを連れ出した。
どこへ行くとも聞かされなかった。
私は何も出来なかった。
私はあの愛らしい、父親が大好きなキリールが、何か恐ろしいモノになってしまうのではないかと、漠然と思った。
でも、そういうことも私には分からなかった。
ただ、キリールのために祈った。
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