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流れ星
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「キリール、ついにお父さんは宇宙飛行士になれるぞ!」
「ほんとう!」
宇宙飛行士の訓練課程を終え、今朝正式に次回のソユーズXXの打ち上げに搭乗する指令書を受けた。
しばらく頓挫していたロケットの久しぶりの発射だった。
まだ機密扱いのため、息子にも詳細は言えなかったが、宇宙飛行士になることだけは打ち明けてしまった。
詳細な内容は、以前に打ち上げて有人宇宙ステーションとしては半分放棄されていたISS(宇宙ステーション)「ズヴェダ」の改造であった。
軍事基地として使用可能な「ズヴェダ」を、本格的に有人の基地として稼働する目的があった。
12歳の息子のキリールには、まだ機密事項なので他の人間には話すなと言い聞かせる。
頭の良い子どもだから、きっとそうしてくれるだろう。
街のレストランから豪華な食事を取り寄せて祝った。
今は全国的に資源不足が続き、どこの家庭も厳しい時代だ。
レストランは特別な階級のみが利用し、うちも地元の名士の家系だったのでこういうことが出来た。
「お母さんもきっと喜んでるよね?」
「そうだな!」
妻は2年前に死んだ。
精神のおかしくなった軍人が街中で暴れ、その犠牲となった。
最近はそういう事件が増えている。
その軍人は即座に軍によって拘束され、連れ去られた。
裁判は行なわれずに、多大な慰謝料が支給されただけだ。
軍の機密に関わることだと告げられた。
私も軍属として、それに逆らうことは無かった。
キリールもその時に被害に遭い、脊髄の損傷により両足が動かない。
そんなキリールの最大の楽しみは、私が宇宙飛行士になることだった。
だから私は懸命に努力し、ついにその資格を得た。
キリールについ話してしまったのは、そういう事情があったからだ。
「またしばらく会えなくなる」
「いいよ! お父さんはいつでもお空にいるんでしょう?」
「そうだよ。お前をずっと見守っているよ」
「うん!」
2週間後から、本格的な訓練課程に入り、そのあと1か月間の宇宙ステーションでの滞在となる。
多分、2ヶ月くらいは息子と会えなくなるだろう。
「ポリーナの言うことをよく聞いてな」
「うん」
ポリーナは妻の妹だ。
妻が死んでキリールが不自由な身体になったことを聞いて、うちに来てくれた。
優しい女性だ。
執事やメイドもいるが、やはり肉親が傍にいたことで、キリールも事件のショックから立ち直ってくれた。
私が本格的に宇宙飛行士を目指したのも、キリールのためだ。
2週間後、私は訓練施設へ向かった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
訓練施設では、全身の検査が行なわれた。
宇宙飛行士の訓練課程でも、何度か徹底的に検査されている。
随分と多いような気もしたが、肉体に万一があってはならない任務だ。
そう思っていた。
ただ、今回は検査だけではなく、体内に薬剤のようなものを注入された。
「栄養剤なのですが、非常に優秀なものです。過酷な宇宙空間においても健康でいられるはずです」
「そうなのですか」
研究員からそう告げられた。
「安全性には万全を期しています。これまでも宇宙飛行士は同様の栄養剤を摂り入れて来ましたが、今回のものはより安全で効果の高いものになりました」
「そうなんですか。ありがとうございます」
確かに、栄養剤を打ってもらった後から、身体が快調になった。
訓練も楽々とこなせる。
新陳代謝が向上したことを、研究員から数値で見せられた。
また、自分でも基礎体力が高まったことを実感した。
握力は120キロにもなり、驚いた。
走る速さも、100メートルで8秒台を出した。
圧巻だ。
「スポーツ選手が使ったら凄いでしょうね」
「アハハハハ、まあ、ドーピング剤として判断されるでしょう」
「ああ、そうですか」
「身体に危険はないんですけどね。でも人体の能力を格段に向上させるものですから、スポーツの分野では使えないと思います」
「なるほど」
確かにそうか。
他のクルーたちオレグとヴィクトールも、私と同様の効果に驚いていた。
「あっちの方もすげぇのかな?」
「試してみろよ」
「じゃあ、お前ケツを貸せよ!」
「ふざけんな!」
三人で笑った。
二人とも私よりも若い。
私が中佐階級で、二人は少佐だった。
「イワノフ中佐はいかがですか?」
「ああ、むしろ性欲は減退した感じかな」
「ああ、確かに!」
「もっと有意義な方面で活躍したい感じだな」
「はっ! つまらない冗談でした!」
「いや、いいんだよ。しばらくこの三人でやっていくんだ。気楽に行こう」
「「はい!」」
厳しいはずの訓練期間を楽々と終え、私たちはいよいよソユーズXXの搭乗となった。
キリールには連絡出来なかったが、帰還すれば幾らでも話せる。
息子に話すべきことを増やそうと、私は細かなことも見逃すまいとしていた。
ロケットの秒読みが始まり、轟音と共に飛び立つ瞬間に興奮した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「タカさーん! イリスが来てるよー!」
「おう?」
ハーに呼ばれ、庭に出た。
花見が終わり、少しのんびりしていた頃だ。
イリスが天馬の姿のままでいた。
「おい、どうした?」
「主よ、天の王から言われて来た」
「ああ、どうしたんだ?」
「地球の上空で、厄介な妖魔が生まれた」
「なんだと!」
「今はまだ小さい。しかし、太陽や様々なエネルギーを得て、今後相当に拡大するそうだ」
「そうなのか」
「天の王が、今のうちに滅しておきたいと言っている」
「いや、あいつが動くのはなるべくまだ敵に知られたくない。俺が行こう」
「主が?」
「ああ、前にお前と一緒ならば宇宙空間でも大丈夫だっただろう」
「いや、主は最初から大丈夫だ」
「ちがーう! 俺は人間だから宇宙空間はまずい!」
「ワハハハハハハハ!」
「笑うんじゃねぇ!」
俺は「虎王」を腰に差した。
ハーに他の子どもたちに事情を説明しておくように言い、空へ飛んだ。
「今度の奴は、外のエネルギーを取り込めるということか」
「そうだ。ただ、地上では難しい」
「どうしてだ?」
「地上には様々な「理」がある。それに縛られて、地上の存在は大規模には拡大出来ない」
「ふーん」
理解は出来なかったが、何となくは納得した。
どこかの惑星となれば、宇宙空間とは違った様々なことがある。
クロピョンやシロピョンのような存在は特別なのだ。
原初の地球で生まれた者だから、あのようなべらぼうな存在になれたのだろう。
地球にはその後に、様々な秩序が出来た。
俺たちはその中にいる。
「主は別だがな」
「俺は人間だ!」
「些細な問題だ」
「大事なことだ!」
話している間に、既に成層圏を抜けていた。
もう呼吸出来ないはずだが、俺は普通にイリスと話している。
人間だが。
「見えて来たぞ」
「ああ」
彼方に、銀色に光るものが見えた。
「ほんとう!」
宇宙飛行士の訓練課程を終え、今朝正式に次回のソユーズXXの打ち上げに搭乗する指令書を受けた。
しばらく頓挫していたロケットの久しぶりの発射だった。
まだ機密扱いのため、息子にも詳細は言えなかったが、宇宙飛行士になることだけは打ち明けてしまった。
詳細な内容は、以前に打ち上げて有人宇宙ステーションとしては半分放棄されていたISS(宇宙ステーション)「ズヴェダ」の改造であった。
軍事基地として使用可能な「ズヴェダ」を、本格的に有人の基地として稼働する目的があった。
12歳の息子のキリールには、まだ機密事項なので他の人間には話すなと言い聞かせる。
頭の良い子どもだから、きっとそうしてくれるだろう。
街のレストランから豪華な食事を取り寄せて祝った。
今は全国的に資源不足が続き、どこの家庭も厳しい時代だ。
レストランは特別な階級のみが利用し、うちも地元の名士の家系だったのでこういうことが出来た。
「お母さんもきっと喜んでるよね?」
「そうだな!」
妻は2年前に死んだ。
精神のおかしくなった軍人が街中で暴れ、その犠牲となった。
最近はそういう事件が増えている。
その軍人は即座に軍によって拘束され、連れ去られた。
裁判は行なわれずに、多大な慰謝料が支給されただけだ。
軍の機密に関わることだと告げられた。
私も軍属として、それに逆らうことは無かった。
キリールもその時に被害に遭い、脊髄の損傷により両足が動かない。
そんなキリールの最大の楽しみは、私が宇宙飛行士になることだった。
だから私は懸命に努力し、ついにその資格を得た。
キリールについ話してしまったのは、そういう事情があったからだ。
「またしばらく会えなくなる」
「いいよ! お父さんはいつでもお空にいるんでしょう?」
「そうだよ。お前をずっと見守っているよ」
「うん!」
2週間後から、本格的な訓練課程に入り、そのあと1か月間の宇宙ステーションでの滞在となる。
多分、2ヶ月くらいは息子と会えなくなるだろう。
「ポリーナの言うことをよく聞いてな」
「うん」
ポリーナは妻の妹だ。
妻が死んでキリールが不自由な身体になったことを聞いて、うちに来てくれた。
優しい女性だ。
執事やメイドもいるが、やはり肉親が傍にいたことで、キリールも事件のショックから立ち直ってくれた。
私が本格的に宇宙飛行士を目指したのも、キリールのためだ。
2週間後、私は訓練施設へ向かった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
訓練施設では、全身の検査が行なわれた。
宇宙飛行士の訓練課程でも、何度か徹底的に検査されている。
随分と多いような気もしたが、肉体に万一があってはならない任務だ。
そう思っていた。
ただ、今回は検査だけではなく、体内に薬剤のようなものを注入された。
「栄養剤なのですが、非常に優秀なものです。過酷な宇宙空間においても健康でいられるはずです」
「そうなのですか」
研究員からそう告げられた。
「安全性には万全を期しています。これまでも宇宙飛行士は同様の栄養剤を摂り入れて来ましたが、今回のものはより安全で効果の高いものになりました」
「そうなんですか。ありがとうございます」
確かに、栄養剤を打ってもらった後から、身体が快調になった。
訓練も楽々とこなせる。
新陳代謝が向上したことを、研究員から数値で見せられた。
また、自分でも基礎体力が高まったことを実感した。
握力は120キロにもなり、驚いた。
走る速さも、100メートルで8秒台を出した。
圧巻だ。
「スポーツ選手が使ったら凄いでしょうね」
「アハハハハ、まあ、ドーピング剤として判断されるでしょう」
「ああ、そうですか」
「身体に危険はないんですけどね。でも人体の能力を格段に向上させるものですから、スポーツの分野では使えないと思います」
「なるほど」
確かにそうか。
他のクルーたちオレグとヴィクトールも、私と同様の効果に驚いていた。
「あっちの方もすげぇのかな?」
「試してみろよ」
「じゃあ、お前ケツを貸せよ!」
「ふざけんな!」
三人で笑った。
二人とも私よりも若い。
私が中佐階級で、二人は少佐だった。
「イワノフ中佐はいかがですか?」
「ああ、むしろ性欲は減退した感じかな」
「ああ、確かに!」
「もっと有意義な方面で活躍したい感じだな」
「はっ! つまらない冗談でした!」
「いや、いいんだよ。しばらくこの三人でやっていくんだ。気楽に行こう」
「「はい!」」
厳しいはずの訓練期間を楽々と終え、私たちはいよいよソユーズXXの搭乗となった。
キリールには連絡出来なかったが、帰還すれば幾らでも話せる。
息子に話すべきことを増やそうと、私は細かなことも見逃すまいとしていた。
ロケットの秒読みが始まり、轟音と共に飛び立つ瞬間に興奮した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「タカさーん! イリスが来てるよー!」
「おう?」
ハーに呼ばれ、庭に出た。
花見が終わり、少しのんびりしていた頃だ。
イリスが天馬の姿のままでいた。
「おい、どうした?」
「主よ、天の王から言われて来た」
「ああ、どうしたんだ?」
「地球の上空で、厄介な妖魔が生まれた」
「なんだと!」
「今はまだ小さい。しかし、太陽や様々なエネルギーを得て、今後相当に拡大するそうだ」
「そうなのか」
「天の王が、今のうちに滅しておきたいと言っている」
「いや、あいつが動くのはなるべくまだ敵に知られたくない。俺が行こう」
「主が?」
「ああ、前にお前と一緒ならば宇宙空間でも大丈夫だっただろう」
「いや、主は最初から大丈夫だ」
「ちがーう! 俺は人間だから宇宙空間はまずい!」
「ワハハハハハハハ!」
「笑うんじゃねぇ!」
俺は「虎王」を腰に差した。
ハーに他の子どもたちに事情を説明しておくように言い、空へ飛んだ。
「今度の奴は、外のエネルギーを取り込めるということか」
「そうだ。ただ、地上では難しい」
「どうしてだ?」
「地上には様々な「理」がある。それに縛られて、地上の存在は大規模には拡大出来ない」
「ふーん」
理解は出来なかったが、何となくは納得した。
どこかの惑星となれば、宇宙空間とは違った様々なことがある。
クロピョンやシロピョンのような存在は特別なのだ。
原初の地球で生まれた者だから、あのようなべらぼうな存在になれたのだろう。
地球にはその後に、様々な秩序が出来た。
俺たちはその中にいる。
「主は別だがな」
「俺は人間だ!」
「些細な問題だ」
「大事なことだ!」
話している間に、既に成層圏を抜けていた。
もう呼吸出来ないはずだが、俺は普通にイリスと話している。
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