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佐野と「アドヴェロス」 Ⅳ

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 早乙女さんが、本当に夕飯まで食べて行ってくれと言った。
 俺も女房も遠慮なくそうさせてもらうことにした。

 早乙女さんたちと、子どもの頃のトラの話をした。
 『虎は孤高に』で早乙女さんたちも随分とトラのことを知っているので、詳細を話すと喜んでくれた。
 早乙女さんからも、「渋谷HELL」や「新宿悪魔」の話を伺った。
 マスコミには流れていない、壮絶な戦いに、俺は驚愕した。

 「昨年は、石神の大事な仲間を救えなくて」
 「え?」
 「槙野健司さんです」
 「「ルート20」一番隊隊長の!」
 「はい、やはりよく御存知ですね」

 早乙女さんは、槙野が巻き込まれた陰惨な事件について俺に話してくれた。
 槙野のことは俺も知っている。
 「ルート20」の特攻隊の中で、一番トラを崇拝していた奴だった。
 本当にトラのことが大好きで、いつも「ルート20」のパレードではトラの傍にいた。
 トラも槙野のことを信頼し、大切にしてた。

 「俺は石神の期待に応えられなかった。そのために、石神の大切な人間を死なせてしまった……」
 「あなた……」

 早乙女さんは本当に辛そうにしていた。
 そういうお方なのだ。

 「だからね、佐野さん。俺はあなたのような捜査の専門家が来てくれて嬉しいんです」
 「いや、俺なんて大したことは出来ませんが。でも精一杯に勤めさせてもらいますよ」
 「はい、お願いします!」

 いろいろ話していると、トラたちが来た。
 大量の食材を抱えて来る。
 
 「よう! あ、佐野さん! 奥さん!」

 石神が嬉しそうに笑って手を振って来た。

 「トラ、お前、家のことはほんとに……」
 「大丈夫ですって!」

 トラは笑って早乙女さんたちに食材を渡した。
 メイドアンドロイドが食材を受け取って運んで行った。
 トラは、メイドアンドロイドたちにも明るく話しかけている。

 「石神! 今日は楽しみだったよ!」
 「あんだよ! しょっちゅうやってるだろう!」
 「だって、最近はすっかりご無沙汰で」
 「先月もやったろう!」
 「いや、もっと頻繁に」
 「俺も忙しいんだぁ!」

 雪野さんが大笑いしていた。
 早乙女さんもトラのことが大好きなようだ。

 トラのネコのロボちゃんが雪野さんに突進して甘えていた。
 トラが椅子に座ると、早乙女さんの二人のお子さんがトラにまとわりついた。
 まあ、よく分かる。
 昔から、トラはいろんな人間に好かれたが、特に子どもから好かれた。
 子どもにはトラの優しさが一番分かるのだろう。
 俺たちの娘の愛花も、トラに夢中だった。
 トラの子どもたちと雪野さんが上に上がる。
 女房も手伝うと言ったが、トラに止められた。

 「大丈夫ですよ。あいつらはベテランですから」
 「そうなの? じゃあ、今日はゆっくりさせてもらうわ」
 
 トラが「アドヴェロス」の仕事のことを聞いて来た。

 「ああ、まだたどたどしいけどな。何とかやらせてもらっているよ」
 「石神、違うよ! 佐野さんは本当に優秀だ。うちの捜査チームに、聞き込みのイロハなんかを指導してくれてる。本当にいい人が来てくれたよ!」
 「そうか。おい、早乙女」
 「ああ、なんだい?」
 「佐野さんは休憩時間5時間やってるだろうな!」
 「え?」
 「トラ! バカ!」
 「「アドヴェロス」で一番安全な場所で仕事させろよな」
 「トラ! いい加減にしろ!」
 
 早乙女さんが笑っていた。

 「大丈夫だよ。休憩時間はそんなに無いけど、早霧が昼食にいつも誘ってくれてる」
 「あいつか! あいつは美味い店をよく知ってるよな!」
 「うん。佐野さんは職員たちとすぐに打ち解けてくれたよ。そういう所も本当に凄い」
 「佐野さんだかんな!」

 俺は困り果て、女房は大笑いしていた。

 「奥さんはどうですか?」
 「ええ、マンションは快適よ? ちょっと広いけどね」
 「すいません。今度のお宅はちょっと狭いんですけど」
 「お掃除が楽でいいわ」
 「ああ、メイドアンドロイドも置きますから」
 「え、そうなの?」
 「護衛のために必要なんです。気の良い連中ですから、大丈夫ですよ」
 「分かったわ。宜しくお願いします」

 早乙女さんの所の3体のアンドロイドを観ている。
 真面目に働いてくれているが、適度に距離も置いてくれている。
 その上で明るい。
 雪野さんとも打ち解けている感じもある。
 まるで、トラの優しさと気遣いが顕われているようだ。





 バーベキューは早乙女さんたちの居住区の上の屋上でやるようだった。
 丁度、広いテラスになっていて、背後に高い塔のような建物が聳え立っている。
 手慣れた様子でバーベキュー台が設置され、大量の食材が用意されていた。

 「おい、他にも誰か来るのか?」

 数十人分の肉だのがありそうだった。
 
 「いいえ? あ、そういえば佐野さんは初めてでしたね」
 「何がだ?」
 「あー、うちの子どもたちがちょっと大食いでしてー」
 「え?」

 確かに先月トラの家にお邪魔した時に、鰻重を2人前とか食べていた。
 白焼きは別にしてだ。
 その後の飲み会でも結構な量のつまみを食べてはいたが。

 「ステーキとかの肉は10キロは軽く喰うんですよ」
 「なに?」
 「だから食べ放題の焼肉店は全部出禁。ちょっとねー」
 「?」

 意味が分からん。

 しかし、実際に食事が始まってからすぐに分かった。
 トラの子どもたち専用のバーベキュー台があるのだ。
 そこで拳を振るいながら、肉を取り合っている。
 最初は女房と二人でハラハラして見ていた。
 でも、トラも早乙女さんたちも、ニコニコして時々見ているだけだ。

 「おい、あれって大丈夫なのかよ?」
 「あー、いつものことです。滅多に怪我もしませんから大丈夫ですよ」
 「滅多にって、お前よ」
 「へいきへいき」

 トラが肉や海鮮を焼いて俺たちにくれる。
 しばらく見ていたが、本当に誰も怪我をしていない。
 やがて俺も女房も楽しく観るようになっていた。

 「佐野さん、奥さん、伊勢海老を焙りました」
 「おう! 美味いな!」
 「ハマグリの味噌バターです!」
 「最高だな!」

 俺も女房も本当に美味くてよく食べた。
 こんなに食べたのは久しぶりだ。

 トラの子どもたちが並んだ。

 「じゃー! 佐野さんと奥さんを歓迎して! 「ヒモダンス」! 行くよ!」

 トラが恥ずかしそうな顔をしている。

 「タカさん! はやくー!」
 「分かったよ!」

 ♪ ヒモ! ヒモ! タンポンポポポン! …… ♪

 早乙女さんたちが爆笑し、俺も女房も笑った。
 まったくトラは下品で明るいままだった。
 ルーちゃんとハーちゃんが駆け寄って来た。

 「あれね、私たちに初潮が来た時にね、タカさんが考えたの!」
 「三人で裸でね! 一緒に踊ったの!」
 「「……」」

 俺たちには理解出来ん。
 でも、まあ楽しかった。
 トラのネコのロボちゃんが女房に擦り寄って来た。

 「カワイイねー!」

 女房が頭を撫でてやると喜んだ。
 女房の膝に上がり、並んだ俺の足の上にも身体を伸ばした。
 二人で撫でてやる。
 やけに人を警戒しないネコだった。
 トラのようだ。

 「ロボが随分とお二人を気に入ったようですね」
 「そうなのか? 人懐っこいよな」
 「そんなことは。気に入らない奴はみんなぶっ殺しですから」
 「アハハハハ、お前と同じだな」
 「あー」

 トラが曖昧に笑った。





 早乙女さんが俺たちに泊まっていくように言ってくれた。
 遠慮したのだが、トラも是非にと言う。

 「石神も泊まって行けよ」
 「冗談じゃねぇ!」
 「なんでだよ!」
 「ここにはコワイ奴らがいるだろう!」
 「「柱」さんたちは怖くないよ!」
 「俺はコワイの!」

 なんだ?

 屋上にあの動く柱たちが来た。

 「あいつら、自分たちの話が出ると来るんですよ!」

 トラに近づいて行く。

 「よ、よう!」

 トラが手を挙げて言うと、走って来たのでびっくりした。
 トラの手をとって振っている。
 小さな翼の生えた柱が飛び回った。

 「なんなんだ!」

 トラの胸に納まった。

 
 スポッ


 「……」

 トラが無表情で諦めた顔をしていた。
 みんな黙って見ている。

 「おい、出ろ!」
 
 出ない。

 「おい!」

 何が起きてるんだ!

 「あー、大丈夫ですよ。問題は無いんですけどー」
 
 トラが俺の方を向いて言った。

 「分かったよ! 今日はここに泊まる!」

 
 スポッ


 小さな柱が抜けて、トラの周りを嬉しそうに飛び回った。
 大きな柱がトラの肩をポンポン叩いている。

 「「……」」

 雪野さんが傍に来て言った。

 「あの「柱」さんたちね、石神さんのことが大好きなんですよ」
 「そ、そうなんだ」
 「うちを守ってくれてましてね。夜中なんかも見回りしてくれてるんです」
 「へ、へぇ」

 絶対見たくねぇ。
 早乙女さんたちは大物だぁ。
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