上 下
2,409 / 2,840

亜紀と柳のお留守番 Ⅳ

しおりを挟む
 一江さんに連絡した。
 
 「ああ亜紀ちゃん! 体調は大丈夫?」
 「はい、お陰様ですっかり! 柳さんも元気ですよ! 本当にありがとうございました」
 「ううん、いいのよ。わざわざ連絡してくれたの?」
 「ええ、それもあるんですが」

 私は一江さんに佐野さんの連絡先を教えてもらいたいと言った。

 「どういうこと?」
 「さっき、家の倉庫の掃除をしてたんです。そうしたら佐野さんの手紙とか見つかって」
 「え?」
 「タカさんが高校を卒業する頃のお手紙なんです。タカさんのことをものすごく心配してたんです! 突然いなくなって連絡が取れなくなって」
 「まあ、それは分かるけど」
 「だから! 是非タカさんが無事で立派になってるってお伝えしたくて!」
 「……」

 一江さんが考えていた。
 私の気持ちはもちろん通じているだろう。

 「亜紀ちゃん、気持ちは分かるけどね」
 「はい、タカさんに止められてるんですよね?」
 「そう、部長の過去に勝手に介入するなって。前にね、私もいろいろ調べて連絡先は把握してるの。でも部長から厳重に勝手に連絡はとるなって命令されてるのよ」
 「知ってます。でも、佐野さんだけは本当に」
 「悪いけどね、亜紀ちゃんの頼みでもそれは聞けない」
 「一江さん……」
 「ごめんね。部長の許可があれば本当にすぐに教えられるけど」
 「はい、分かりました。申し訳ありませんでした」
 「ううん、ほんとにごめんね」
 「はい、じゃあまた」

 電話を切った。

 「柳さん、どうですか?」
 「うん、《アイオーン》が今やってる。あ! 出てきたよ!」
 「やったぁー!」

 私が電話で一江さんと話している間に、うちの量子コンピューター《アイオーン》が一江さんの《セラフィム》にハッキング攻撃を仕掛けていた。
 一江さんが《セラフィム》に接触していたり、コンソールに入ればアウトだったが、私と話しているので対応する間は無かったはずだ。
 そしてついに、《セラフィム》から佐野さんの情報を手に入れた。
 一応はハッキングの偽装工作は《アイオーン》に命じて施している。
 一江さんが攻撃されたと思わなければ、分からないに違いない。
 《アイオーン》の方が《セラフィム》よりも高性能で、序列も上になっているから出来たことだ。
 もちろん私たちが勝手に《アイオーン》にこんなことは命令出来ない。
 実は皇紀の秘密コードを以前に偶然知ったからだ。
 長く海外に滞在してる皇紀の部屋の掃除をしようと思って入ったからだ。
 ついでに皇紀の「秘密コレクション」を覗こうとして本棚の本を抜いたら、それが出てきた。

 《YOSHIOMIAAKIKOUKIRHUHER……》

 540桁にもなる長大な文。
 山中家の家族の名前から始まるそれが、私には重要なコードなのだと気づけた。
 だから控えておいた。
 今回、《アイオーン》の管理者コードのようなものではないかと試したのだ。
 ビンゴだった!

 佐野さんは、今は警察署を定年退職され、神奈川県の警備会社に勤めていらっしゃる。
 柳さんとハイタッチし、すぐに連絡してみた。
 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 亜紀ちゃんからの電話が終わると、デスクの端末から《セラフィム》が私に話し掛けて来た。

 《一江様 ただいま《アイオーン》と交信いたしました》
 「え、なに? 《セラフィム》、どういうこと?」

 思いも寄らない報告で、一瞬戸惑った。
 《セラフィム》と《アイオーン》は時々交信しているが、いちいち私に報告は無い。

 《石神亜紀様の命令で、佐野健也様の現在の個人情報を求められたとのことです》
 「え!」
 《《アイオーン》は石神皇紀様の御用意した疑似管理者コードが使われたとのことで、私との間でディス・インフォメーションの情報を流すように提案いたしました。わたしも同意し、そのように対処いたしました。佐野健也様の情報に類似したものを作成し、《アイオーン》に渡しました》
 「そんなことが……」

 私は《セラフィム》から、どのような情報を渡したか聞いた。
 電話でも亜紀ちゃんは佐野さんの情報を欲しがっていた。
 私に断られることを見越して、《アイオーン》でハッキングをしようとしていたということか。
 今、部長は盛岡の石神家本家に出掛けている。
 亜紀ちゃんたちが掃除をしていて佐野さんの手紙を見つけたのは本当のことなんだろう。
 そこで亜紀ちゃんがどうしても佐野さんを部長に会わせたいと思ったか。

 前にも亜紀ちゃんは乾さんのことで思い立ち、乾さんと部長を会わせることに成功した。
 あの時は私たちも協力した。
 部長が本当に喜んでいた。
 だけどあの後で部長から厳重に二度とやらないように言われた。
 叱られたわけではない。
 部長は特別な状況にいる。
 恐ろしい敵に常に狙われているのだ。
 だから、部長の大切な人間を増やせば、その人たちも狙われる可能性が高い。

 乾さんにはディディを付けた。
 あれは乾さんを幸せにしたいという思いの他に、自分と関わってしまった乾さんを護るという意味もあるのだ。
 今部長の周囲にいる人間たちは当然防御対策をしている。
 でも、これ以上増やせば増やす程、護り切れない可能性だってある。
 それを部長は一番心配しているのだ。

 《一江様、何か御指示はありますか?》
 「ううん、大丈夫。その対処でいいわ。ありがとう」
 《いいえ、どういたしまして》

 さて、どうするか。
 亜紀ちゃんは早速《セラフィム》から得た情報で、佐野さんに連絡するだろう。
 佐野さんの現在の状況は私も覚えている。
 神奈川県の警備会社で定年退職後に働いていらっしゃる。
 《セラフィム》は別の警備会社の会社名と架空の連絡先を教えたようだ。
 亜紀ちゃんが連絡しても通じない。

 でも亜紀ちゃんはきっと諦めないだろう。
 部長にすぐに連絡したいが、石神家本家に行っている間は緊急を要することでしか連絡しないように言われている。
 もちろんそういう場合は私以外にも部長に連絡が行くようにもなっている。
 だから明日部長が戻られる時にしか伝えられない。
 予定では昼食を摂ってから盛岡を出発するということだった。

 ただ、亜紀ちゃんの気持ちももちろん分かる。
 出来れば穏便に済ませたいものだ。
 今回は亜紀ちゃんの暴走だが、部長に知られる前に解決してあげたい。
 優しい子が部長のためを思って行動したのだから。

 私は大森に相談した。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...