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院長夫妻と蓮花研究所 Ⅶ

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 翌朝の5月9日。
 朝食の後で、俺と蓮花は院長を「ID塔(Infectious Diseases Tower)」へ案内した。
 以前は本館の地下で行なっていた細菌研究を、より本格的な施設を作って行なっている。

 地上は8階だが、主要な施設は地下にある。
 地下200メートルの施設だ。
 エレベーターは1基だけ。
 特別なIDカードを持っていないと絶対に入れない。
 研究施設は全てバイオセーフティーレベル(BSL)は最高の4レベルにしてある。
 実際にはそれ以上の厳格な処置を施している。
 もちろん侵入や襲撃の対策も万全だ。
 この研究所の中でも最高度の機密施設だった。

 エレベーターは縦穴ばかりではない。
 途中で隔壁を開閉しながら横にも移動していく。
 それに何度か函全体を消毒していく。
 1時間を掛けて、地下の施設へ入る。
 ようやくエレベーターの扉が開いた。

 「どうぞ」
 「うむ」

 俺たちはエレベーター脇の部屋で防護服を着て、電動移送車へ乗り換える。
 広い廊下を進み、幾つかガラスで隔てられた室内で働く研究所員の姿も見える。

 「凄い施設だな」
 「「業」の攻撃手段の中でも、生物兵器はまだ全くの未知数ですからね。準備はしているんですが、今後どう対応できるかは分かりません」
 「アメリカのCDC(アメリカ疾病予防管理センター)とも協力関係になりましたが、「業」の兵器の研究は、多分こちらが主になるでしょう」

 俺と蓮花で話していく。

 「なぜだ?」

 CDCは世界中の病原菌の研究をしており、その規模は世界最大だ。
 人類の感染症の最後の砦として認識されており、実際に数々の危機を救って来た。
 医者ならば誰でも知っている。

 「多分、普通の細菌やウイルスとは異なったものになる可能性が高いからです」
 「どういうことだ?」
 「妖魔ですよ」
 「なんだと!」
 「ウイルスだとして、その性質に妖魔の要素が加わる」
 「どうなるのだ?」
 「これまでの感染経路とは別な浸食をするかもしれません」
 「!」

 俺たちは院長を最奥の部屋へ案内した。
 蓮花がテンキーと生体認証で特殊合金の扉を開け、照明を点ける。
 ここには誰もいない。
 壁に扉と同じ特殊合金の扉の付いた棚が並び、中央には様々な機器が置いてある。

 「ここはなんの研究室だ?」
 「妖魔の混入したウイルスを研究しています」
 「ここにあるのか!」
 「はい。非常に危険ですので、今日は出せません。蓮花、記録映像を」
 「はい」

 蓮花がコンソールを操作し、壁の巨大なディスプレイに画像を出した。
 蓮花が操るコンソールは、通常の規格のものではない。
 俺たちにしか操作できないようになっている。

 「動物実験は僅かです。実際に感染すると非常に危険なので。それもお見せしますが、多くはここの量子コンピューター《ロータス》によるシミュレーションCGになります」

 俺たちは院長に、最高の機密映像をお見せした。





 来た時の倍の時間を掛けて消毒を念入りに行ない、俺たちは地上へ出た。
 院長は黙っているが、激しい衝撃を受けていた。

 「まさか、あんなものがこれから出て来るのか」
 「はい。これまでの感染対策では対応出来ません」
 「まったくだな……」
 「もちろん優秀な研究員がいますが、院長にも是非」
 「分かった」

 地上に出て、俺たちは「作戦室」へ移動した。
 ここは厳重な電波暗室になっている上、特殊な結界も張られている。
 蓮花がコーヒーを運んで来た。

 「昨日お見せした妖魔の解剖研究ですが」
 「ああ」
 「妖魔は特殊なエネルギー体と言えます。それがこの世界に現われる時に受肉することが多い」
 「それが昨日の研究なのだな?」
 「そうです。この世界の物質と融合し、存在を得る。その仕組みを研究することで、ウイルスなどへ任意の影響を与える可能性も見極めようとしています」
 「大変な研究だな」

 その通りだ。
 これまでの医学や生物学とは異なる研究になる。
 院長はこれから妖魔についても理解して行かなければならない。

 「俺もこの年になって、大変な研究をすることになるとはな」
 「北京原人からここまで生きて来たんですから。大丈夫ですよ」
 「石神!」

 蓮花が笑った。

 「蓮花もジェシカも院長に協力しますから。他にも優秀な人間が既に携わっています」
 「ああ、宜しくお願いします」
 
 院長が蓮花に頭を下げ、蓮花も深々と下げた。

 「妖魔はとんでもないようでいて、意外に整然としたパターンで受肉していることが分かって来ました。わたくしたちには石神様が開発された量子コンピューターがございます。解析も予測も随分と速く進みますから」
 「そうですか」
 「院長には量子のことも勉強してもらいますよ。数学は大丈夫ですよね?」
 「いや、何十年もやってないぞ」
 「双子がいますから安心して下さい」
 「あ、ああ」

 院長は途方に暮れた顔をしているが、諦めるつもりはないことは分かっている。
 本当に俺たちのために何でもやるつもりなのだ。

 「院長」
 「なんだ?」
 「忙しいからって、静子さんを疎かにしてはダメですよ?」
 「なに?」
 「約束したじゃないですか。静子さんを表に連れ出すって」
 「ああ、でもな」

 俺は笑った。

 「院長、大変な仕事を担っている人間は、いろんなことをしなきゃダメです。遊ぶばかりではないですけどね。家事をやったり、散歩に出たり、旅行へ行ったり、そして遊んでみたり。思考を一つのことに固定すると柔軟な発想は出ません。必ずやって下さいね」
 「あ、ああ、分かった」

 院長が少し緊張を解いた。

 「俺も院長のお陰でいろんな部課を経験したり、クマタカ探したりさせられましたからね」
 「お前、それは……」
 「そのお陰ですよ。それに一番は院長のお宅で美味しい物を食べさせてもらい、いろいろ話をさせてもらった。あの経験が俺を作りました」
 「石神……」

 「今度は俺の番です。一杯いろいろやってもらいますからね!」
 「おい!」

 三人で笑った。

 「さて、じゃあ静子さんの所へ行きますか!」
 「ああ」
 





 院長が嬉しそうに笑った。
 俺が言うまでも無い。
 院長は静子さんがいれば大丈夫だ。
 行き詰って苦しんでも、きっと静子さんがいれば何とか突破するだろう。

 そういう最高のお二人だ。
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