2,302 / 2,859
院長夫妻と蓮花研究所 Ⅶ
しおりを挟む
翌朝の5月9日。
朝食の後で、俺と蓮花は院長を「ID塔(Infectious Diseases Tower)」へ案内した。
以前は本館の地下で行なっていた細菌研究を、より本格的な施設を作って行なっている。
地上は8階だが、主要な施設は地下にある。
地下200メートルの施設だ。
エレベーターは1基だけ。
特別なIDカードを持っていないと絶対に入れない。
研究施設は全てバイオセーフティーレベル(BSL)は最高の4レベルにしてある。
実際にはそれ以上の厳格な処置を施している。
もちろん侵入や襲撃の対策も万全だ。
この研究所の中でも最高度の機密施設だった。
エレベーターは縦穴ばかりではない。
途中で隔壁を開閉しながら横にも移動していく。
それに何度か函全体を消毒していく。
1時間を掛けて、地下の施設へ入る。
ようやくエレベーターの扉が開いた。
「どうぞ」
「うむ」
俺たちはエレベーター脇の部屋で防護服を着て、電動移送車へ乗り換える。
広い廊下を進み、幾つかガラスで隔てられた室内で働く研究所員の姿も見える。
「凄い施設だな」
「「業」の攻撃手段の中でも、生物兵器はまだ全くの未知数ですからね。準備はしているんですが、今後どう対応できるかは分かりません」
「アメリカのCDC(アメリカ疾病予防管理センター)とも協力関係になりましたが、「業」の兵器の研究は、多分こちらが主になるでしょう」
俺と蓮花で話していく。
「なぜだ?」
CDCは世界中の病原菌の研究をしており、その規模は世界最大だ。
人類の感染症の最後の砦として認識されており、実際に数々の危機を救って来た。
医者ならば誰でも知っている。
「多分、普通の細菌やウイルスとは異なったものになる可能性が高いからです」
「どういうことだ?」
「妖魔ですよ」
「なんだと!」
「ウイルスだとして、その性質に妖魔の要素が加わる」
「どうなるのだ?」
「これまでの感染経路とは別な浸食をするかもしれません」
「!」
俺たちは院長を最奥の部屋へ案内した。
蓮花がテンキーと生体認証で特殊合金の扉を開け、照明を点ける。
ここには誰もいない。
壁に扉と同じ特殊合金の扉の付いた棚が並び、中央には様々な機器が置いてある。
「ここはなんの研究室だ?」
「妖魔の混入したウイルスを研究しています」
「ここにあるのか!」
「はい。非常に危険ですので、今日は出せません。蓮花、記録映像を」
「はい」
蓮花がコンソールを操作し、壁の巨大なディスプレイに画像を出した。
蓮花が操るコンソールは、通常の規格のものではない。
俺たちにしか操作できないようになっている。
「動物実験は僅かです。実際に感染すると非常に危険なので。それもお見せしますが、多くはここの量子コンピューター《ロータス》によるシミュレーションCGになります」
俺たちは院長に、最高の機密映像をお見せした。
来た時の倍の時間を掛けて消毒を念入りに行ない、俺たちは地上へ出た。
院長は黙っているが、激しい衝撃を受けていた。
「まさか、あんなものがこれから出て来るのか」
「はい。これまでの感染対策では対応出来ません」
「まったくだな……」
「もちろん優秀な研究員がいますが、院長にも是非」
「分かった」
地上に出て、俺たちは「作戦室」へ移動した。
ここは厳重な電波暗室になっている上、特殊な結界も張られている。
蓮花がコーヒーを運んで来た。
「昨日お見せした妖魔の解剖研究ですが」
「ああ」
「妖魔は特殊なエネルギー体と言えます。それがこの世界に現われる時に受肉することが多い」
「それが昨日の研究なのだな?」
「そうです。この世界の物質と融合し、存在を得る。その仕組みを研究することで、ウイルスなどへ任意の影響を与える可能性も見極めようとしています」
「大変な研究だな」
その通りだ。
これまでの医学や生物学とは異なる研究になる。
院長はこれから妖魔についても理解して行かなければならない。
「俺もこの年になって、大変な研究をすることになるとはな」
「北京原人からここまで生きて来たんですから。大丈夫ですよ」
「石神!」
蓮花が笑った。
「蓮花もジェシカも院長に協力しますから。他にも優秀な人間が既に携わっています」
「ああ、宜しくお願いします」
院長が蓮花に頭を下げ、蓮花も深々と下げた。
「妖魔はとんでもないようでいて、意外に整然としたパターンで受肉していることが分かって来ました。わたくしたちには石神様が開発された量子コンピューターがございます。解析も予測も随分と速く進みますから」
「そうですか」
「院長には量子のことも勉強してもらいますよ。数学は大丈夫ですよね?」
「いや、何十年もやってないぞ」
「双子がいますから安心して下さい」
「あ、ああ」
院長は途方に暮れた顔をしているが、諦めるつもりはないことは分かっている。
本当に俺たちのために何でもやるつもりなのだ。
「院長」
「なんだ?」
「忙しいからって、静子さんを疎かにしてはダメですよ?」
「なに?」
「約束したじゃないですか。静子さんを表に連れ出すって」
「ああ、でもな」
俺は笑った。
「院長、大変な仕事を担っている人間は、いろんなことをしなきゃダメです。遊ぶばかりではないですけどね。家事をやったり、散歩に出たり、旅行へ行ったり、そして遊んでみたり。思考を一つのことに固定すると柔軟な発想は出ません。必ずやって下さいね」
「あ、ああ、分かった」
院長が少し緊張を解いた。
「俺も院長のお陰でいろんな部課を経験したり、クマタカ探したりさせられましたからね」
「お前、それは……」
「そのお陰ですよ。それに一番は院長のお宅で美味しい物を食べさせてもらい、いろいろ話をさせてもらった。あの経験が俺を作りました」
「石神……」
「今度は俺の番です。一杯いろいろやってもらいますからね!」
「おい!」
三人で笑った。
「さて、じゃあ静子さんの所へ行きますか!」
「ああ」
院長が嬉しそうに笑った。
俺が言うまでも無い。
院長は静子さんがいれば大丈夫だ。
行き詰って苦しんでも、きっと静子さんがいれば何とか突破するだろう。
そういう最高のお二人だ。
朝食の後で、俺と蓮花は院長を「ID塔(Infectious Diseases Tower)」へ案内した。
以前は本館の地下で行なっていた細菌研究を、より本格的な施設を作って行なっている。
地上は8階だが、主要な施設は地下にある。
地下200メートルの施設だ。
エレベーターは1基だけ。
特別なIDカードを持っていないと絶対に入れない。
研究施設は全てバイオセーフティーレベル(BSL)は最高の4レベルにしてある。
実際にはそれ以上の厳格な処置を施している。
もちろん侵入や襲撃の対策も万全だ。
この研究所の中でも最高度の機密施設だった。
エレベーターは縦穴ばかりではない。
途中で隔壁を開閉しながら横にも移動していく。
それに何度か函全体を消毒していく。
1時間を掛けて、地下の施設へ入る。
ようやくエレベーターの扉が開いた。
「どうぞ」
「うむ」
俺たちはエレベーター脇の部屋で防護服を着て、電動移送車へ乗り換える。
広い廊下を進み、幾つかガラスで隔てられた室内で働く研究所員の姿も見える。
「凄い施設だな」
「「業」の攻撃手段の中でも、生物兵器はまだ全くの未知数ですからね。準備はしているんですが、今後どう対応できるかは分かりません」
「アメリカのCDC(アメリカ疾病予防管理センター)とも協力関係になりましたが、「業」の兵器の研究は、多分こちらが主になるでしょう」
俺と蓮花で話していく。
「なぜだ?」
CDCは世界中の病原菌の研究をしており、その規模は世界最大だ。
人類の感染症の最後の砦として認識されており、実際に数々の危機を救って来た。
医者ならば誰でも知っている。
「多分、普通の細菌やウイルスとは異なったものになる可能性が高いからです」
「どういうことだ?」
「妖魔ですよ」
「なんだと!」
「ウイルスだとして、その性質に妖魔の要素が加わる」
「どうなるのだ?」
「これまでの感染経路とは別な浸食をするかもしれません」
「!」
俺たちは院長を最奥の部屋へ案内した。
蓮花がテンキーと生体認証で特殊合金の扉を開け、照明を点ける。
ここには誰もいない。
壁に扉と同じ特殊合金の扉の付いた棚が並び、中央には様々な機器が置いてある。
「ここはなんの研究室だ?」
「妖魔の混入したウイルスを研究しています」
「ここにあるのか!」
「はい。非常に危険ですので、今日は出せません。蓮花、記録映像を」
「はい」
蓮花がコンソールを操作し、壁の巨大なディスプレイに画像を出した。
蓮花が操るコンソールは、通常の規格のものではない。
俺たちにしか操作できないようになっている。
「動物実験は僅かです。実際に感染すると非常に危険なので。それもお見せしますが、多くはここの量子コンピューター《ロータス》によるシミュレーションCGになります」
俺たちは院長に、最高の機密映像をお見せした。
来た時の倍の時間を掛けて消毒を念入りに行ない、俺たちは地上へ出た。
院長は黙っているが、激しい衝撃を受けていた。
「まさか、あんなものがこれから出て来るのか」
「はい。これまでの感染対策では対応出来ません」
「まったくだな……」
「もちろん優秀な研究員がいますが、院長にも是非」
「分かった」
地上に出て、俺たちは「作戦室」へ移動した。
ここは厳重な電波暗室になっている上、特殊な結界も張られている。
蓮花がコーヒーを運んで来た。
「昨日お見せした妖魔の解剖研究ですが」
「ああ」
「妖魔は特殊なエネルギー体と言えます。それがこの世界に現われる時に受肉することが多い」
「それが昨日の研究なのだな?」
「そうです。この世界の物質と融合し、存在を得る。その仕組みを研究することで、ウイルスなどへ任意の影響を与える可能性も見極めようとしています」
「大変な研究だな」
その通りだ。
これまでの医学や生物学とは異なる研究になる。
院長はこれから妖魔についても理解して行かなければならない。
「俺もこの年になって、大変な研究をすることになるとはな」
「北京原人からここまで生きて来たんですから。大丈夫ですよ」
「石神!」
蓮花が笑った。
「蓮花もジェシカも院長に協力しますから。他にも優秀な人間が既に携わっています」
「ああ、宜しくお願いします」
院長が蓮花に頭を下げ、蓮花も深々と下げた。
「妖魔はとんでもないようでいて、意外に整然としたパターンで受肉していることが分かって来ました。わたくしたちには石神様が開発された量子コンピューターがございます。解析も予測も随分と速く進みますから」
「そうですか」
「院長には量子のことも勉強してもらいますよ。数学は大丈夫ですよね?」
「いや、何十年もやってないぞ」
「双子がいますから安心して下さい」
「あ、ああ」
院長は途方に暮れた顔をしているが、諦めるつもりはないことは分かっている。
本当に俺たちのために何でもやるつもりなのだ。
「院長」
「なんだ?」
「忙しいからって、静子さんを疎かにしてはダメですよ?」
「なに?」
「約束したじゃないですか。静子さんを表に連れ出すって」
「ああ、でもな」
俺は笑った。
「院長、大変な仕事を担っている人間は、いろんなことをしなきゃダメです。遊ぶばかりではないですけどね。家事をやったり、散歩に出たり、旅行へ行ったり、そして遊んでみたり。思考を一つのことに固定すると柔軟な発想は出ません。必ずやって下さいね」
「あ、ああ、分かった」
院長が少し緊張を解いた。
「俺も院長のお陰でいろんな部課を経験したり、クマタカ探したりさせられましたからね」
「お前、それは……」
「そのお陰ですよ。それに一番は院長のお宅で美味しい物を食べさせてもらい、いろいろ話をさせてもらった。あの経験が俺を作りました」
「石神……」
「今度は俺の番です。一杯いろいろやってもらいますからね!」
「おい!」
三人で笑った。
「さて、じゃあ静子さんの所へ行きますか!」
「ああ」
院長が嬉しそうに笑った。
俺が言うまでも無い。
院長は静子さんがいれば大丈夫だ。
行き詰って苦しんでも、きっと静子さんがいれば何とか突破するだろう。
そういう最高のお二人だ。
1
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
甘灯の思いつき短編集
甘灯
キャラ文芸
作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)
※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる