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院長夫妻と別荘 Ⅲ クマタカ・パッション

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 俺が今の病院へ移って、3年を経過した頃。
 蓼科文学第一外科部長の下で、毎日必死で修業していた。
 一応は週休二日であり、週二日の夜勤明けは帰っていいことになっている。
 しかし実際は休日や夜勤明けは必ずどこかの病院へ出向となり、俺は月に一日の休みさえ怪しいことになっていた。
 
 自分で蓼科文学に惚れ込んで来たのだから、俺はきつい状況に耐え、何とかやっていた。
 医者修行であれば文句も言わない。
 だが、俺にも言いたいことがあった。

 それはおよそ医療に関係の無い仕事だった。
 蓼科部長の個人的なものだ。
 自宅へ呼んでくれるようなことは、喜んで伺った。
 そうではない、個人的な買い物や用事や送迎など。
 俺は奴隷じゃない。
 仕事は文句も言わずにやるが、個人の用件は時々愚痴となった。

 20代後半の頃、蓼科部長から一つの用事を言い渡された。

 「夕べ、ドキュメンタリーを観ててよ」
 「はぁ」
 
 鷹匠のドキュメンタリーだったようだ。

 「俺が子どもの頃に、知り合いに鷹匠の人がいてな」
 「へぇ」

 頭を殴られた。

 「真面目に聞けぇ!」
 「えぇ!」

 蓼科部長によると、その鷹匠が随分と自分を可愛がってくれたそうだ。
 お猿のペットと思っていたんだろう。

 「俺は次男で、みんな兄貴の方へ行っていたんだけどな。その鷹匠の人は俺を可愛がって、俺に鷹狩なんかも見せてくれた。腕に鷹を止まらせてくれたりもしたんだ」
 「そうなんですかぁ」

 全然興味はねぇ。

 「それでな。夕べのテレビを観て、どうしても鷹を飼いたくなった」
 「なんですってぇ!」
 「鷹はカワイイんだよ。うちには子どももいないからな。ああいうカワイイ動物を育てるのもいいんじゃないかってなぁ」
 「そりゃ無茶でしょうが!」
 「何でだよ」
 「猛禽類ですよ?」
 「カワイイぞ?」

 ダメだ。
 話が通じねぇ。
 とにかく、蓼科部長は俺に鷹を探して、飼育に必要なことを調べるように言った。
 めんどくさいことこの上ない。

 俺も鷹のことなどまったく知らない。
 ゼロからの話になった。

 まず飼育法。
 当時はインターネットなど無い。
 幾つかのペットショップに問い合わせたが、大した情報は無かった。
 扱いももちろん無い。

 やっと鷹の飼育を知っているというペットショップを見つけた。

 「餌はね、ネズミとかの小動物。ああ、そういうのは冷凍で売ってるよ」
 「そうなんですか!」
 「だけどね、鷹は警戒心が強いんだ」
 「そうでしょうね」

 そんな気はする。

 「だから、必ず餌をやる人間は一人。その人間に慣れさせないと、餌も食べてくれないよ」
 「そうなんですか!」

 うーん、蓼科部長がやるのだろうか。
 仕事で忙しいから、静子さんになるのか。
 でもそうすると、部長には慣れないだろう。
 そもそも、静子さんが襲われて怪我でもしたら大変だ。
 いろいろ教えてもらい、飼育法自体は分かった。
 次に法的な面だ。

 豊島区役所に問い合わせた。
 幾つか部署をたらい回しにされ、やっと担当者を捕まえた。

 「猛禽類の場合、金網のケージか檻に入れる必要があります」
 「そうなんですか」
 「登録が必要なので、市役所の人間が確認に行きます」
 「分かりました」

 大変だ。
 まあ、庭にでも作れるか。
 あー、それも俺がやるんだろうなぁ。
 部長が観たという番組の問い合わせで、鷹匠の連絡先も教えてもらった。
 電話すると親切な方で、いろいろとアドバイスしてくれたが、素人には難しいだろうと言われた。
 その方はネズミを自分で繁殖させて餌にしているらしい。
 他にもいろいろなものを与えているそうだ。
 大変参考になった。

 次に入手法。
 これは先日飼育法を教わったペットショップに聞いた。

 「あー、日本の国内だと、保護鳥になっているんで猛禽類を新たに捕獲してはいけないんだ」
 「なるほどー」
 
 面白い話を聞いた。
 鷹匠は国に登録しており、鷹が死んでしまうともう入手出来なくなるそうだ。
 だから死んでもその届けをせずに、次の鷹を捕まえている人もいるらしい。
 恐ろしく長生きの鷹がいる。

 「だからね、一般向けは海外から輸入しているんだ」
 「そうなんですか」
 「でもね、今は難しいんだよ」
 「はい?」

 折しも、世間は「SARS」で騒がれており、鳥インフルエンザの世界的な流行の時期だった。
 だから鳥類は一切輸入されていない。
 そうすると、今国内のペットショップにいるものを探して購入するしかない。

 「まず無理だね」
 「はぁー」

 大体まとまった。
 蓼科部長に報告した。

 「まあ、お前ならどこかで探して来るだろう」
 「え!」
 「ケージとかも頼むな」
 「あのですね!」
 
 その問題はともかく、餌をやったり世話は誰がするのかということだ。

 「まあ、俺と静子でやるよ」
 「だから独りじゃないとダメなんですって」
 「可愛がれば大丈夫だろう」
 「もう!」

 聞いてくれない。
 当時は蓼科部長も若く、自分が正しいという考え方をする人だった。
 俺なんかの言うことは聞かず、自分で考えて正しい答えを導くのだという。
 困ったことになった。

 「ああ、ケージはいいけどよ。時々外に出して遊ばせてもいいんだよな?」
 「ダメですよ!」

 市役所の人間にも聞いたが、鷹匠のように外へは連れ出せない。
 
 「じゃあ、ケージの中だけで飼うのかよ!」
 「そうですよ!」
 「可哀そうだろう!」
 「だからそういう問題じゃないんですってぇ!」

 胸倉を掴まれた。

 「お前は鷹が可愛くないのかぁ!」
 「はい、全然!」

 突き飛ばされた。
 もう!

 「分かった、そのことはもういい」
 「部長」
 「あんだよ」
 「まさかとは思いますけどね」
 「なんだ?」
 「こっそり外へ飛ばそうだなんて思ってないですよね?」
 「……」

 蓼科部長が目をそむけた。
 鳩じゃねぇんだ。

 「あぁー! やっぱりやるつもりでしょう!」
 「なんだよ、だって可哀想だろう!」
 「あのですね。鷹が小学生とか襲ったらどうすんですかぁ!」
 「そ、それは」
 「人間の指くらいの爪なんですよ? 眼球に入ったりすれば大変です!」
 「ま、まあ、そうかもな」
 「絶対ダメですからね!」
 「う、うるせぇ!」

 仕方なく、最後の手段に出た。 
 自分のデスクに戻り、静子さんに電話した。

 「あの、実はですね。部長が鷹を飼いたいと……」

 詳しい事情を話した。
 餌や世話は部長と静子さんがすると言っているが、間違いなく静子さんの仕事になると。

 「文学ちゃんに替わって」
 「はい!」

 部長に静子さんの電話だと言った。
 物凄い顔で俺を睨んで電話を受けた。

 「ああ、うん。分かった。今日は早目に帰るよ……ああ、分かってる! 石神にももう辞めると言ったんだ!」

 俺は部長室のガラス越しに、顔の両側で指をパラパラさせた。

 「石神ぃ! あ、いや、何でもないんだ! あいつが今ちょっと! あ、ああ、分かった。今晩な」

 蓼科部長が俺を手招いたが、俺はダッシュで逃げた。





 翌日、蓼科部長がゲッソリした顔で出勤してきた。
 散々静子さんに叱られたのだろう。
 
 でも、この件はまだ終わらなかった。
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