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青いシクラメン Ⅱ
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俺が青のシクラメンの話を終えると、いつの間にか肉娘たちが「喰い」を止めてこっちを見て涙ぐんでいた。
「なんだよ、聞いてたのかよ」
「「はい……」」
「石神、いい話だったよ」
「そうか。まあ、あいつはどうにもブサイクなくせに綺麗な奴でな」
「顔はトラさんがやったんですよね?」
「うるせぇ!」
みんながやっと笑った。
「タカさん、明恵和尚さんは大切にして下さったんですね」
「まあ、それはそうなんだけどよ」
「あれ?」
「何しろ大らかって言うか、どんぶり勘定の人だからなぁ。最初はちょっとな」
「何があったんですか?」
「うーん」
亜紀ちゃんに言われて、俺は言いよどんだ。
柳が聞きたがった。
「石神さん、教えてください。私、知りたいです!」
「いや、あのさ、別に知らなくても……」
「石神、話してくれよ」
御堂が頼んで来た。
「まあ、話してもいいんだけどさ。もう、しょうがねぇなぁ」
俺は話した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
青が旅立って半年後。
病院に明恵和尚から電話が来た。
「般若」でよく顔を合わせて親しくなっていたが、病院にまで電話を掛けてくることは無かった。
俺が明穂さんの墓参りに行ってたまたま会ったり、会わないことが続くと挨拶に顔を出す。
挨拶に行くと、茶を出されて少し話す。
たまに酒をご馳走になる。
そういう付き合いになっていた。
「石神です、お久しぶりですね!」
「おい、助けてくれ」
「どうしたんですか!」
和尚が病気になったかと思った。
俺を頼りにするなど、そういうことしか考えられなかった。
「死にそうなんだ」
「え! すぐに行きますよ! 今、大丈夫なんですか?」
「もうダメだ。すっかり萎れてしまって」
「とにかくすぐに行きます! 救急車を手配しますからね!」
「バカ、やめろ!」
「何言ってんですか!」
「俺じゃねえ!」
「じゃあ誰ですか!」
「青のシクラメンだ!」
「はい?」
分かりにくい話し方をするなと言い、お前が早とちりなのだと逆ギレされた。
その日の夕方に行くことを約束した。
明恵和尚の寺は桜田通りを挟んだ場所で、病院から10分ほど歩いた場所にある。
俺が行くと、玄関の前で立って待っていた。
「おい、助けてくれよ」
「とにかく、見せてください」
俺は病院を出がけに消防会館の花屋に寄り、シクラメンが枯れる原因について相談してきた。
中へ入れてもらい、シクラメンの状態を見た。
確かに多くの葉に元気が無い。
一部枯れているものもある。
「水はどのようにやってますか?」
「青に言われた通りだ。鉢の受け皿が乾かないように。大体毎日足してるよ」
「そうですか」
俺が見ても、水やりに不味いことはなさそうだ。
足りないことも、やり過ぎでもない。
「肥料はどうしてます?」
「あ?」
「え、やってないんですか!」
「えーと、水だけじゃダメなの?」
「もう!」
俺は繊細な花なのだと説明した。
「あのね、植物を育てるんだから、自分で調べてちゃんとやらないと」
「聞いてねぇよ!」
「青が全部言うわけないでしょう。あいつ、基本的に中卒なんだから」
「ガァァーー!」
とにかく、原因は分かった。
「じゃあ、ウンコでもやるか」
「ちょっと!」
「なんだよ。昔はみんなウンコだったろ?」
「あのね、ウンコはそのままやると腐敗して植物を傷めるんですよ!」
「そうなのか!」
明恵和尚は子どもの頃に近所の畑によくウンコやオシッコを引っ掻けていたと言った。
「悪ガキですね」
「お前が言うんじゃねぇ! 畑ドロボウの暴走族がぁ!」
まあ、言い合ってもしょうがない。
肥料を買ってくるのがいいと言ったが、和尚はウンコが最高だと言い張る。
すぐに始めると言うので、俺は明日にでも肥料を買ってこようと思った。
本当に人の話を聞かない人だ。
「おい、ちょっと待ってろよ」
そう言ってお茶が出たので、しばらく待っていた。
5分程して和尚が洗面器を持って戻って来た。
「これ、どうすりゃいいんだ?」
俺に見せてくるので、洗面器の中身を見た。
ブフォッ!
茶を拭いた。
ウンコを持って来やがった。
「和尚! 何持ってくんですかぁ!」
「ウンコを肥料にするって言っただろう!」
「今出してきたんですかぁ!」
「そうだよ! どこにウンコがあんだよ!」
「バカなんですか!」
「なんだと、若造!」
殴り合いになりそうになったが、それは不味い。
俺の前に自分のウンコを置いた。
もう茶を飲む気はない。
臭い。
仕方なく一江に電話した。
当時は俺はスマホではなく、ネット検索など一部の人間のものだった。
「あー、悪いな。ちょっと調べてもらいたくてよ」
「はい、なんですか?」
「昔、ウンコで肥料を作ってたじゃない」
「なんですか!」
「あれ、どうやんのかなーって」
「何やってんです?」
「うーん、俺にもよく分かんねぇ」
「まったくもう!」
それでも一江が調べてくれ、俺に肥溜めの作り方を教えてくれた。
「数年かかりますよ?」
「なんだと!」
明恵和尚に、数年だと話すと早く作れと言われた。
まあ、強制発酵のやり方は分かっているので、ダメ元でやってみるか。
「おい」
「なんですか」
「ちょっと量が足りねぇだろ?」
「はい?」
何を言ってるんだ?
「お前のも寄越せよ」
「!」
「早くしろ」
「何言ってんですか!」
「庭でさ、その洗面器に出せよ」
「庭ぁ!」
「トイレじゃ出しにくいんだよ」
「あんた正気ですか!」
「あたりめぇだ! あいつと明穂さんのためだろう!」
「!」
気圧された。
方法はともかく、明恵和尚は本気でシクラメンを救いたいと思っているのだ。
俺は洗面器を持って、庭の暗がりで出した。
「和尚!」
「どうした!」
「トイレットペーパー下さい!」
「おう!」
貰った。
翌日、俺は密閉型の発酵装置を手配し、明恵和尚の寺に土曜日に尋ねた。
俺と和尚のウンコは信楽焼の甕に入れていた。
和尚が自分のを足している。
俺が行くと、俺ももうちょっと出せと言われて足した。
甕から発酵装置に移し、スイッチを入れた。
「大体3日で使えると思いますよ」
「そうか」
「今日は化学肥料をちょっとやっときましょう」
「まあ、繋ぎだからほんのちょっとな」
「はい」
3日後の夜にまた明恵和尚の寺に行き、発酵の具合を見た。
少しは臭うが、ウンコの悪臭はほとんどない。
発酵完了だ。
「いい感じですね」
「おう!」
早速水で薄めてシクラメンに掛けた。
翌日、見事に甦ったと和尚から連絡を貰った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「まあ、そうやってシクラメンが助かったんだよ」
みんな黙り込んでいた。
「あれ?」
柳が俺に言った。
「石神さん、さっきの美しい話が台無しになりました」
「てめぇ! お前が話せって言ったんだろう!」
「そういう問題じゃありません」
「このやろう!」
御堂が大笑いして俺を宥めた。
「今でも同じ肥料なのかい?」
上品な御堂は「ウンコ」とは言わない。
「そうだよ。ああ、一度化学肥料にしたのな」
「ダメだったのか?」
「うん。化学肥料だと、紫色の花になったんだ」
「!」
御堂も他の人間も驚く。
「どういうことか分からないんだよ。でも、あの真っ青な綺麗な花は、ウンコじゃなきゃダメなんだな」
「じゃあ、今でも……」
「そうだよ。俺も時々言われて足してる」
「「「「「……」」」」」
みんなが何とも言えない顔をしていた。
亜紀ちゃんがハッとして顔を挙げた。
「タカさんって、青い色が好きですよね!」
「え?」
「ほら、タカさんのお母さんもよく言ってたじゃないですか!」
「まあ、青は好きだけどな」
「だからですよ! タカさんのウンコが入ったからですよ!」
「そういう問題か?」
みんなが爆笑した。
肉娘たちがまた食べ始め、俺たちはゆっくりと酒を飲みながら食べた。
まったく食事時の話題ではなかったが。
帰りがけに亜紀ちゃんが言った。
「青さんも、肥料はやっぱり……」
「知らねぇよ!」
みんなで笑った。
「ルーとハーが帰ったら「手かざし」をしてもらいましょうね」
「絶対やめろ! 花が変わっちまうだろう! 青が泣くぞ!」
御堂が笑いながら「辞めた方がいい」と言った。
まあ、経験者だもんなぁ。
すまんなぁ。
「なんだよ、聞いてたのかよ」
「「はい……」」
「石神、いい話だったよ」
「そうか。まあ、あいつはどうにもブサイクなくせに綺麗な奴でな」
「顔はトラさんがやったんですよね?」
「うるせぇ!」
みんながやっと笑った。
「タカさん、明恵和尚さんは大切にして下さったんですね」
「まあ、それはそうなんだけどよ」
「あれ?」
「何しろ大らかって言うか、どんぶり勘定の人だからなぁ。最初はちょっとな」
「何があったんですか?」
「うーん」
亜紀ちゃんに言われて、俺は言いよどんだ。
柳が聞きたがった。
「石神さん、教えてください。私、知りたいです!」
「いや、あのさ、別に知らなくても……」
「石神、話してくれよ」
御堂が頼んで来た。
「まあ、話してもいいんだけどさ。もう、しょうがねぇなぁ」
俺は話した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
青が旅立って半年後。
病院に明恵和尚から電話が来た。
「般若」でよく顔を合わせて親しくなっていたが、病院にまで電話を掛けてくることは無かった。
俺が明穂さんの墓参りに行ってたまたま会ったり、会わないことが続くと挨拶に顔を出す。
挨拶に行くと、茶を出されて少し話す。
たまに酒をご馳走になる。
そういう付き合いになっていた。
「石神です、お久しぶりですね!」
「おい、助けてくれ」
「どうしたんですか!」
和尚が病気になったかと思った。
俺を頼りにするなど、そういうことしか考えられなかった。
「死にそうなんだ」
「え! すぐに行きますよ! 今、大丈夫なんですか?」
「もうダメだ。すっかり萎れてしまって」
「とにかくすぐに行きます! 救急車を手配しますからね!」
「バカ、やめろ!」
「何言ってんですか!」
「俺じゃねえ!」
「じゃあ誰ですか!」
「青のシクラメンだ!」
「はい?」
分かりにくい話し方をするなと言い、お前が早とちりなのだと逆ギレされた。
その日の夕方に行くことを約束した。
明恵和尚の寺は桜田通りを挟んだ場所で、病院から10分ほど歩いた場所にある。
俺が行くと、玄関の前で立って待っていた。
「おい、助けてくれよ」
「とにかく、見せてください」
俺は病院を出がけに消防会館の花屋に寄り、シクラメンが枯れる原因について相談してきた。
中へ入れてもらい、シクラメンの状態を見た。
確かに多くの葉に元気が無い。
一部枯れているものもある。
「水はどのようにやってますか?」
「青に言われた通りだ。鉢の受け皿が乾かないように。大体毎日足してるよ」
「そうですか」
俺が見ても、水やりに不味いことはなさそうだ。
足りないことも、やり過ぎでもない。
「肥料はどうしてます?」
「あ?」
「え、やってないんですか!」
「えーと、水だけじゃダメなの?」
「もう!」
俺は繊細な花なのだと説明した。
「あのね、植物を育てるんだから、自分で調べてちゃんとやらないと」
「聞いてねぇよ!」
「青が全部言うわけないでしょう。あいつ、基本的に中卒なんだから」
「ガァァーー!」
とにかく、原因は分かった。
「じゃあ、ウンコでもやるか」
「ちょっと!」
「なんだよ。昔はみんなウンコだったろ?」
「あのね、ウンコはそのままやると腐敗して植物を傷めるんですよ!」
「そうなのか!」
明恵和尚は子どもの頃に近所の畑によくウンコやオシッコを引っ掻けていたと言った。
「悪ガキですね」
「お前が言うんじゃねぇ! 畑ドロボウの暴走族がぁ!」
まあ、言い合ってもしょうがない。
肥料を買ってくるのがいいと言ったが、和尚はウンコが最高だと言い張る。
すぐに始めると言うので、俺は明日にでも肥料を買ってこようと思った。
本当に人の話を聞かない人だ。
「おい、ちょっと待ってろよ」
そう言ってお茶が出たので、しばらく待っていた。
5分程して和尚が洗面器を持って戻って来た。
「これ、どうすりゃいいんだ?」
俺に見せてくるので、洗面器の中身を見た。
ブフォッ!
茶を拭いた。
ウンコを持って来やがった。
「和尚! 何持ってくんですかぁ!」
「ウンコを肥料にするって言っただろう!」
「今出してきたんですかぁ!」
「そうだよ! どこにウンコがあんだよ!」
「バカなんですか!」
「なんだと、若造!」
殴り合いになりそうになったが、それは不味い。
俺の前に自分のウンコを置いた。
もう茶を飲む気はない。
臭い。
仕方なく一江に電話した。
当時は俺はスマホではなく、ネット検索など一部の人間のものだった。
「あー、悪いな。ちょっと調べてもらいたくてよ」
「はい、なんですか?」
「昔、ウンコで肥料を作ってたじゃない」
「なんですか!」
「あれ、どうやんのかなーって」
「何やってんです?」
「うーん、俺にもよく分かんねぇ」
「まったくもう!」
それでも一江が調べてくれ、俺に肥溜めの作り方を教えてくれた。
「数年かかりますよ?」
「なんだと!」
明恵和尚に、数年だと話すと早く作れと言われた。
まあ、強制発酵のやり方は分かっているので、ダメ元でやってみるか。
「おい」
「なんですか」
「ちょっと量が足りねぇだろ?」
「はい?」
何を言ってるんだ?
「お前のも寄越せよ」
「!」
「早くしろ」
「何言ってんですか!」
「庭でさ、その洗面器に出せよ」
「庭ぁ!」
「トイレじゃ出しにくいんだよ」
「あんた正気ですか!」
「あたりめぇだ! あいつと明穂さんのためだろう!」
「!」
気圧された。
方法はともかく、明恵和尚は本気でシクラメンを救いたいと思っているのだ。
俺は洗面器を持って、庭の暗がりで出した。
「和尚!」
「どうした!」
「トイレットペーパー下さい!」
「おう!」
貰った。
翌日、俺は密閉型の発酵装置を手配し、明恵和尚の寺に土曜日に尋ねた。
俺と和尚のウンコは信楽焼の甕に入れていた。
和尚が自分のを足している。
俺が行くと、俺ももうちょっと出せと言われて足した。
甕から発酵装置に移し、スイッチを入れた。
「大体3日で使えると思いますよ」
「そうか」
「今日は化学肥料をちょっとやっときましょう」
「まあ、繋ぎだからほんのちょっとな」
「はい」
3日後の夜にまた明恵和尚の寺に行き、発酵の具合を見た。
少しは臭うが、ウンコの悪臭はほとんどない。
発酵完了だ。
「いい感じですね」
「おう!」
早速水で薄めてシクラメンに掛けた。
翌日、見事に甦ったと和尚から連絡を貰った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「まあ、そうやってシクラメンが助かったんだよ」
みんな黙り込んでいた。
「あれ?」
柳が俺に言った。
「石神さん、さっきの美しい話が台無しになりました」
「てめぇ! お前が話せって言ったんだろう!」
「そういう問題じゃありません」
「このやろう!」
御堂が大笑いして俺を宥めた。
「今でも同じ肥料なのかい?」
上品な御堂は「ウンコ」とは言わない。
「そうだよ。ああ、一度化学肥料にしたのな」
「ダメだったのか?」
「うん。化学肥料だと、紫色の花になったんだ」
「!」
御堂も他の人間も驚く。
「どういうことか分からないんだよ。でも、あの真っ青な綺麗な花は、ウンコじゃなきゃダメなんだな」
「じゃあ、今でも……」
「そうだよ。俺も時々言われて足してる」
「「「「「……」」」」」
みんなが何とも言えない顔をしていた。
亜紀ちゃんがハッとして顔を挙げた。
「タカさんって、青い色が好きですよね!」
「え?」
「ほら、タカさんのお母さんもよく言ってたじゃないですか!」
「まあ、青は好きだけどな」
「だからですよ! タカさんのウンコが入ったからですよ!」
「そういう問題か?」
みんなが爆笑した。
肉娘たちがまた食べ始め、俺たちはゆっくりと酒を飲みながら食べた。
まったく食事時の話題ではなかったが。
帰りがけに亜紀ちゃんが言った。
「青さんも、肥料はやっぱり……」
「知らねぇよ!」
みんなで笑った。
「ルーとハーが帰ったら「手かざし」をしてもらいましょうね」
「絶対やめろ! 花が変わっちまうだろう! 青が泣くぞ!」
御堂が笑いながら「辞めた方がいい」と言った。
まあ、経験者だもんなぁ。
すまんなぁ。
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