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「Ω」の神
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私はルーチンの毎朝の「Ω」の餌やりの映像を眺めていた。
飼育用のアンドロイドが「Ω」たちに手際よく餌を与えて行く。
場所は決まっており、そこへ餌を運び、「Ω」たちが移動したことで、排せつ場や他の場所の清掃を行なう。
30体のアンドロイドが連携して、毎日合理的に作業をしていた。
2メートルを超える「エグリゴリΩ」はもう40体以上になり、更に3メートル級3体と5メートル級1体が生まれていた。
この止まることのない進化は不安があったものの、石神さんは心配いらないと言っていた。
「大型化は生物の進化の方向の一つだ。しかし、必ず限界が訪れる。「Ω」たちも、自然に落ち着くよ」
確かにそうだ。
太古に恐竜が世界を覆ったが、結局大型化は限界があり、生物はより柔軟に生きる個体へと変化して行った。
もちろん今でもクジラのような大型生物はいるが、あれは海洋という特殊な環境でのことだ。
重力下にある地上では、大型化は自ずと限られてくる。
地球の重力によって、動きが鈍くなってしまうためだ。
同じくモニターで観察していた疋田が叫んだ。
「増本部長! 餌場に何かいます!」
「なんだって?」
疋田は記録映像を巻き戻して私に見せた。
疋田のモニターは天井から全体を見ているものだった。
「ここです!」
モニターの箇所を指で示す。
「なんだ?」
「人間の子どもに見えますが」
確かにそう見える。
私が見ていたモニターは壁からの映像だったが、何も見えなかった。
私も自分の映像を巻き戻して確認したが、やはり何も映っていない。
「何で子どもがいるんだ!」
「分かりません! 紛れ込むはずはないのですが!」
私はすぐに蓮花さんへ連絡し、走った。
「蓮花さん! 緊急です!」
ノックをして返事のないまま蓮花さんの作業部屋へ入った。
時折、蓮花さんは作業に集中して内線にもノックにも気付かないことがある。
案の定、蓮花さんは作業台に集中していて、入って来た私に驚いた。
「なんですか! 今、東雲さんに差し上げる機体を調整しているのです! 邪魔は許しませんよ!」
「申し訳ありません!」
蓮花さんはベッドに横たわったアンドロイドに毛布を掛けた。
裸だった。
「もう! あなたが見て良いものではないのです!」
「すみませんでした! 私は何も見えませんでした!」
「なら宜しい。東雲さんは小料理屋の女将さんのような女性がお好みですからね」
「はい?」
「石神様が東雲さんをお酒に誘って聞き出したのです」
「はぁ」
蓮花さんが自慢げな顔で微笑んでおられた。
「実はわたくし、学生時代に小料理屋でアルバイトをしておりましたの」
「そうなんですか!」
「そこで女将さんに料理の手ほどきなどをいろいろと」
「だから蓮花さんの料理はどれも美味しいのですね!」
「まあ! でも、他にもフレンチレストランでもアルバイトをしましたのよ?」
「なるほどです!」
ああ、話が逸れてしまった。
「蓮花さん! 「Ω」の飼育場の中に、人間の子どもが入ってしまったようなのです!」
「なんですって!」
「先ほどモニターで疋田が見つけました。ですので」
「何でそれを早く言わないのですかぁ!」
「も、申し訳ありません!」
蓮花さんが電動移送車を呼び、急いで「Ω」飼育場へ向かった。
「どうして子どもが紛れ込んだのですか!」
「わかりません! ドアの開閉記録を確認させていますが、もちろんあり得ません。窓が万一破られれば必ず警報が鳴りますし」
「だったらどうして!」
「今、疋田が確認しているはずです!」
蓮花さんが必死の顔をしている。
子どもの安否を心配されているのだ。
「すぐに救出しなければ! 子どもの様子は?」
「はい、「Ω」たちに混ざって餌場にいました」
「?」
「そこでモニターに映ったものですから」
「その以前には見ていないの?」
「はい」
蓮花さんが私に向いて言った。
「過去1か月の全ての監視カメラの映像を「ロータス」に確認させなさい。子どもの姿を探させるのです!」
「はい、すぐに!」
飼育場に着き、私は即座に映像の全てを量子コンピューター「ロータス」に探らせた。
この研究所の全映像は「ロータス」が管理しているので、人間の子どもを探すように命ずるだけで良かった。
すぐに「ロータス」から回答が来た。
「子どもの姿は、今回の餌場でのものだけのようです」
「外部から侵入の形跡は?」
「ありません。研究所の全映像データを確認しました」
「ならばなぜ……」
「石神様に連絡しますか?」
「まだいいわ。とにかく早く救出しましょう」
「分かりました!」
蓮花さんが自ら防護服を着始めた。
私も同行するために準備する。
「蓮花さん、他の人間にやらせた方が」
「いいえ! とんでもない事態です。わたくしが行かなければ!」
蓮花さんは「Ω」が苦手だ。
だが、前にも自らの危険を冒して飼育場へ入ったことがある。
今回もそのおつもりなのだが、非力な蓮花さんではない人間の方がと思った。
しかし、蓮花さんはご自身でやるつもりだった。
蓮花さんはいつもそうだった。
真っ先に自分が突っ込んで行こうとする。
普段はおっとりとして優しい方なのだが、こういう時には勇猛果敢になる。
私もそれが分かっているから、蓮花さんをお守りしなければと思う。
「増本! なんであなたまで防護服を着るのですか!」
「お供します」
「いけません! あなたは外で指示を出さなければ」
「それは他の人間がいます。蓮花さんをお守りするのは私です」
「増本!」
「さあ、急ぎましょう」
蓮花さんはコワイ顔をなさったが、全然怖くない。
優しいだけの方なのだ。
二人で通路を進み、疋田がモニターで見ながら幾つかの扉の開閉をして行った。
飼育用のアンドロイドが「Ω」たちに手際よく餌を与えて行く。
場所は決まっており、そこへ餌を運び、「Ω」たちが移動したことで、排せつ場や他の場所の清掃を行なう。
30体のアンドロイドが連携して、毎日合理的に作業をしていた。
2メートルを超える「エグリゴリΩ」はもう40体以上になり、更に3メートル級3体と5メートル級1体が生まれていた。
この止まることのない進化は不安があったものの、石神さんは心配いらないと言っていた。
「大型化は生物の進化の方向の一つだ。しかし、必ず限界が訪れる。「Ω」たちも、自然に落ち着くよ」
確かにそうだ。
太古に恐竜が世界を覆ったが、結局大型化は限界があり、生物はより柔軟に生きる個体へと変化して行った。
もちろん今でもクジラのような大型生物はいるが、あれは海洋という特殊な環境でのことだ。
重力下にある地上では、大型化は自ずと限られてくる。
地球の重力によって、動きが鈍くなってしまうためだ。
同じくモニターで観察していた疋田が叫んだ。
「増本部長! 餌場に何かいます!」
「なんだって?」
疋田は記録映像を巻き戻して私に見せた。
疋田のモニターは天井から全体を見ているものだった。
「ここです!」
モニターの箇所を指で示す。
「なんだ?」
「人間の子どもに見えますが」
確かにそう見える。
私が見ていたモニターは壁からの映像だったが、何も見えなかった。
私も自分の映像を巻き戻して確認したが、やはり何も映っていない。
「何で子どもがいるんだ!」
「分かりません! 紛れ込むはずはないのですが!」
私はすぐに蓮花さんへ連絡し、走った。
「蓮花さん! 緊急です!」
ノックをして返事のないまま蓮花さんの作業部屋へ入った。
時折、蓮花さんは作業に集中して内線にもノックにも気付かないことがある。
案の定、蓮花さんは作業台に集中していて、入って来た私に驚いた。
「なんですか! 今、東雲さんに差し上げる機体を調整しているのです! 邪魔は許しませんよ!」
「申し訳ありません!」
蓮花さんはベッドに横たわったアンドロイドに毛布を掛けた。
裸だった。
「もう! あなたが見て良いものではないのです!」
「すみませんでした! 私は何も見えませんでした!」
「なら宜しい。東雲さんは小料理屋の女将さんのような女性がお好みですからね」
「はい?」
「石神様が東雲さんをお酒に誘って聞き出したのです」
「はぁ」
蓮花さんが自慢げな顔で微笑んでおられた。
「実はわたくし、学生時代に小料理屋でアルバイトをしておりましたの」
「そうなんですか!」
「そこで女将さんに料理の手ほどきなどをいろいろと」
「だから蓮花さんの料理はどれも美味しいのですね!」
「まあ! でも、他にもフレンチレストランでもアルバイトをしましたのよ?」
「なるほどです!」
ああ、話が逸れてしまった。
「蓮花さん! 「Ω」の飼育場の中に、人間の子どもが入ってしまったようなのです!」
「なんですって!」
「先ほどモニターで疋田が見つけました。ですので」
「何でそれを早く言わないのですかぁ!」
「も、申し訳ありません!」
蓮花さんが電動移送車を呼び、急いで「Ω」飼育場へ向かった。
「どうして子どもが紛れ込んだのですか!」
「わかりません! ドアの開閉記録を確認させていますが、もちろんあり得ません。窓が万一破られれば必ず警報が鳴りますし」
「だったらどうして!」
「今、疋田が確認しているはずです!」
蓮花さんが必死の顔をしている。
子どもの安否を心配されているのだ。
「すぐに救出しなければ! 子どもの様子は?」
「はい、「Ω」たちに混ざって餌場にいました」
「?」
「そこでモニターに映ったものですから」
「その以前には見ていないの?」
「はい」
蓮花さんが私に向いて言った。
「過去1か月の全ての監視カメラの映像を「ロータス」に確認させなさい。子どもの姿を探させるのです!」
「はい、すぐに!」
飼育場に着き、私は即座に映像の全てを量子コンピューター「ロータス」に探らせた。
この研究所の全映像は「ロータス」が管理しているので、人間の子どもを探すように命ずるだけで良かった。
すぐに「ロータス」から回答が来た。
「子どもの姿は、今回の餌場でのものだけのようです」
「外部から侵入の形跡は?」
「ありません。研究所の全映像データを確認しました」
「ならばなぜ……」
「石神様に連絡しますか?」
「まだいいわ。とにかく早く救出しましょう」
「分かりました!」
蓮花さんが自ら防護服を着始めた。
私も同行するために準備する。
「蓮花さん、他の人間にやらせた方が」
「いいえ! とんでもない事態です。わたくしが行かなければ!」
蓮花さんは「Ω」が苦手だ。
だが、前にも自らの危険を冒して飼育場へ入ったことがある。
今回もそのおつもりなのだが、非力な蓮花さんではない人間の方がと思った。
しかし、蓮花さんはご自身でやるつもりだった。
蓮花さんはいつもそうだった。
真っ先に自分が突っ込んで行こうとする。
普段はおっとりとして優しい方なのだが、こういう時には勇猛果敢になる。
私もそれが分かっているから、蓮花さんをお守りしなければと思う。
「増本! なんであなたまで防護服を着るのですか!」
「お供します」
「いけません! あなたは外で指示を出さなければ」
「それは他の人間がいます。蓮花さんをお守りするのは私です」
「増本!」
「さあ、急ぎましょう」
蓮花さんはコワイ顔をなさったが、全然怖くない。
優しいだけの方なのだ。
二人で通路を進み、疋田がモニターで見ながら幾つかの扉の開閉をして行った。
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