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闇バイトの男 Ⅱ

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 俺も鈴木さんも、尋常な事態ではないと悟った。
 何かが想像以上に違い過ぎる。
 女が俺を見た。
 冷たい目の光が俺を射すくめた。
 俺は一気に自分のことをまくし立てた。

 自分が闇バイトの人間であること。
 1年前から関り、これまでどんなことをして来たかということ。
 今日は田中さんに言われて、鈴木さんと一緒に付いて来たこと。
 そういうことを、問われる前に全て話した。
 鈴木さんが俺を睨んでいた。
 逆らえば酷い事をする人たちだと分かっていても、目の前のこの女の方が遙かに怖かった。

 「だから?」

 女が言った。
 俺の話に何の反応も無かった。

 「だから殺さないで!」
 「フン!」

 女が内線で何か話していた。
 女よりも年下の男が来て、俺と鈴木さんに手錠を掛けた。
 少年のようなその男が、この状況を見ても何の反応も示さなかった。
 それがまた本当に怖かった。
 
 「僕もいたほうがいいかな?」
 「大丈夫。私が全部やるから」
 「分かった。何かあったら呼んでね」
 「うん」

 随分と手慣れた二人だった。
 異常事態のはずなのに、何も驚いていないし、何しろ手際が良い。

 少年が部屋を出る前に俺たちに言った。

 「お姉ちゃん、人を殺すのは全然平気だからね?」
 「はい?」
 「気を付けてね。機嫌を損ねるとすぐ死ぬから」
 「!」

 女の尋問が始まった。






 鈴木さんは度々抵抗して話さないことがあった。
 その度に、女の指が鈴木さんの身体に突き刺さり、手足の骨が折られ、鼻を潰された。
 鈴木さんのスマホが出され、連絡先や組織のことを洗いざらい吐かされた。
 床が鈴木さんの血で濡れて行った。

 俺は何でも、聴かれたことに即答した。
 だから俺はほとんど傷つくこともなかった。
 ただ、怖くて震えていただけだ。
 最初は強気もあった鈴木さんも、すぐに何でも喋るようになった。
 自分や田中さんの本名や、タイに指示役の人間たちがいることを初めて知った。
 田中さんの居場所を聞いて、女が部屋を出て行った。
 俺たちはザイルで縛られ、身動きも出来なくなった。

 30分後、女が田中さんを連れて来た。
 田中さんは気を喪っており、手足があり得ない方向へ曲がっていた。
 田中さんも起こされて激しい尋問を受けた。

 夕方まで放置され、今度は背の高い男が入って来た。
 美しい顔立ちの人だったが、弱さや甘さは微塵も無い。
 多分、石神というこの家の主人だろう。

 「なんだよ、警察に突き出せば良かっただろう」
 「えー、でも結構やっちゃったしー」
 「しょうがねぇなぁ。あ! こいつら小便漏らしてんじゃんか!」
 「え! あ、ほんとだ! てめぇ!」

 田中さんが腹を蹴られ、鈴木さんが顔を殴られた。
 石神さんは、田中さんの胸倉を掴んで聞いた。

 「おい、タイの詳しい場所を言え」
 「お前ら、こんなことしてただで済むと思うな!」
 
 田中さんが怒鳴ると、石神さんの右手が消えた。
 田中さんが悲鳴を上げた。
 石神さんが何かの白い棒を持っていた。

 「お前の肋骨だ」
 
 田中さんは泣きわめいていた。
 胸に小さな穴が開いていて、そこから血が流れていた。
 大した出血ではないことが、また怖かった。

 「ケツモチはどこだ?」

 田中さんは「三輪会」だと言った。

 「ああ、元稲城会の愚連隊か」
 「そ、そうだ……」
 「じゃあ、タイの連中の居場所を言え」

 俺たちを尋問していた綺麗な女が嬉しそうに言った。

 「今度はタイ旅行ですか!」
 「千万の奴らにやらせるよ! いちいちめんどくせぇ。あいつら、タイにも拠点があったろう?」
 「えー! 悪人狩りしたかったのにー」
 「うるせぇ!」

 俺にはさっぱり分からない会話だった。
 だが、田中さんが叫んだ。

 「お前ら、千万組の人間だったのか!」
 「ばーか! 千万グループと稲城グループの総帥だぁ!」
 「!」

 田中さんの身体が大きく震え出した。

 「あいつら、何も調べねぇでこんな……」

 田中さんが震える声で呟いていた。

 「じゃー、佐藤さんちで消しちゃっていいですねー!」
 「そうだな」

 「消す」ということは、殺されて始末されるということだろう。
 俺は必死に頼んだ。

 「すみませんでした! 命だけはどうか、助けて下さい!」
 
 石神さんと女が俺を見ていた。

 「なんだこいつ?」
 「今更なんだよ、てめぇ!」

 「どうか! 助けて!」

 俺は何度も頼むことしか出来ない。
 死にたくなかった。
 そして必死に、また自分がやって来たことを話した。

 「なんだ、闇バイトの下っ端か」
 「タカさーん、もう持って行きましょうよー!」
 「まあ待て。おい、お前何で闇バイトなんかに関わった?」

 俺は最初は軽い気持ちで興味を持ったことや、そのうちに抜けられなくなったこと、でもお金は嬉しかったことなど、全部話した。
 分かりやすいように説明は出来なかったけど、必死に話した。
 石神さんは黙って聞いていた。

 「バカだな、てめぇは」
 「はい! その通りです!」

 「タカさーん、もう行きましょうよー!」
 「もういいよ。おい、渋谷の野方を呼べ」
 「野方さんですかー?」
 「ああ、前にパレボレの闇バイトの連中を任せただろう」
 「あー、更生施設ですかー」
 「まあな。あいつらに任せよう」
 「つまんないですねー」
 「そう言うなよ。パレボレの時の連中、結構変わったらしいぞ?」
 「まー、タカさんが言うならいいんですけどー」

 1時間後、警察が来て、田中さんと鈴木さんを連れて行き、俺は千万組の人たちに連れて行かれた。





 群馬のある施設に入れられた。
 俺は会社を退職させられた。
 俺の他にも、何人か若い男たちがいた。
 そして、俺と同じく闇バイトをしていたという連中が連れて来られた。

 朝から晩まで拳法の訓練をさせられ、何度も死にそうになった。
 時々鬼のようなじいさんが来て、本当に殺されそうになった。

 でも、2か月が過ぎると、身体が付いて来るようになった。
 相変わらず訓練は厳しいが、何とか乗り越えられる。
 不思議なことに、自分が如何につまらない人生を送っていたのかと思うようになってきた。
 俺たちを指導する人たちは厳しかったが、同時に優しかった。
 本当に俺たちを変えようと思ってくれていることが分かった。
 やがて、俺より前にいた人たちがいなくなった。

 半年後、俺たちも解放されることになった。

 「もう出てっていいぞ」
 「え? でも……」
 「お前、二度とつまんねぇことすんなよな」
 「はい!」

 突然の言葉に、俺は戸惑っていた。
 俺は勇気を出して言った。

 「あの! みなさんの所で働かせてもらえないでしょうか!」
 「なんだって?」
 「俺、どこで何をしていいのか。でも、みなさんの所でなら、どんなことでもしますから!」

 指導してくれた川尻さんが笑った。

 「お前よ、何でもするって、自由になったんだぞ?」
 「俺を雇って下さい!」
 「そんなこと言ってもなぁ」

 俺と一緒に連れて来られた連中も、俺と同じことを言った。

 



 俺たちは今、アラスカにいる。
 街の建築をやらせてもらっている。
 仕事はきついこともあるが、毎日が楽しい。
 とにかく、自分が間違ったことをしていないというのが嬉しかった。
 前に思っていたのとは違っているが、俺はたしかに幸せだった。
 一緒に来た連中とは、今も仲良くしている。

 俺は真っ当な仕事と、大事な仲間を得た。 
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