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一江と怪談ライブ Ⅳ

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 50代半ばのその男性は、鹿児島からうちの病院に転院してきた。
 左肺の肺ガンだったのだが、結構重度であり、無数に点在する腫瘍の除去をより確実にということで俺の評判を聞いて来たのだった。
 前の総合病院からの紹介状もあり、カルテも回してもらって俺が執刀することになった。
 うちの病院でも一通りの検査をする。
 レントゲンの映像を技師と一緒に観た。

 「石神先生……」

 レントゲン技師が俺を見ていた。

 「ああ……」

 左肺のレントゲン映像は、どう見ても何かの形を示していた。
 腫瘍が丸い形の四方に四本伸びている。
 円を中心とした十字架のように見えた。

 「なんでしょう?」
 「偶然だろう。気にするなよ」
 「はい……」

 CTやMRIでは分からない。
 肺の全体像のレントゲンだけで、その形が見えた。

 一江がオペの日程を決め、俺はその患者、仮に日野さんという男性と話した。

 「手術の日程が決まりました。来週の火曜日の午後から行ないます」
 「はい、お世話になります」

 日野さんは実直そうに見えるが、どこか危うげな雰囲気もあった。
 上手く説明出来ないのだが、人を殺したヤクザなどが纏っている気配。
 鹿児島で林業を営む、地主の人だった。
 普通は殺人などに関わらないはずだが。

 日野さんは入院などしたことがなく、非常に不安がっていた。
 だから俺も話相手になり、落ち着かせようとしていた。
 日野さんは、俺にある話を打ち明けた。
 普通なら話さないような内容だったが、不安のために俺に話したのだろう。

 「私が子どもの頃にね、親父が山の中で拾って来たってものを見せられて」

 蒔絵のついた立派な箱に入れられていたそうだ。
 手で示された大きさは、縦40センチ、横30センチ、高さ30センチほどのもの。
 日野さんの父親が、家族の前でその蓋を開いた。
 日野さんの母や、祖母、日野さんの兄、妹二人。

 みんなでテーブルを囲んでそれを見た。

 「綺麗な女の顔でしてね。私は一瞬で見惚れてしまいました」
 「そうなんですか」

 拾い物としてはおかしい。
 俺にもよく分からなかったが、日野さんはさらに不思議なことを言った。

 「その女の顔がね、私を見てニッコリと微笑んだんですよ」
 「え! 生きてたんですか!」
 「いやぁ、それがよく分からなくて」

 どういうことかと思っていたが、日野さんの話を黙って聞いた。

 「それがね、親父や他の人間には違ったものに見えてたようでして」
 「はい?」
 「兄貴は、なんだか物凄く興奮してましたよ。とんでもなくイヤラシイものを見ていたようで。妹たちは汚いとか気持ち悪いって言ってました」
 「?」

 どうにも話が見えなかった。

 「多分、みんな別々なものを見てたんですよ。お袋は宝石が一杯入っていると見えてたみたいですね」
 「お互いに話したんですか?」
 「まあ、ほんのちょっとは。でもね、私もそうですけど、あんまり話したくないって思いがあって。だから本当にみんな何を視てたのかは分からないんです」
 「なるほど」

 非常に危険なものだと感じた。

 「それは親父がどこかへ仕舞ってしまって、誰も見ることは出来なくなりました」
 「そうなんですか」
 「はい。みんなに見せた時にね、みんな夢中になってるのが親父にも分かったんでしょう。自分のものにしたいって、私も他の全員もね。だからでしょうね」
 「はぁ」

 でも、家族みんながソレを求めていた。
 日野さんも、もう一度みたいと思っていて、こっそりと家中を捜し回ったそうだ。

 「親父は県会議員もしてましてね。しょっちゅう家を空けてました。親父が「絶対に見るな」と言っていたので、みんな大人しくしてました。親父の言葉は絶対でしたので」
 
 昔の家庭はそういうことがよくあった。
 特に日野さんの家は名家であり、家長の権限は相当強かったのだろう。

 「私はそれでもどうしても見たくてね。でも全然見つからない。でも、ある時、親父が夜中に一人で動いているのを見つけて。これだって思いましたね」
 「後をつけたんですか?」
 「はい! 親父は屋根裏に上がったんですよ。今じゃもうないでしょうが、天井から階段が降りて来る仕組みがうちにはありましてね。普段使わないようなものを、屋根裏に仕舞っていたんです」
 「ああ、なるほど」

 俺も見たことがある。
 紐や壁の機構で、天井が開いて階段を引き下ろすことが出来るものだ。
 確か栞の家にもあった。

 「その日はもちろん何もしませんでした。親父がまた出掛けた時に、私も夜中にそっと屋根裏に上がったんです」
 「あったんですか?」
 「ありました! ちょっと捜し回りましたけどね。親父の足跡が残ってて。箪笥の中に大事に入れてありましたよ」
 「見たんですね?」
 「はい! また、この世のものとは思えない綺麗な女性の顔があって。私が蓋を開けると目を開いて微笑んでくれたんです」
 「そうですか」
 「それでね、声を出して笑ってくれたんですよ。それが、綺麗な鈴の音のような声で。コロコロと笑ったんです」
 「はぁ」

 その後、日野さんは父親に見つかり、大折檻を受けたそうだ。

 「もう、手足が動かないくらいにね。縛り上げられて、竹刀で何十回も叩かれて。最初はお袋が泣いて止めてくれたんですが、私があの蒔絵の箱を黙って探したと聞いたら、もう誰も助けてくれなくて」
 「そうなんですか。じゃあ、もう見れなくなったんですね」
 「はい。その一か月後に親父が死んで」
 「はい?」
 
 話が突然変わったので、俺も驚いた。

 「先生にならお話しします。40年前にもなりますが、鹿児島で日本刀で通行人を切り裂いた通り魔事件です」
 「ああ、あの!」
 
 俺も知っている。
 有名な大規模殺人で、日本刀を持った男が次々と繁華街の通行人を斬り殺して、25人が死んで40人が重軽傷を負った。
 その犠牲になったのか。

 「親父が犯人です。自分で首を斬り落として自殺したんです」
 「!」
 「あの当時はうちも大変でしてね。商売も滞るし、結構な土地を売って凌ぎました」
 「そ、そうだったんですか……」

 その後、日野さんのお兄さんが家業を継いだが、女遊びの激しい人で性病に感染して若くして亡くなった。

 「兄貴もね、きっと見つけたんですよ」
 「え?」
 「あの蒔絵の函です」
 「!」

 その後日野さんが当主となり、家業の林業を引き継いだ。
 結婚もし、普通に生活していたそうだ。

 「事件のことも大分穏やかに薄れて行きましてね。真っ当に暮らしてました」

 過去形だった。

 「それでね、1か月前に見つけたんですよ」
 「あの蒔絵の函ですか!」
 「はい。家を改築することになって、兄貴が使っていた部屋を壊したんです。そうしたら、床下から」
 「見たんですか!」
 
 日野さんは薄く笑った。
 
 「はい。最初はね、あの函がどうしたって危ないものだって分かってますから。私が厳重に金庫に仕舞っておきました。でもね、日々、見たいって思いが強くなってきて」
 
 「見たんですね?」
 
 「はい」

 科学的なことではないが、俺は日野さんの不思議な肺ガンがそのことに関連していると感じた。

 「私、タバコも吸わないんですけどね。数日後に胸が痛むようになって、すぐに血を吐くようになりました」
 「なんてことだ……」

 気味の悪い話を聞いたが、俺のやるべきことは一つだ。
 日野さんのオペを行ない、腫瘍を全て取り除いて日野さんはしばらく入院の後に退院していった。
 術後の経過は順調で、今後は腫瘍の再発を見張って行くことにはなるが、一先ず命は助かった。
 しばらくうちの病院に入院していたが、商売のこともあり地元へ帰った。




 その半年後。
 鹿児島で連続児童誘拐事件が起き、36人もの児童が行方不明になって世間を騒がせた。
 その1か月後。
 犯人が捕まり、誘拐された児童が全て激しい拷問の末に殺されていたことが分かった。
 犯人は犯行のすべてをビデオに録画していた。
 日本中を震撼させる残虐な事件であった。

 その犯人が日野さんだった。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 バン! バン! ババン! バン!……

 火を消したはずの蝋燭が全て激しく燃え上がって爆発していった。
 観客たちは悲鳴を上げて顔を覆って下を向いていた。
 耳を覆っている人間も多かった。

 「あの人の後ろ!」

 一人の女性の観客が俺を指差していた。

 「部長!」
 「なんだ!」

 一江が目の前で叫んだが、そのままへたり込んだ。

 「今、部長の後ろに大きな人影が!」
 「ん?」

 振り向いたが誰もいなかった。
 俺の向かいでギルティさんが蒼白の顔でブルブル震えていた。

 「えー、以上でお話は終わりでーす!」

 何の反応も無い。
 
 「もう、やめて……」

 小さな呟きが聞こえたが、みんなうつむいている。
 眼を閉じて耳を塞いでいる人も多い。
 一江だけが笑顔で俺に拍手していた。
 さっきまで、怪談師の方が話し終わると大きな拍手があったのに。
 また滑ったか……

 「じゃあ、佐藤家の話でもすっかぁー!」

 次の瞬間、大地震が起きた。
 ビルが激しく揺れ、会場が今度は騒然となった。
 スタッフの人間たちが慌てて落ち着くように言い、避難口を叫んでいたが、とにかく歩けない程に揺れている。
 天井の照明も大きく揺れ、俺は万一の事態に備えた。
 一江の近くに行って、落ち着くように言った。

 数分の間揺れていたが、ピタリと納まった。

 何人か、スマホで状況を確認していた。

 「地震なんてない!」
 「どこも揺れて無かったのよ!」
 
 また大騒ぎになり、ギルティさんが立ち上がって叫んだ。

 「もう大丈夫です! 石神先生のお話があまりにも凄かったんです! もう終わりましたから!」
 「あの、さとう……」
 「やめてください!」

 口を押えられた。

 「きょ、今日はここまでで! みなさん、ありがとうございました!」

 唐突に終わった。
 俺は慌ててテーブルの酒を飲んだ。
 もったいねぇ。
 観客たちが争うように出口から出て行った。

 ギルティさんが俺の所へ来た。

 「先生は最高の怪談師です!」
 「いやぁ、そんなことは」
 「また、是非お願いします!」
 「マジで?」
 「マジで!」
 「まだ話せますよ?」
 「やめてください!」

 一江とその後で飲みに行った。
 一江は楽しかったのでまた行きたいと言っていた。

 「お前の顔面がホラーだしな!」
 「また御冗談を!」
 「ワハハハハハハ!」
 「アハハハハハハ!」

 楽しかった。

 



 後日、ギルティさんから連絡が来た。
 先日の怪談ライブは、動画サイトでも流す予定で録画していたそうだ。

 「全然何も映ってませんでした!」
 「そうなの?」
 「石神先生の登場から、何も! ただ……」
 「ただ?」

 「「本当に聴きたいか?」という音声だけが……」
 「コワイね」
 「まったくです」

 ギルティさんが、あの時の霊媒師と連絡が付かなくなったと言っていた。
 あれから、ギルティさんに誘われることは無かった。
 一江が時々面白そうな怪談ライブを見つけて来て、二人で出掛けるようになった。
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