上 下
2,190 / 2,859

バレンタインデー ワールド・ワイド

しおりを挟む
 またバレンタインデーの季節が来た。
 去年はまた、本当に酷い目に遭った。
 だから今年は断固とした姿勢で秘書課と広報課に接した。

 「とにかくだぁ! 俺は今後一切チョコレートを受け取らないからな!」
 「石神部長! 横暴です!」
 「それは君たちだぁ!」

 相変わらずの平行線だ。
 院長はニコニコしているだけだ。
 この人は自分がチョコレートを貰えればそれでいい。
 俺が出した電子チョコレートの案は、その年だけしか効果が無かった。
 昨年に、「一万人に一人だけ現物を許す」ということを言ってしまったために、とんでもない量のチョコレートが来た。
 一江の仕業だが。

 今年は数によって公開する俺の映像やCGを流したが、今年はそれも許さないと言うと、秘書課と広報課から猛反発を喰らった。
 仕方なく、去年までのCGは許可すると言ったが、それでも納得しない。
 そこは俺が折れて、俺の許可が出たものだけはCGの製作を許した。

 問題は現物チョコレートだ。
 それだけは断固死守しなければならない。
 だが俺が1月末に《オペレーション・ティアドロップ》のために数日休みを取った。
 その前にも、千石に付き合って石神家本家に行っていた。
 それが痛かった。
 俺が不在の間に秘書課と広報課が結託して根回しをしていた。
 
 「私たちは十分に話し合いを持とうとしていたのですが、石神部長はいらっしゃいませんでしたよね?」
 「うぅ……」
 「ちゃんと話し合うつもりだったのですよ?」
 「いや、それはさ……」

 俺、結構頑張ってたんだけど?

 「もう、今年は時間もありません。石神部長の御意志も理解は出来ますので、どうでしょうか? 今年の現物チョコレートは100万人に一人ということでは?」
 「100万人かよ……」
 
 去年は2億人を突破したと記憶している。
 じゃあ、200個かぁ。

 「まあ、仕方ないか」
 「それで手を打ちましょうよ」
 「君らなぁ」
 「ね?」

 俺、この病院で結構偉い方なんだけど。
 何で子どもが諭されるようなことになってんだか。

 「分かったよ。でも、あんまり頑張らないでくれよな。君たちの労力も心配なんだよ」
 「石神部長! 優しい!」
 「いや」

 院長は終始何も言わずにニコニコしているだけだった。
 このやろう。

 まあ、俺も悪かったわけではないのだが、仕方なく認めた。
 この辺りが落としどころだろう。

 そして当日を迎えた。





 先月にあまり病院に来られなかったので、俺もオペは結構入っていた。
 一江たちも優秀なのだが、いろいろな兼ね合いで俺の執刀が望ましいものもある。
 特に俺は嫌なのだが政治的というか、相手によっては俺のオペでなければと言う連中もいる。
 病院の経営的に断りにくい人間たちだ。
 それが2月に入ってから立て込んで行った。
 本当にバレンタインデーどころではなかったのだ。

 バレンタインデー当日も、俺は目一杯のオペのスケジュールだった。
 第一外科部のスケジュール管理は一江に任せている。
 一応俺の眼を通すものだが、俺が口を出すことは全くない。
 一江は優秀で信頼出来る人間だ。
 バレンタインデー当日のオペが多少込み合っていた感じもあったが、別に無理なスケジュールではなかったので、俺はいつも通りにこなして行った。

 午後2時に2つのオペを終えた俺は、ようやく昼食にありつけた。
 鷹と一緒に六花に頼んでおいた平五郎の弁当を食べた。

 「鷹、午後からも頼むな」
 「はい!」

 俺は昼食を終えて、一度自分の部に戻った。
 廊下に段ボール箱が積み上がっている。
 山岸がいたので呼んだ。

 「おい、あれってまさかチョコレートじゃねぇよな?」
 「あ、部長! 正午に広報課の人が運んできましたよ」
 「じゃあ、まさか全部チョコレートかよ!」
 「はい、そのようですが」
 
 一函に50も入っているとして、全部で段ボール箱は12個あった。
 600個だ。
 2億人でも200個のはずだ!
 どうなっている!

 内線で広報課へ連絡した。

 「ああ、石神部長! 今年も大盛況ですね!」
 「おい、話が違うだろう! 2億人だとしても最大200個のはずだぞ!」

 俺は広報課が何か細工して水増ししたと思っていた。
 冗談じゃねぇ。

 「何言ってるんですか。現在石神部長には既に10億人を超える応募があるんですよ?」
 「にゃんだって!」
 「後でまた持って行きますからね」
 「おい! どういうこどだ!」

 俺が怒鳴った所へ、鷹が俺を呼びに来た。
 
 「石神先生、次のオペの準備をお願いします」
 「いや、鷹、それがさ」
 「お願いします! この後もまだまだオペがあるんですから」
 「わ、分かったよ!」

 一江がどうしているか聞くと、俺が来る寸前に昼休憩に出たと山岸が言った。
 あの野郎のせいかぁ!

 俺は怒涛の勢いでオペをこなしていったが、それでも終わったのは夜の6時だった。
 チョコレートの件は、何も手が出せなかった。




 部に戻ると、大森が青い顔をして待っていた。

 「一江はどうしたぁ!」
 「帰りました!」
 「呼び戻せ!」
 「先ほどから携帯が繋がりません。家にも戻っていないのだろうと」
 「あんだと!」

 制服を着替えた広報課と秘書課の人間がニコニコしてやって来た。

 「ああ、やっと終わったんですね! 石神部長、おめでとうございます!」
 「……」
 「今年は84億9234万2812人でしたぁ!」

 「おい! 地球の人口を超えてるだろう!」
 「そこは我々もよく分かりません。一江副部長が集計した数字ですので」
 「あの野郎!」
 
 8492個もの現物チョコレートが来た。
 流石に広報課たちも予想以上だったので、5000個しか用意が無いと言って謝られた。

 「三日以内にの頃に3492個をお持ちしますので」
 「いらねぇよ」
 「ダメですよ! もう当選者の方たちから入金されてるんですから!」
 「……」

 俺は自分の部屋の椅子にへたばって腰かけた。

 「おい、どうしてそんな数になったんだよ」
 「一江副部長が、アメリカとヨーロッパ各国の政府、それに南アフリカ共和国やトルコ政府、フィリピンやその他各国政府に情報を流したらしいですよ?」
 「なんだそりゃ」
 「私たちも意味は分かりませんでした。でも、その後にそれらの国々から大量の抽選申し込みと電子チョコレートの申し込みがありました。もうハッキングレベルで回線がパンクしそうになると、一江副部長が助けてくれまして」
 「あー」
 
 《セラフィム》をこんなことに使いやがったかぁ。

 「でもよ、世界人口以上っておかしいだろう!」
 「そこは我々には。確かに同一人物からの複数IDの応募があったんでしょうけど」
 「それは無効じゃないか!」
 「そう言われましても! 私たちにどれが無効なものなのかなんて分かりませんよ!」
 「!」

 まあ、言われてみれば確かにその通りだ。

 「そんなことより、石神部長! バチカンのローマ教皇から来たんですよ!」
 「なんだって?」
 「それにアメリカ大統領とかEC各国の首脳からも! スゴイですよ!」
 「……」

 「それに、今年は電子チョコレートに100字までのメッセージが登録できるようにしてますから!」
 「それ、聴いてねぇけど?」
 「読んであげてくださいね!」
 「……」

 80億×100字だぞ。
 
 「いやぁ、今年も私たち、大満足です!」
 「よかったね」
 「「「「「「はい!」」」」」」

 全員が握手を求めて来たので、握ってやった。




 チョコレートは何とかいつも通りの伝手でこなした。
 一江は3日間有休を使って休んだ。
 温泉旅行に出掛け、行方をくらましていた。

 その週の金曜の夜に、一江を拉致してアラスカで「ワキン・バンジー」をやらせた。
 大森が号泣して俺に謝って来るので、3回で終わった。
 一江は5時間ほど糞便を垂れ流して、気持ち悪い笑いを振りまいていた。

 ら、来年は絶対にぃー!
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

処理中です...