上 下
2,177 / 2,840

千石と少女 Ⅲ

しおりを挟む
 東雲さんが砲撃訓練から戻って来た。
 一緒に飲む約束をしていたので、「アヴァロン」のバーに二人で出掛けた。
 今日の砲撃訓練で、自分が「花岡」を教えた人たちが素晴らしい成果を挙げていたと聞き、嬉しくなった。
 
 「ルーさんたちの指示で、何種類かの大技を連続して撃って行ったんですよ。誰も途中でリタイアしませんでした。千石さんのお陰です!」
 「いや、みなさんが真面目に鍛錬した結果ですよ。「虎」の軍は本当に素晴らしい。世界中で、こんなに優秀な軍隊はありません」

 今日の砲撃訓練で、「花岡」の当主(現当主は石神さんだ)斬さんが石神さんの親友の聖さんと戦ったことを聞いた。
 
 「いやあ、どっちもとんでもねぇ方々でしょう? あっしもどうしていいか分かんなくて」
 「止めなかったんですか?」
 「そりゃ「やめてください」って叫びましたよ。でもあっしの声なんて聞くわけねぇ」
 「アハハハハハハ!」

 その通りだ。
 あの二人であれば、誰の言葉も聞かない。
 石神さんだけだろう。

 その時、東雲さんに電話が来た。

 「あぁ! 噂をすれば旦那からだぁ!」

 東雲さんは俺に断って席を立って電話を受けた。
 姿は見えないのだが、東雲さんは自然に直立して話していた。
 必死に頭を下げて謝っている。
 今話していたことだろう。
 石神さんのよく響く声が、俺にまで聞こえた。

 「あいつらが本気になったら、怪我だけじゃ済まないんだぞ!」
 「はい! そりゃもう承知してます!」
 「だったらどうして止めねぇ!」
 「申し訳ありません!」

 「まあよ、お前には荷が重いのは分かってるけどよ」
 「すいません!」
 「でもお前も総指揮官になったんだ。何とかしろ!」
 「はい!」

 一通り説教が終わり、東雲さんは電話を切った。

 「大変ですね」
 「いやあ、旦那のおっしゃる通りですから」
 「はぁ」

 東雲さんという男は落ち込むことはない。
 全てを受け入れ、何とかしようとする。
 そういう人だからこそ、石神さんも信頼しているのだろう。
 俺は話題を変えるために、東雲さんに尋ねた。

 「東雲さん、どこか女の子が喜びそうな場所を知りませんか?」
 「えぇ! 千石さん、女が出来たんですか!」
 「いや、違いますよ! 最近知り合ったローティーンの子で……」

 俺はサーシャのことを話した。
 偶然定食屋で縁が出来て、先日「ほんとの虎の穴」でご馳走されたことを。
 石神さんのご厚意で、VIPルームでの豪華な食事であったことなど。

 「ああ! 借り物競争で旦那を連れてって優勝したあの子ですか!」
 「そうです。あんなに豪華な食事を頂いたので、是非何かお返しがしたいと」
 「なるほど。分かりました! でもあっしもこういうのは全然で。じゃあ旦那に聞いてみましょう」
 「え!」

 今石神さんから怒られた直後だ。
 我が耳を疑うほどに驚いた。
 
 「いいえ、また改めて機会があったらで結構ですから」
 「そんなこと! お任せください!」

 東雲さんが石神さんから信頼される理由がまた分かった。
 この人は、良いと思ったこと、やらなければならないこと、必要なことで、一切躊躇わないのだ。
 何事かを任せるにあたって、それは本当に素晴らしい資質だ。

 「なんだてめぇ!」
 「すいやせん!」

 「……」

 いきなり怒鳴られてた。
 それでも東雲さんは俺の話を石神さんにしてくれた。

 「なんだ、千石がかよ。相手は誰だ?」
 「それが、あの運動会の借り物競争で優勝した女の子だそうで」
 「サーシャか!」
 「はい、その人です」

 石神さんは喜んで大笑いしていた。

 「よーし! じゃあ、明日にでもいい所へ案内してやる」
 「ほんとですかい!」
 「今、ルーとハーがそっちに行ってるだろう?」
 「はい」
 「電話しといてやる。ミミクンツアーに行かせてやろう」
 「はい?」
 「千石に、明日の10時に車両管理場に行くように言ってくれ」
 「あ、本人が目の前にいます」
 「さっさと替われ!」

 俺が替わると、石神さんが大笑いして俺に指示された。
 
 「ミミクンというのは、アラスカを護っている神獣の一体だ。綺麗な場所に案内してくれるぞ」
 「そうなんですか!」
 「お前はハマーで指定の場所まで行け。ルーとハーも付いて行く。諸々の準備は二人にやらせるから大丈夫だ」
 「お願いします!」
 「まあ、ピクニックみたいなもんよ。食事もちゃんと用意させるからな!」
 「ありがとうございます!」

 そういうことになった。
 東雲さんに深く礼を述べると、東雲さんが恥ずかしそうに笑った。

 「良かったですね」
 「東雲さんのお陰だ」
 「いえ、自分なんて。楽しんで来て下さい」
 「ありがとうございます」

 なんだか分からないが、その神獣が案内してくれるらしい。





 翌日、10時に車両管理場に行くと、既にルーさんとハーさんが待っていた。
 
 「すみません、遅くなりまして」
 「まだ時間前だよ。今日はよろしくお願いしまーす」
 「こちらこそ」

 間もなく、サーシャさんたちが来た。
 ピクニックと伝え動きやすい服をということで、二人とも鹿革のズボンを履き、上も暖かそうなムートンのコートを着ていた。
 サーシャさんが水色で、ヴァシリーサさんは淡いピンクのものだった。
 同じ店で二人で買ったのだろう。
 よく似合っている。
 下にもたっぷりと厚手のセーターを着込んでいて、防寒は大丈夫そうだった。。

 俺がハマーを借りて運転した。
 ルーフに大きなソファと折り畳みテーブルが固定されている。
 どういうことかは聞かなかったが、ピクニックの場所で使うのだろうか。
 ルーさんの指示で基地の外の荒野を進んでいった。
 サーシャさんが後ろのシートから俺に話し掛けて来た。

 「千石さん! 今日はありがとうございます!」
 「いや、先日の美味しいご馳走には及ばないけど、今日は石神さんから素敵な場所を教えてもらって」
 「石神さんに!」
 「俺も知らない場所なんだ。楽しみだね」
 「はい!」

 1時間くらい走り、開けた岩場に着いた。
 みんなでハマーを降りて外に出る。
 ルーさんたちが、ルーフから大きな5人掛けのソファとテーブル、荷台から幾つかのコンテナを下した。
 なんだろう?
 俺がハマーで神獣の後を付いて行くのではないのか?
 お二人が荒野に向かって叫んだ。

 「「ミミクーン!」」
 
 地平の彼方から、地響きが響いてきた。
 徐々に、姿が見えてくる。

 「!」
 
 巨大な蛇のような身体に、巨大な足が付いているような姿だ。
 サーシャたちが驚いている。
 俺は慌てて説明した。
 
 「石神さんに頼まれて、アラスカを護っている神獣だそうだよ」
 「「……」」
 
 返事が無い。
 段々近づいてきた。
 俺も言葉を喪った。
 数キロにも及ぶ体長。
 なんだ、これは。
 俺は勝手にもっと小さなサイズで、道案内をしてくれるのを想像していたのだが。

 「ミミクーン! 今日もよろしくね!」
 《委細承知》

 頭の中に直接声が響いた。
 テレパシーというものか。

 ルーさんたちが、最初にソファをミミクンの背中に運び、コンテナも運んだ。

 「千石さんは自分で大丈夫だよね?」
 「え? ええ」
 
 ルーさんとハーさんはサーシャさんたちを抱えて上に飛んだ。
 俺も一緒に上がる。
 ミミクンの背中は広く、地上から数十メートルの高さで景色が拡がった。
 背中は意外に平面の場所もあり、そこへソファとテーブルが置かれていた。

 俺たちはソファに座らされ、ルーさんとハーさんは両脇に立った。

 「じゃあミミクン! しゅっぱーつ!」

 ミミクンが歩き始める。
 先ほど見ていた時に想像していたよりも、ずっと振動や揺れは無い。
 徐々に、サーシャさんとヴァシリーサさんも慣れて落ち着いて来た。

 「まさか、背中に乗って移動するとは思いませんでしたよ」
 「「ワハハハハハハハハ!」」

 あまりに驚き過ぎたせいか、俺たちも大声で笑った。

 「「「アハハハハハハハ!」」」

 2時間も移動し、途中の景色を眺める余裕も出て来た。
 そして崖から見下ろす美しい氷河の景色が見えて来た。
 
 「じゃー、ここでお昼にしよっか!」

 ルーさんたちがコンテナを開き、次々に食事を並べた。
 サンドイッチやパスタ、唐揚げや様々な総菜とスープ。
 お二人が手をかざすと、スープなどがたちまちに温まった。

 「まさか、それって電子レンジですか!」
 「さっすがぁー!」

 ハーさんが笑って、俺にも教えてくれた。
 前に二人して無人島に飛ばされ(なんだ?)た時に編み出した技らしい。
 俺たちは楽しく食事をした。
 ルーさんとハーさんはずっと石神家の楽しい話をしてくれた。

 ハマーを停めた場所まで戻り、ミミクンは去って行った。
 俺たちも基地に戻って、ルーさんとハーさんに礼を言った。

 「タカさんに言ってくれれば、今度はワキンで空中散歩が出来るよ!」
 「ワハハハハハハハハ!」

 いや、そいつは結構です。
 今日のでも相当です。

 


 それから、サーシャたちと時々食事をするようになった。
 俺のアラスカでの楽しみの一つになった。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...