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早乙女家 《久留守》

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 早乙女から電話が来た。
 俺はまだ病院にいて、丁度オペが終わって一休みしていた。

 「さっき無事に生まれたよ!」
 「そうか! おめでとう!」

 早乙女が嬉しそうな声で話していた。

 「3200gで元気な男の子だ」
 「そうか、じゃあ健康だな!」
 「うん! あ、でも多指症というものらしい」
 「指が多いのか?」
 「ああ、両手とも6本なんだ。足は5本なんだけどね」
 「そうか、全然心配いらないよ。むしろ多指症は神聖な生まれと言われる地域も多いしな」
 「そうなのか!」

 話はそこまでにした。
 早乙女にはそう言ったが、多指症の場合切断した方が良い場合が多い。
 筋肉や腱が上手く形成されず、手全体の動きに支障を来すことがある。
 だから運動神経の整い始める1歳までに切断することがほとんどだ。
 まあ、それは今後に決めればいい。
 切断の手術は難しくは無い。
 今話して不安になるよりも、今後ゆっくりと相談すればいい。
 担当の医師も詳しいことはまだ話していないようだ。
 俺から、それとなく状況を聞いてみよう。

 「じゃあ、夕方にでも顔を出すよ。怜花も連れて行っていいか?」
 「ああ、頼む。忙しいのに申し訳ないな」
 「そんなことは全然ないよ。俺も楽しみだ」
 「そうか! ああ、それでな」
 「うるせぇ!」

 電話を切った。
 あいつ、また名付けを俺に頼みたいのだろう。
 前から言われていたが、断固断っていた。
 怜花の時には断り切れなかったが、子どもの名前は夫婦で決めるべきだ。
 怜花のことだって、今でも後悔という程ではないが、やはり夫婦でとも思っている。
 
 一江や部下たちに、早乙女に男児が生まれたと話した。
 知っている人間なので、みんな喜んだ。
 一江が俺に近づいて言った。

 「早乙女家、ペース早いですよね?」
 「そうだよなー」
 「雪野さん、お綺麗ですもんね!」
 「お前、下品なことを言うなよ」
 「でも、そうだからでしょう!」
 「間違いねぇけどな!」

 「「ワハハハハハハ!」」

 まあ、そういうことだ。

 「前にガードにつけたモハメドに聞いたらよ、毎日やってるらしいぞ」
 「大変ですね!」
 「体位も聞いた」
 「どんなのですか!」
 「話せるか!」
 「だって、部長は聞いたんですよね!」
 「ああ、聞いちゃった!」

 「「ワハハハハハハ!」」

 一江の頭をはたいて仕事へ戻れと言った。
 俺はオペも終わったので、早めに帰ることにした。
 部下たちが、お祝いを用意すると言ったので、仰々しくするなと言っておいた。

 


 家に戻ると、亜紀ちゃんたちも早乙女から電話をもらって知っていた。

 「タカさん! 楮紙と墨を用意しました!」
 「ばかやろう!」
 「でも、名付けするんですよね?」
 「しねぇよ!」
 「早乙女さん、楽しみにしてましたよ?」
 「あのバカぁ!」

 亜紀ちゃんたちも行きたいと言ったが、大勢で行けば出産を済ませた雪野さんの負担になると言った。

 「ちょっと落ち着いたら行けよ」
 「そうですかー。分かりました!」

 俺は怜花を抱いて、ベンツに乗せた。
 チャイルドシートを亜紀ちゃんが装着してくれる。

 「じゃあ行って来るな」
 「おめでとうございますって伝えて下さい!」
 「ああ、分かったよ」

 病院は近い。
 怜花はご機嫌で俺を触りたがった。

 「お前もお姉ちゃんになったな!」
 「うん!」

 よくは分かっていないだろうが、怜花は嬉しそうに笑った。

 病院の駐車場で怜花を抱き上げて、病室へ向かった。
 病室で、早乙女が雪野さんと話していた。
 
 「よう、来たぞ!」
 「石神!」
 「石神さん!」

 雪野さんも元気そうだ。
 二人目だからか、前回よりもやつれは少ない。

 「雪野さんも元気そうで良かった」
 「はい、ありがとうございます」
 
 怜花を早乙女に抱かせた。

 「早速だけど、子どもを観てくれよ」
 「ああ」

 怜花を抱いた早乙女と一緒に、新生児室へ行った。
 数人の赤ん坊がベッドで眠っている。

 「あの子だよ!」
 
 左端のベッドを早乙女が指さした。
 
 「もう少しで、一度連れて来るから。ちょっと待っててくれないか?」
 「ああ、分かったよ」

 授乳の時間なのだろう。
 離れてはいるが、元気そうな赤ん坊で安心した。
 病室へ戻って、雪野さんと少し話をした。

 「夕べなんですけど、不思議な夢を視まして」
 「ほう、どんなです?」

 眠っているベッドの天井に、明るく輝く雲が見えたそうだ。
 そして、段々光が強くなり、いつの間にか空に自分が浮かんでいたと言う。

 「そして、目の前に銀色の大きな十字架が見えたんです」
 「そうですか」
 「その十字架がまたさらに光って、もう目が開けていられないくらいに」
 「……」

 そこで目が覚めたようだ。
 俺は平静を装っていたが、戸惑っていた。
 十字架はスペイン語で「クルス」だったからだ。
 一瞬で俺はルイーサとの会話を思い出していた。

 「石神、雪野さんの夢って、何か意味があるのかな?」
 「俺に分かるわけないだろう!」
 「そうか。お前なら何か説明がつくんじゃないかと思ってた」
 「お前、俺のことを何だと思ってるんだよ」
 「凄い奴」
 「……」

 雪野さんが笑っていた。
 赤ん坊が看護師に連れられて来た。
 雪野さんはまだ母乳が出ないので、哺乳瓶で授乳させる。
 赤ん坊が懸命に哺乳瓶を吸っていた。

 「おう、本当に元気な赤ちゃんだな」
 「そうだろう!」

 早乙女が喜んだ。
 授乳が終わり、雪野さんが俺に赤ん坊を抱いて欲しいと言った。
 引き受けてそっと抱き上げる。
 赤ん坊はまだ目が開いていないが、俺に手を伸ばして来る。
 俺は小さな手を指で突いてやった。
 俺の人差し指を握りしめた。
 その感覚を早乙女達に気付かれないように観察した。
 6本の指。
 それが均等に俺の人差し指を握っている。
 これは、多指症だが全ての指が正常に動くことを表わしていた。
 経過観察とレントゲンの詳細な診察が必要だが、もしかすると切断の必要はないかもしれない。
 俺も内心でホッとしていた。

 その時、俺の頭の中で響いた。


 《クルス、参りました》


 「!」

 「石神、どうかしたか?」
 「あ、ああ」

 咄嗟に驚きが顔に出てしまったらしい。
 早乙女が不審がるので、雪野さんも俺を見ていた。

 「ああ、何でもないよ。握る力が結構強いな」
 「そうか!」
 「本当に元気そうだ」
 「そうか、良かったぁ!」

 早乙女が喜び、雪野さんも安心して微笑んだ。

 「石神、それで前にもお願いしたんだけど」
 「ああ」
 「石神さん、私からもどうか。この子の名前を付けていただけませんか?」

 俺は少し考えた。
 ここに来るまでは断固断ろうと思っていたことだ。
 しかし……

 「ちょっとした案だから、二人で考えて他の名前も用意してからさ。その上で決めてくれよ」
 「石神! 本当に!」
 「おい、ちゃんと自分たちでも考えてからだぞ! 俺のは単なる一案だ!」
 「わ、分かった」

 「今度は男の子だからな。早乙女家を継ぐ人間になるかもしれん」
 「あ、ああ」
 「だからお前の一字を付けて《久留守》という名前だ。久しい、留める、守る。久しく留め守る者という意味だ。ああ、スペイン語では十字架を意味するな」

 「石神!」
 「石神さん!」

 二人が叫ぶ。

 「ぴったりだ! 雪野さんの夢とも重なる名前だよな!」
 「まあそうだな」
 
 早乙女達が本当に喜んだ。
 俺は小さな声で赤ん坊に話しかけた。

 「お前は早乙女と雪野さんの子どもだ。俺のことなんか気にしないで、元気に育てよな」

 赤ん坊が一層の力で俺の人差し指を握った。




 まあ、結局は《久留守》という名前になった。
 ルイーサにも経緯を話すと、喜んでいた。
 後日、うちの子どもたちも久留守に会いに行き、大興奮だった。
 本当に元気に育ってくれればそれでいい。
 俺たちはまた守るべき人間が増えた。
 本当に嬉しい。
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