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獅子丸の親友 Ⅵ

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 早乙女さんたちが、路上に倒れている怪物化した遺骸を見ていた。

 「早乙女さん! こいつワイヤータイプですよ!」
 「ああ! 川瀬がやったんだな」
 「こいつはライカンスロープの中でも最強のタイプだ。あいつ、ヤバいですぜ!」
 「愛鈴! 早霧と交代だ! お前が川瀬の相手をしてくれ」
 「分かりました!」

 愛鈴さんが全身を変身させた。
 恐竜のような姿になる。
 早霧さんが抜刀して俺の傍に来た。

 「獅子丸! 前に出るなよな!」
 「……」
 「お前! 返事をしろ!」

 その時、ビルの窓が爆発したかのように飛び散った。
 コンクリートの破片が落ちて来る。
 パトカーのルーフに当たって、大きな音と共にルーフがへこんだ。

 「来るぞ!」
 
 早霧さんが叫んだ。
 3階の大穴の空いた窓から、鬼の姿になった川瀬が飛び降りて来た。
 地面のアスファルトが沈んで、4メートル近い鬼が咆哮した。


 《グウォォォォーーーオゥ!》

 
 「あいつ! さっきよりもでかいぞ!」
 「愛鈴!」
 「はい!」

 3メートル近くまでなった愛鈴さんが鬼に向かって行った。
 右手を突き出した。
 白い光が伸びて、鬼の胸にぶつかった。
 激しい炸裂音がして、鬼の肉が飛び散って行く。

 「かわした!」

 早霧さんが叫んだ。
 鬼は高速で移動し、瞬時に愛鈴さんの右に並ぶ。
 愛鈴さんが右手で鬼が振るう攻撃を防いで吹っ飛んだ。

 「愛鈴!」

 地面を転げながら、愛鈴さんが立ち上がる。
 ダメージはそれほど無いようだ。
 鬼はそのまま愛鈴さんに走る。

 「川瀬! こっちだぁ!」

 俺も全身を変身させた。
 身体に力が漲って来る。

 「バカ! 獅子丸、何をやってんだぁ!」
 「川瀬! 俺はここにいるぞ!」

 鬼が俺を見て、巨大な口を思い切り開いた。

 《フゥッファッファッファァー-!》

 鬼が笑った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「ねえ、キーチャン? 楽しそうだよね?」
 「ああ、そうか久美?」

 夕飯の洗物をしていた久美が、嬉しそうに笑って椅子に座る俺の背中に抱き着いた。
 
 「うん! なんだか嬉しそう!」
 「そうかよ。今日さ、喧嘩で初めて負けたんだ」
 「え!」

 久美が慌てて身体を離し、俺の全身を確認して行った。
 怪我をしていないか心配したのだろう。

 「大丈夫だよ。本当に見事にやられちまって、怪我をする間も無かった」
 「あー、良かったぁー!」
 「おい、俺は負けたんだぞ!」
 「あ、そっか!」

 二人で笑った。
 久美がまた俺の背中に抱き着いた。
 椅子に座っていると、久美の身長と同じくらいになる。
 久美はだから、座っている俺に抱き着くのが好きだった。

 「獅子丸っていう奴でさ。俺よりも身長が高い」
 「えぇー! じゃあスゴイじゃん!」
 「そうだな。でも筋肉は俺の方が多いよ」
 「そうなんだ!」
 「だけど、負けちまった。強い奴だ」
 「へぇー! キーチャンよりも強い人っているんだ!」
 「そうだな」

 「でも、負けたのに嬉しそうだよね?」
 「ああ。いい奴だったからな」
 「そうなの?」
 「ぶつかれば分かるよ。あいつは本当にいい奴だ。負けて後悔はねぇ」
 「そうなんだ!」

 何故か久美も嬉しそうだった。
 こいつは俺の心が分かる女だった。
 いつでもどこでも俺のことを考えている奴だからだ。
 俺も久美のことをいつも思っているから分かる。

 「けじめを付けなくちゃな」
 「え、また喧嘩するの?」
 「いや、俺が負けたんだ。獅子丸の下につく」
 「そうなんだ」
 「獅子丸と一緒にやってくよ。楽しみだぜぇ!」
 「良かったね!」

 久美も喜んでくれた。
 俺が嬉しければ自分も嬉しいという女。
 俺も久美が喜べば嬉しい。




 しかし、獅子丸は俺を下には入れてくれなかった。
 久美にそう言うと、久美が笑って言った。

 「じゃあさ、お友達になればいいじゃない?」
 「え、友達?」
 「そうだよ。いい人なんでしょう?」
 「そうかぁ!」

 久美を抱き締めた。
 久美がちょっと苦しいと言った。
 でも、俺は久美への感謝をそうして示すしか無かった。
 久美は自分を頭が良くないと言う。
 そんなことは絶対に無い。
 久美は俺と獅子丸を友達にしてくれたのだ。
 最高の女だった。

 獅子丸に久美を紹介した。
 
 「へぇ、可愛らしい人だな」
 「そうだろう!」

 獅子丸はやっぱりいい奴だった。
 久美も最高だった。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 早霧さんは川瀬に立ち向かい、途端に吹っ飛ばされた。
 受け身を取って衝撃を和らげて転がって行くのを確認する。
 川瀬はすぐに、俺に襲い掛かった。
 川瀬の攻撃は重く速かった。
 俺は全身に攻撃を喰らい、身体が重くなって行くのを感じた。

 「獅子丸さん! 離れて!」

 愛鈴さんが叫んでいる。
 離れれば何が起きるのかが分かっている。
 だから離れられなかった。

 川瀬は笑いながら俺に突進して来た。

 「!」

 身体を低くして俺の足を掴もうとする。
 俺は川瀬の後頭部に渾身の拳を入れた。
 それは、最初に川瀬に会ったあの日の攻撃だった。

 《グッファァ》

 低くくぐもった声で川瀬が叫んだ。
 そのまま川瀬の顎に、左の膝蹴りを見舞った。
 川瀬の身体が沈んだ。
 俺は攻撃を止めて川瀬の首を掴んで持ち上げた。

 「川瀬! お前!」

 《イイユベヲビダ》

 いい夢を見たと言ったのか?

 「川瀬! しっかりしろ!」

 突然、俺の身体が引き剥がされた。
 早霧さんが、俺の両脇を抱えて川瀬から離して行く。
 愛鈴さんが近付いて、川瀬の腹に恐ろしく太い腕をぶち込んだ。
 川瀬の胴が千切れるほどに破壊された。

 「やめてくれぇー!」

 俺は全力で叫んだ。

 「獅子丸! お前の身体がボロボロだぁ!」
 「愛鈴さん! もうやめてくれ!」
 「獅子丸!」

 俺を抱えながら、早霧さんが怒鳴っている。
 愛鈴さんは、川瀬の傍に立ったままでいた。
 もう攻撃は続けずに、俺の方を見ていた。

 川瀬の身体が萎んでいった。
 徐々に変身が解け、人間の肉体に戻って行く。
 大柄の川瀬だったはずだが、その身体に戻って尚縮んで行った。

 「川瀬ぇ!」
 
 俺は早霧さんを振りほどき、川瀬に駆け寄った。
 全身が燃えるように痛んだ。
 細身とも言える身体になった川瀬の上半身を抱き起す。

 「し、しまる……」
 「川瀬! しっかりしろ!」
 「せわを……かけ、たな」
 「川瀬!」

 川瀬が微笑んでいた。
 あの、気の良い川瀬の顔だった。

 「今、病院へ運んでやる!」
 「い、いよ」
 「大丈夫だ! お前は頑丈だから!」

 川瀬が目を細めて笑った。

 「あいす、くりーむ」
 「え?」
 「その、へんに……な、いか」
 「なんだって?」
 「くみ……あのとき、はん、ぶんしかたべ……なかったん、だ」
 「川瀬……」
 「おれが、あついか、ら……すぐに、くっちま……てさ」
 「おい! しっかりしろ!」

 「たのむ……かってき、て」
 「分かったよ! すぐに探して来る!」

 「ありが、とう」
 「待ってろ!」
 「く……みが……よろこ、ぶ」

 俺は川瀬の身体をそっと置いて、立ち上がった。

 「し、しまる……」

 川瀬が地面で呟いた。
 俺はまたしゃがんで、川瀬の口元に耳を近づけた。
 愛鈴さんが止めようとしたが、早霧さんが押さえてくれた。

 「お、ま……へ、は……さい、こう……のとも、だ……ち」
 「そうだよ! 俺たちは親友だぁ!」
 
 川瀬が目を閉じ、微笑んだ。

 早乙女さんが近付いて来た。

 「獅子丸。終わったぞ」
 「……」

 肩に手を置かれた。
 早霧さんと、毛布を巻いた愛鈴さんも来た。

 「早乙女さん、お願いがあります!」
 「なんだ?」
 「川瀬と久美を、一緒に葬ってやって下さい!」
 「獅子丸、それは……」

 早乙女さんが戸惑っていた。

 「お願いします! 俺、何でもしますから!」
 「しかしな。ライカンスロープになった人間は特別な扱いになるんだ。遺伝子情報を盗まれないように……」
 「お願いします! お願いします! 俺はどうなってもいい! 何でもしますから!」
 「獅子丸……」

 早乙女さんは少し考えていた。

 「機密の研究所があるんだ。そこで一部のライカンスロープの遺体を管理している。そこで埋葬もしているはずだ」
 「早乙女さん!」
 「俺が頼んでみるよ。久美さんって、あのマンションの犠牲者だろう?」
 「はい」
 「分かった。俺に任せてくれ」
 「ありがとうございます!」
  




 2か月後。
 早乙女さんから、川瀬の墓に連れてってもらえると言われた。
 数日後、俺は目隠しをされ、何かに乗せられた。
 ほんの少し浮遊感があり、5分後に地上に降りたのを感じた。
 目隠しをされたまま、今度は自動車のようなもので運ばれた。
 20分後、目隠しを外される。

 「目を開けろよ、獅子丸」

 目を開けると、石神さんがいた。
 目の前に、墓があった。
 大きな沙羅双樹の樹があり、その前に墓石があった。
 周囲に囲いはない。
 墓石には、川瀬杞紗と相川久美の名前が刻まれていた。

 「早乙女がいつになく一生懸命に俺に頼んで来てな」
 「そうだったんですか」
 「可哀そうだが、ライカンスロープになった連中に墓は作れねぇんだ。灰になっても特殊なもんでよ」
 「はい」
 「でも、この二人は特別だ。俺の息子が一緒に焼いて、一緒の骨壺に納めた」
 「ありがとうございます!」

 俺は持って来たアイスボックスから、アイスクリームを二つ取り出した。
 墓前に置く。

 「おい、ここは誰も来ないんだ。悪いが、それは後で持ち帰るぞ」
 「はい、分かりました」

 俺はアイスクリームのカップを開いて、スプーンを挿した。
 石神さんが花を活け、線香を焚いてくれた。
 手を合わせてお経を唱えてくれる。
 俺はお経など知らないので、黙って手を合わせていた。
 
 随分と長いお経だった。
 俺はその間に何度も泣いた。
 石神さんはずっと、お経を唱えてくれた。

 「そろそろ、そのアイスは食べてくれただろう」
 「はい」

 1時間も手を合わせていた。
 線香もとっくに燃え尽きていた。
 アイスクリームも溶け切っていた。
 俺はそれをアイスボックスへ仕舞った。
 気のせいか、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

 「また連れて来てやるよ」
 「はい、ありがとうございます」
 「こんなんで悪いな」
 「いいえ。本当に良くしてもらいました」

 俺たちが立ち去ろうとすると、風が吹いた。
 沙羅双樹が揺れて、陽光をキラキラと墓石に散らせた。
 石神さんも眺めていた。

 「良かったな、獅子丸」
 「はい!」

 石神さんが微笑んで俺に言ってくれた。
 また目隠しをされた。
 俺の目から涙がこぼれ、目隠しを濡らした。
 石神さんが優しく肩に手を置いてくれ、また車に乗せてくれた。

 



 川瀬、久美さんと一緒にいるか。





 俺は泣きながら、二人が一緒に笑っている景色を想像した。
 家に帰るまで、ずっと想像していた。
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