富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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獅子丸の親友 Ⅴ

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 8月の暑い夜。
 久美のマンションに来ていた。
 冷房の苦手な久美のために、窓を開けている。
 高所のマンションの部屋なので、結構涼しい風が入る。

 「久美、来週はお前の誕生日だろう?」
 「え! うん、そうだ!」
 「どこかで美味い物を食べよう」
 「ほんとに!」
 「ああ、何が喰いたい?」

 久美が嬉しそうに笑った。
 そして突然顔を伏せる。

 「あ、でも誕生日の日って仕事が」
 「なんだよ、どうにかならないのか?」
 「うん。スーパーで棚卸の日だから、遅くなっちゃうんだ」
 「そうなのかよ」

 別な日にでもと思った。

 「そうだ! キーチャン、アイスクリームが食べたいよ!」
 「え?」
 「スーパーの敷地でね、この時期だけアイスクリームの屋台が出てるの!」
 「なんだよ、それ?」
 「なんかね、美味しそうなんだ」
 「食べてねぇの?」
 「だって、ちょっと高いんだよ」

 高いと言っても、たかがアイスクリームだ。
 久美は無駄な金を使おうとしない。
 一生懸命に働いて、その金をちゃんと貯金している。
 
 「アイスクリームかー」
 「ねえ、一緒に食べてくれない?」
 「俺がか?」
 「うん!」

 アイスクリームなんて、一体何年食べてないことか。
 甘いものが苦手だった。
 でも、久美が楽しみにしている。

 「分かったよ。でも、本当にそこでいいのか?」
 「うん! キーチャンと一緒なら本当に嬉しい!」
 「じゃあ決まりだな!」
 「うん!」

 食事はまた別に誘おう。
 久美はいつも遠慮するが、俺が久美と一緒に食べたいのだ。

 翌週、久美の仕事場のスーパーに行った。
 久美の休憩時間に合わせた。
 久美はスーパーの制服を着替えて俺を待っていた。
 店員が制服のままで食べるのは、一応不味いのだろう。

 「キーチャン!」
 「おう! 来たぞ!」
 「楽しみだったよぉー!」
 「そうか」

 久美が嬉しそうに俺の腕を組んだ。
 俺の太い腕では絡みにくそうだが、久美は全身で抱き着いて来る。
 それがいいらしい。

 「あそこだよ!」
 「おう」

 駐車場の脇に、アイスクリームの屋台があった。
 前に幾つかの白いテーブルが置いてある。
 8月の中旬で、駐車場のアスファルトが照り返しで恐ろしく暑い。
 少し歩いただけで汗が出て来る。
 だから人は座っていない。
 みんな持ち帰って家で食べているのだろう。
 久美は俺を連れて屋台の前に行った。
 20もの種類のジェラートがボックスに入っている。

 「何でも好きなのを頼めよ!」
 「いいの?」
 「もちろんだ」

 屋台のメニューを見ると、一つだけでもいいが、幾つかのアイスクリームを選べるらしい。
 コーンかカップにそれを乗せてくれるサービスだ。
 久美がイチゴのジェラートを選んだ。

 「おい、他にも選べよ」
 「え!」
 「幾つでも乗せられるらしいぞ?」
 「でも」
 「おい、俺にごちそうさせてくれよ」
 「うん!」

 久美は遠慮しながら、バナナのジェラートを追加した。
 俺はバニラとチョコミントとパイナップルにした。

 二人でテーブルに座る。
 やはり強い日差しに焼かれていて、尻がやけに熱かった。

 「熱いな」
 「あったかいよ」

 冷房が苦手な久美は苦にしていなかった。
 スーパーの中は久美にはきついくらいに冷房が効いている。
 
 「そうか、良かったな」
 「うん!」

 二人でカップのアイスクリームを食べた。
 
 「おい、美味いな!」
 「そうだよね!」

 甘さは苦手だったが、冷たさが心地よかった。
 それに、そう言えば久美が喜ぶと思った。

 「キーチャン、ありがとう!」
 「いいって。こんなもので誕生日なんて悪いな」
 「ううん! 嬉しい!」
 「そうかよ」

 久美が本当に嬉しそうに笑った。
 暑かったので、俺はどんどんアイスクリームを食べた。
 久美が俺を見ている。

 「どうした?」
 「うん。私のこれも食べない?」
 「え?」
 「ちょっとお腹が冷えちゃったかも」
 「そうか?」

 久美が半分食べたものを俺に寄越した。
 もしかしたら、気を遣ったのかもしれない。
 俺が早く食べてしまったので、もっと食べたいのだと思ったか。

 「うん、美味いな!」
 「そう! 良かった!」

 久美が明るく笑った。
 アイスクリームなど、どうでも良かった。
 久美がこんなにも嬉しそうに笑ってくれたことが、何よりも良かった。

 「キーチャン、わざわざ来てくれてありがとうね!」
 「いいって。夜もマンションで待ってるよ」
 「うん! なるべく早く帰るね!」
 「あ、ああ、やっぱり俺が迎えに来るよ」
 「え!」
 「夜は危ないからな」
 「う、うん!」

 また久美が嬉しそうに笑った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 少し夢を見ていた。
 久し振りに気分が良く、ウトウトしたようだ。
 ものの10分の時間でも無かっただろう。
 夢の内容はぼんやりとしか覚えていない。
 久美が出て来た。
 一緒にアイスクリームを食べた記憶だ。
 でも、それが何だったのかが思い出せない。
 いや、興味が無かった。

 ビルの外が騒がしかった。
 パトカーのサイレンが響き、大声で誘導する声が聞こえた。
 そっちは、本当に興味が無かった。

 さっきまでいたはずの、外道会の二人の男もいなくなっていた。
 俺は気分が良かったので、窓から外を見た。

 あいつがいた。

 それだけは、楽しみだった。
 
 俺は笑って「デミウルゴス」の錠剤を幾つも口に放り込んで噛み砕いて呑み、シャブの粉を水で流し込んだ。
 また身体が透き通って行った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「成瀬! 便利屋さんから連絡だ! また捉えたぞ!」
 「どこですか!」
 「代々木の氷川の杜公園近くだ!」
 「分かりました!」

 早乙女さんが指示を出していた。
 
 「早乙女さん! 外道会の事務所がありましたよね?」
 「そうだな。多分そこだろう」
 「何しに行ったんでしょう?」
 「分からん」

 早霧さんが早乙女さんに話しかけている。
 愛鈴さんが俺に言った。

 「獅子丸君、君はこの中にいてね」
 「愛鈴さん、俺も出ますよ」
 「ダメよ! 君はまだ「アドヴェロス」のハンターじゃないんだから」
 「俺は川瀬の親友です!」
 「!」

 早乙女さんたちが俺を見ていた。
 そして早乙女さんが微笑んで言った。

 「愛鈴、獅子丸を護ってくれ」
 「それはもちろんですが!」
 「獅子丸、もう無茶はするなよ?」
 「分かりました」

 俺たちが現場に行くと、既にパトカーが何台も来ていた。
 付近の人間を避難させている。
 俺たちの到着を見て、パトカーが場所を空けた。

 「早乙女さん、15分前に通報がありました」
 「外道会の連中か」
 「恐らく。現場には破壊されたライカンスロープが3体と、人間の遺体も幾つか」
 「分かった」

 3階の窓が開いた。
 鬼になった川瀬が見下ろしていた。

 「川瀬!」
 「オウ!」




 鬼が大きな口を開いて笑った。
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