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聖、石神家本家へ

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 グアテマラの戦闘を終え、俺はトラたちと一緒にアラスカへ行った。
 トラは戦闘中に負傷した。
 途轍もなく強い敵の攻撃を俺たちから逸らすために、自らが的になった。
 亜紀はそのことで大騒ぎしていたが、あいつはトラの強さをまだ分かっていない。
 トラは恐ろしく強くなった。
 多分、もう滅多なことでは死ぬことは無いだろう。
 それはトラがこれまで乗り越えてきた幾つもの死線や、大切なものを喪った深い悲しみから創られたものだ。
 どれほどトラが苦しんだか分からない。
 あいつは昔から肉体の痛みは歯を食いしばって来た。
 はらわたが零れながら、敵に立ち向かって行く男だ。
 身体の傷は、あいつにとって耐えられないものではない。

 しかし、あいつは何度も大事な人間を喪ってきた。
 俺は間近でそれを見ていて、あいつがどうしようもなく、その耐えらえない苦しみを乗り越えてきたのを知っている。
 それがトラをこの上なく強くして来た。
 俺はトラほど悲しい男を知らない。
 絶対に喪いたくないものを喪ってきた。
 そして心に、魂に深い傷を負って来た。
 俺にはそれほどの相手はいなかった。
 トラだけだった。
 
 トラの影響か、俺にも今ではそういう人間も増えた。
 だけど、俺にはやはりトラが一番だ。
 あいつを喪えば、俺はどうなるのか分からない。

 今回のあいつの戦いっぷりを見ていてまた分かった。
 トラは死んだ人間の分だけ強くなっている。
 でも、いつかあいつはまた誰か大切な人間を喪うかもしれない。
 それは俺かもしれない。




 
 トラが治療と検査を終えて俺と飲もうと言うと、亜紀が大反対した。
 あいつはまだまだだ。
 喪う悲しみを恐れ過ぎている。
 だから、あいつはまだまだ弱い。

 「うるせぇ! 俺は聖と酒を飲むために生きてんだ!」

 トラがそう言った。
 その意味はまだ亜紀には分からないだろう。
 俺たちはいつか死別する。
 その時を知っているから、今こうやって酒を酌み交わすのだ。

 「聖、助かったぜ」
 「いや、何でもねぇよ。いつでもトラのために戦うぜ」

 俺たちはそんなだ。
 戦うことと酒を酌み交わすことに、何の違いも無い。
 互いのためにやってんだ。
 俺たちが親友だというだけのことだ。

 「トラの言った通り、戦争が始まったな」
 「ああ。「業」は本格的に世界に乗り出してきた。もう、俺たちへの直接の攻撃ばかりじゃねぇ。戦略で動いているな」
 「これから世界は戦争だらけになるな」
 「そうだ。まだまだ勘違いしている連中が多いからな。「業」を新しい利権だと考えてやがる」
 「バカだな」

 亜紀がつまみをもっと食べるようにトラに言った。
 自分は山盛りの唐揚げを喰っている。
 トラが笑って亜紀の前の唐揚げを喰った。
 亜紀が泣きそうな顔で黙っていた。

 「今回の戦闘で、うちの連中も確信した。もう通常戦力で俺たちの敵はほとんどいないだろう」
 「そうだな。これまで通りの戦争ならば、俺たちは「業」を封じ込められる」
 「問題は妖魔だな」
 「今回も苦労したからなー」
 「俺とトラが一緒なら、どんな奴でもいけるだろう」
 「アハハハハハ!」

 亜紀がトラが酒を口にするたびに苦い顔をしてやがった。
 俺も亜紀の唐揚げを喰った。
 すげぇ睨まれた。

 「トラ、強い奴と戦うには、「レーヴァテイン」だけじゃ不安だぜ」
 「分かっている」
 「何かあるのか?」
 「一つは「黒笛」という剣だ」
 「なんだそりゃ?」

 トラが大妖魔が創ったものらしいと言った。

 「クロピョンというな。そいつの能力の一部が込められているらしい」
 「へぇ」
 「今、虎白さんたちに渡しているんだ。あの人らは剣の達人だからな。いろいろ使い方を編み出してくれるだろうよ」
 「俺にもくれよ」
 「お前、剣は使ったことねぇだろう?」
 「やるよ! 俺はなんでもやる」

 トラが考え込んだ。

 「お前よ、一度石神家本家に行ってみるか?」
 「おう」
 「あそこで鍛えてもらえりゃ、お前ならすぐに剣士になれるだろうよ」
 「じゃあ行くぜ」
 
 トラのために、俺はなんでもやる。
 トラは一週間後に俺に岩手の盛岡へ行くように連絡して来た。
 俺は出掛けた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 盛岡の駅からタクシーに乗った。
 トラが通常の入国で行けと言ったから、俺は羽田空港から電車を乗り継いで行った。
 久しぶりの日本の列車の旅だった。
 トラが何でそうしろと言ったのかわかった。
 俺が忘れていた、日本がそこにあった。
 懐かしさが甦った。
 トラと高校時代によく互いに電車に乗って移動した。
 あの日を思い出した。

 大宮から乗り込んで来た着物姿の女が、俺の隣に来た。
 綺麗な顔立ちで、年齢は俺よりも少し下の、30代そこそこか。

 「失礼致しますね」
 「いや、どうぞ」

 グリーン車の荷物棚に、女が手荷物を乗せようとしていた。
 背が低い人だったので、俺が持ち上げて入れてやった。
 大判の風呂敷に包んだ細長いもので、随分と重みのある荷物だった。
 20キロ以上ある。
 こんなに重い物をこの細い女が運んで来たのか。

 「ありがとうございます」
 「いや、いいよ。降りる時に声を掛けてくれ」
 「御優しい方ですね」
 「そんなことはない」

 女はニッコリと笑って頭を下げた。
 お礼だと言って、ウサギ柄のトートバッグから取り出して、俺にミカンをくれたが、断った。

 「悪いな。口に入れるものは注意しているんだ」
 「そうなのですか」

 女は気を悪くしたそぶりもなく、自分でそのミカンを剥いて食べた。

 「今日はどちらまで?」
 「あ?」
 「すいません。興味を抱いてしまいまして」
 
 俺は黙っていようかとも思ったが、不思議とこの女のことが億劫では無かった。
 
 「盛岡だ。友人の伝手で、ある家を訪ねることになっている」
 「もしかして、石神家ですか?」
 「!」

 一気に警戒した。

 「すいません! あそこでは有名な家ですので」
 「そんなことはねぇ! あの家は表には出ないはずだ」
 「わたくしの家が少しばかり交流があったものですから」
 「あんたは?」
 「島根の神社の生まれです」
 「そうだったか」

 確か、トラが島根の百家と親交が出来たと言っていた。
 そこの女か。

 「俺の隣に来たのは偶然か?」
 「まあ、この世に偶然などというものはございません」
 「なんだと?」
 「あなた様が大きなことをなさろうとしている。ですからわたくしも導かれてここに来たのでしょう」
 「何言ってんの?」

 女の言っていることが分からなかった。
 だが、この女に敵意は無い。
 嘘を言っている感じも無かった。
 怪しいことを口にしているのだが、それが俺に警戒心を抱かせない。

 「俺のことを何か知っているのか?」
 「はい。世界を死なせようとする者と戦う方だと」
 「……」
 「「聖光」と「散華」をお持ちしました」
 「なんだ?」
 
 俺はそこで意識を喪った。




 次に目を覚ました時、女の姿は無かった。
 自分の迂闊さを思ったが、俺の身体に変調は無かった。

 「なんだったんだ?」

 新幹線は高崎を過ぎていた。
 時間にして、恐らく20分ほど眠っていたか。
 俺の席の窓辺に、ミカンが3つ乗っていた。
 気になって上の荷物棚を覗くと、女が持って来たあの風呂敷包が置いてあった。
 俺が降ろして解くと、中に見たことも無い自動小銃と拳銃があった。
 弾薬の箱もある。

 「!」

 盛岡の駅に着くまで、俺はそれを抱いていた。
 ミカンも全部食べた。
 甘く、瑞々しい美味いミカンだった。





 そう言えば、日本を出てから一度も口にしていなかったことを思い出した。
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