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挿話: 早乙女達のNY

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 「久遠さん、準備は出来ました?」
 「ああ、今行くよ」

 石神にニューヨークに連れて来てもらい、今日は自由に観光するように言われた。
 あまりそういうことに慣れていないのだが、石神がクルーズ観光を勧めてくれた。
 雪野さんも大賛成だった。
 本当に楽しみなようで、今も俺を急かしている。
 自由の女神像などを周るもので、豪華なランチも付いている。
 小さな怜花にも、特別なサービスをしてくれるらしいので安心だ。
 添乗員さんも付いて、お任せでいられる。

 ホテルの玄関に、既に車が回してあり、添乗員さんの大葉さんに挨拶した。

 「今日はよろしくお願いします」
 「こちらこそ! カワイイお嬢さんですね!」
 「「はい!」」

 大葉さんが怜花の手を握ると、怜花が嬉しそうに笑った。




 船は甲板が総ガラス張りだった。
 雪野さんが一層喜んだ。

 「久遠さん! 素敵な船ですよ!」
 「そうだね」

 こんな雪野さんは見たことが無い。
 俺は普段どこにも連れて行っていないことを反省した。
 船の中ではどういうわけか、VIP扱いだった。
 副船長さんが自ら普段は入れないだろう操舵室や、大きなディーゼルエンジンまで案内してくれた。
 
 「早乙女様方をお迎え出来て、光栄です」
 「そんな!」

 ランチも特別な席を用意してくれ、他の乗客とは違う豪華なメニューが来た。
 怜花用の椅子も用意され、ハーネスで軽く固定してくれる。
 何もかも行き届いたサービスだった。

 「石神さんですかね?」
 「間違いないよ」

 雪野さんがまた笑った。

 「本当にあの方は何をするにも、私たちを楽しませて下さいますね」
 「そうだね」

 石神には本当に感謝しかない。
 怜花がずっと楽しそうに海を見ていた。

 「俺も怜花も、船なんて初めてだよ」
 「私は前に」
 「そうなの?」
 「ええ、付き合っていた彼とよく」
 「え!」

 雪野さんが笑った。

 「冗談ですよ。伯父の釣り船程度です」
 「あぁー!」

 今日の雪野さんはちょっぴりいつもと違う。
 俺も苦笑しながら、嬉しかった。

 そしてちょっとした事件があった。

 《おい、来たぞ》

 モハメドさんが俺に言った。
 すると、突然左舷に巨大な白い触手が持ち上がった。
 直径で50メートルほどだ。
 船のスピードに合わせて移動しているようで、ずっと左舷の同じ位置にいる。
 触手の上に何かが乗っているのが見えた。
 船内は大騒ぎだ。
 触手が更に近づいて来て、その上にいるのが半魚人のような存在だと分かった。

 《邪々丸》
 《お前か、久しいな。何か用か?》
 《一度、主様の仲間に挨拶をと思ってな》
 《そうか。おい、お前に用らしいぞ》

 「お、俺ぇ!」

 《主様の下で、妖魔と戦っている男だな》
 「早乙女久遠です!」
 《うん、いい波動だ。お前の魂は美しい》
 「あ、ありがとうございます!」
 《お前の家族もいいな。よし、分かった。お前たちも護ってやろう》
 「え?」
 《海の上にいれば、必ず護ってやる。まあ、邪々丸がいれば滅多なことはないだろうがな》
 「えーと、あの……」

 触手が離れて行き、パニックに陥った甲板を船員たちが誘導していた。

 「早乙女様!」

 副船長さんが走って来た。

 「どうぞこちらへ!」
 「いいえ、大丈夫ですよ。もう去りましたから」
 「でも!」
 「あの、アイスコーヒーを頂けますか。ちょっと緊張して喉が渇いてしまって」
 「は、はい! すぐに!」

 副船長が走り去った。

 「久遠さん、今のは……」
 「多分、前に石神が言っていた「海の王」じゃないかな」
 「ああ! あの、私たちを護ると言ってましたよね?」
 「うん、そうみたいだね」
 
 雪野さんが笑った。

 「あなたは流石に「アドヴェロス」の人間なんですね」
 「ま、まあね」
 「私、びっくりしてどうなるかと」
 「ああ、僕もだよ!」
 「え!」
 「でも、雪野さんと怜花は必ず護るから!」
 「はい、お願いします」

 二人で笑った。
 怜花も楽しそうに笑っていた。




 また元の港に戻り、大葉さんが待っていてくれた。

 「どうでした?」
 「まあ、いろいろとびっくりしたよ」
 「そうですか!」

 船を降りてから、チェルシーマーケットへ向かった。
 ニューヨークの土産物を探すつもりだった。
 「アドヴェロス」の人間たちや、西条さんたちへの土産だ。
 雪野さんと一緒に、面白そうな雑貨などを探した。
 石神に預かった「トラカード」で支払いを済ませる。
 黒いカードで、虎の顔がプリントしてある。
 最初は店員が訝っていたが、スキャンして態度が一変した。

 「た、大変お待たせいたしました!」
 「いいえ」

 何があったんだろう?
 石神からは日本に戻ってから割引サービスの上で精算と言われている。
 レジから離れようとして、後ろで店員たちが小声で話している声が聞こえた。

 「アメックスのブラックより上よ!」
 「なにそれ!」

 なんだろう?

 「この後はどうしましょうか?」

 一応、予定は終わった。

 「そうだね、どうしようか雪野さん」
 「セントラルパークへ行ってみません?」
 「ああ、いいね!」

 ニューヨーカーの憩いの公園だ。
 怜花も楽しめるかもしれない。

 大場さんが公園に車を回してくれ、俺たちは気ままに歩いた。
 夏場で暑かったが、大勢の人間が公園に来ていた。
 冷たい飲み物を売っている店を何となく探した。

 「久遠さん、あれ!」
 「あ!」

 蓮花さんたちがいた。
 俺たちが近付くと、向こうも気付く。
 みなさんと挨拶した。

 「やあ、偶然ですね」
 「はい! いろいろ見て回って、こちらでのんびりしようかと」
 「でも暑いですよ?」
 「何をおっしゃいますか! 「虎」の軍の戦士はこのような暑さなど!」
 「蓮花様! ちょっと日陰に入って下さい!」
 「オホホホホホホ」

 元気な方だ。
 冷たい飲み物がどこかで売っていないか聞いてみた。

 「ああ、先ほどありましたよ! ミユキ、ちょっと買って来て!」
 「はい!」
 「いえ、自分たちで行きますよ」
 「いいのです。ここで一休みしましょう」
 「本当に蓮花様は休んでて下さいね!」
 「分かりました!」

 前鬼さんと後鬼さんが苦笑しながら蓮花さんを日陰のベンチに移動させた。
 俺たちも一緒に行く。

 「石神様のお陰で、こうして楽しい時間を過ごせました」
 「そうですね。俺たちも楽しみましたよ」
 「もう、こんな時間をあとどれほど過ごせるか」
 「はい」

 蓮花さんは俺以上に石神の戦いを把握している。
 俺は日本に来たライカンスロープや妖魔を相手にすればいいが、石神たちは世界中でこれから戦闘を繰り広げて行くのだろう。
 それも過酷な戦争を。

 「本当はブランたち全員を連れて来れればよかったのですが」
 「また来ましょうよ、みんなで」
 「はい」
 「戦争が終わって平和になったら。ああ、デュールゲリエも連れて」
 「そうですね!」

 蓮花さんが嬉しそうに笑った。

 「でも早乙女様」
 「なんですか?」

 「デュールゲリエは、多分マンハッタンの人口くらいになりますけど」
 「え!」
 「まあ、宜しいですよね! きっとみんな楽しく遊ぶでしょう」
 「そ、そうですね」

 みんなで笑った。

 「蓮花様、是非シャドウさんも」
 「当たり前のことを言うものじゃありません!」
 「すいませんでした」

 


 本当にこの戦いが終わったら。
 俺はその日が早く来るといいと願った。
 ミユキさんがアイスコーヒーを抱えて戻って来た。
 俺と雪野さんにはソフトクリームもあった。

 「ミユキ、私のソフトクリームは?」
 「冷たいものはダメです!」
 「何を!」
 「蓮花様、本当に大人しくなさってください」
 「もう!」

 またみんなで笑った。
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